井上尚弥は衰えたのか?カルデナス戦をデータ検証、KO期待されるハードパンチャーの宿命
逆転TKO勝ちで世界戦23KOの新記録
プロボクシングの4団体統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(32=大橋)が4日(日本時間5日)にアメリカ・ラスベガスのTモバイル・アリーナでWBA同級1位ラモン・カルデナス(29=アメリカ)に8回45秒TKO勝ちした。
戦績を30戦全勝(27KO)に伸ばし、WBCとWBOは5度目、WBAとIBFは4度目の防衛に成功。世界戦23度目のKO勝ちで、77年ぶりにジョー・ルイス(アメリカ)の記録を更新する世界新記録を樹立した。
さらにWBAスーパーバンタム級暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との次戦に勝てば世界戦26連勝となり、ジョー・ルイスとフロイド・メイウェザー(アメリカ)の世界記録に並ぶ。フリオ・セサール・チャベス(メキシコ)の持つ世界戦31勝の最多勝記録も見えており、今後はボクシング史を塗り替えていく戦いとなる。
32歳で人生2度目のダウン
ラスベガスの中でもトップボクサーしかリングに上がれないTモバイル・アリーナでダウンをはね返す逆転勝利を収め、本場の目の肥えたファンのハートをわしづかみにしたモンスター。ただ、巷間囁かれているのが井上の「衰え」だ。
2024年5月6日のルイス・ネリ戦で人生初のダウンを喫し、今回も同じような死角から飛んでくる左フックをまともに浴びて倒れた。ダウンだけで「衰え」を指摘するのは早計だが、32歳という年齢からそう捉える向きがあるのも仕方ないだろう。
SPAIAではカルデナス戦のデータを独自集計。パンチ数やパンチの種類、被弾数などを過去の試合とも比較しながら検証してみたい。有効打の判定はジャッジによっても分かれるほど難しいが、ナックルパートが的確に相手を捉えた場合のみカウントしている。
左ジャブの相打ち多く、高かった被弾率
まず目に留まるのが井上が受けた有効打の多さ、つまり被弾率だ。カルデナスは8回途中までに計306発のパンチを放ち、そのうち66発が有効打だった。井上の被弾率は21.6%で、最近ではタパレス戦に次いで高い。
井上が左フックを浴びて右まぶたをカットし、流血しながら戦った2022年6月のノニト・ドネア第1戦でも被弾率は8.5%。技巧派のスティーブン・フルトン戦も20.5%と高かったが、パワーはなかったため倒されるほどのピンチはなかった。
ダウンを喫したネリ戦も被弾率は7.2%にすぎない。井上は攻撃力が凄まじいため目立たないが、実は高いディフェンス力を誇る。ただ、今回は、ジャッジの採点を見ても主導権を握っていたことは明らかなものの、過去の自身の試合から比較すると苦戦した部類に入るだろう。
カルデナスは左右のフックを強振してきたため、あまり印象に残っていないかもしれないが、左ジャブが速かった。手数こそ多くないものの、ジャブの比率は55.2%で井上の53.2%とほとんど変わらない。
序盤は特にジャブの相打ちが多く、井上のジャブに合わせてカルデナスもジャブをクリーンヒットするシーンが少なくなかった。被弾しながらもジャブの差し合いを制したことが、井上が相手にペースを握らせなかった要因のひとつでもある。
少なかったボディブロー
もうひとつ気になったのがボディブローの少なさだ。これまで得意の左ボディで数々の難敵を沈めてきた井上だが、今回は総パンチ数に占めるボディブローの割合が8.5%。最近では、今年1月のキム・イェジュン戦(6.8%)に次いで少ない。
相手がサウスポーの場合は特にボディブローを多用しており、タパレス戦は29.2%、ドヘニー戦は26.8%に上っていた。ドネア第1戦やバトラー戦、フルトン戦も10%以上だ。
これはカルデナスの左ジャブと無関係ではないだろう。鋭いジャブがあると距離を詰めにくく、ボディブローがどうしても減る。うかつに接近すると強烈な左右フックがあることも心理的なプレッシャーになる。
ラウンド別に見ると、ボディブローを最も多く打ったのは6回の12発。スタミナを削られたカルデナスは、それまで高く上げていたガードを、左拳を下げて右拳だけ上げるL字型にしてボディを守るようになった。それが結果的に7回、井上ががら空きの顔面に右の4連発を見舞って奪ったダウンにつながったのだ。
疲労やダメージ蓄積の可能性も
データだけを見て、井上が衰えたかどうか判別することは難しい。ただ、今回は2回にカルデナスの右ストレートを浴びて鼻血を出し、その後ダウンした。
また、何度かガードを固めたまま棒立ちになったり、スピードのない、置きにいくような左ジャブを打つこともあった。7回のダウンを奪う直前には、打ち疲れたのか珍しくもみ合いの展開になり、ロープに詰まるシーンもあった。実況アナウンサーも「これは珍しいシーン」と驚いた様子だった。
今回「衰え」を指摘する声が出たのは、決してダウンだけが理由ではない。上記のような、これまでのモンスターには見られなかったシーンが散見されたからだ。
カルデナスの前評判が低く、井上の圧勝を予想する声が多かったにもかかわらず、ふたを開ければカルデナスが予想以上に強かったこともある。だからこそ、「衰えた」と断言するのは早計だが、本人も気付かないところで疲労やダメージが蓄積している可能性は否定できない。
わずか70秒で終わらせた2018年10月のファン・カルロス・パヤノ戦など、バンタム級までは前半でのKO勝ちも多かったが、スーパーバンタム級に上げてからは4回KO勝ちした前回のキム・イェジュン戦を除いて中盤以降の決着となっている。
身長165センチの井上がパワーで圧倒する試合を続けており、体への負担は小さくないだろう。パウンド・フォー・パウンドに名を連ねるボクサーとして、勝利だけでなく「魅せる勝ち方」を求められ、それに応えようとするプロフェッショナルゆえの代償とも言える。
世界を震撼させてきたモンスターも32歳。現役生活が少しずつ終わりに近付いていることは間違いない。年内にもフェザー級挑戦が既定路線とされているが、階級を上げれば時には足を使って勝ちに徹することも必要ではないか。ダメージの蓄積は選手寿命を縮めるし、「ボクシング界の至宝」が倒されるシーンはこれ以上見たくない。
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記事:SPAIA編集部