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シャンソン歌手・クミコの「歌は決して泥に塗れてはいけない」という思いーー歌い手として最高の喜びを感じる瞬間とは

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クミコ 撮影=福家信哉

現在の名前で活動を始め、2025年で25周年を迎えたシャンソン歌手のクミコ。6月には、いろんな人々との出会いのなかで生まれた楽曲をまとめたコンセプトアルバム『シャンソンティックな歌たち〜「出逢い」が歌を運んだ〜』をリリース。同作には、クミコとしての再出発のキッカケとなった松本隆との出会いをテーマに、松本隆が薬師丸ひろ子に書き下ろした「Woman”Wの悲劇”より」のカバーや、阿川佐和子とコラボレーションした「無口なお月さま」などが収録されている。また10月12日(日)と11月1日(土)には、そんな同作収録曲も聴くことができる公演『クミコ コンサート2025 わが麗しき歌物語Vol.8』を神戸朝日ホールと愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホールで開催。そんなクミコに今回、「なぜその歌を歌いたくなるのか」という点について、話を訊いた。

クミコ

●「本当に他力本願、幸せな出会いのおかげで歌わせてもらえた楽曲ばかり」

――6月リリース『シャンソンティックな歌たち』は、シャンソン歌手としてのクミコさんのルーツをまとめたアルバムになりましたね。

私はシンガーソングライターではないので、自分で一生懸命切り拓いたというわけではなく、いろんな方とたまたま出会ったなかで歌わせていただいた、本当に他力本願のようなアルバムだと思っています。でも、そういう意味では幸せな出会いのおかげで歌わせてもらえた楽曲ばかり。どなたかにとって想いがある歌や、その方をめぐる物語を自分が歌うのは恐れ多く、怖いこと。一方、そういった想いを共有できるというのは、歌い手として光栄です。

――1曲目「人生は美しい」について、2025年6月10日投稿のブログで「なかなか手強く、でも、こうした人生を肯定する歌は、自身への励みにもなるので、練習を重ねるしかない」と記していらっしゃいましたね。

「人生は美しい」と言い切るところをどのように捉えていいのか、難しさがありました。今の時代、いろんな方が「人生は大変だ」とおっしゃいます。とてもじゃないですが、人生に希望が見える時代ではありません。そんななか「人生は美しい」と言い切っていくことのスタンスに難しさがありました。

――それでもこの曲を歌おうと思った理由は、なんなのでしょうか。

この歌は、自分が初めてシャンソンと関わった(シャンソン喫茶の)「銀巴里」の先輩である古賀力さんが訳詞されたもの。これまでたくさんの方がこの歌を歌ってこられましたが、正直なところ私は「人生が美しい」という言葉に気恥ずかしさがありました。でも、混沌・殺伐とした世の中だからこそ、この言葉を逆説的に伝えることができるんじゃないかと。というのもこの歌の歌詞は、古賀さんの戦争体験が背景にあるからです。古賀さんは戦時中、防空壕で身を潜めているとき「朝の光が見たい」と願っていたと聞きます。私はどこかその気持ちに共感できたのです。私も2011年3月11日、東日本大震災によって石巻(宮城県)で被災しました。その夜、多くの町が壊滅状態だという情報がカーラジオから聞こえてきたとき、「朝の光を見ることができるのだろうか」と不安になり、次の日の朝の光だけを求めていました。

――お話を聞くだけでどういう状況だったか、イメージができます。

そしてやって来た朝。すごく晴れていましたが、町は変わり果てていました。古賀さんの歌詞が、自分が見た光景と重なったんです。戦争や災害だけではなく、誰だってそういう局面は人生で何回かあるのではないかと思います。何かがあったとき、大切な人を看取ったときもそうです。きっと誰にだって出会いたい朝がある。そして、その朝がもしかすると希望になるかもしれない。朝がやってくることを待ち望んで、それがやってくること、それが生きていく上での人間の希望みたいなものなんじゃないかと。だから、「人生は美しい」と言うことにもともと気恥ずかしさがありましたが、こういう時代だからこそ、「人生は美しい」と言い切っちゃおうと。

――なるほど。

しかも今はろくでもないようなことを言い切ってしまう人が増えた気がします。誹謗中傷はまさにそうです。相手に対して言っちゃいけないようなことを言い切って、そして言い負かす。でも私は、良い言葉を言い切りたい。私にとってそのなかの一つが「人生は美しい」なんです。

――たしかに今は、人を傷つけるために言葉が発せられているように感じます。そんななかにおいて、歌に使われている言葉だけは美しいものが多い。

歌は決して泥にまみれてはいけない。生活のなかで泥にまみれることはたくさんあります。しかし歌は、最後の砦な気がしています。歌であらわすことは、人間にとって希望であってほしい。たとえラップで厳しい現実を歌ったとしても、それは希望のもとで歌われるものであってほしい。そうしないと聞き手の共感は得られないでしょうし。そう考えると音楽はすべてそうなのではないでしょうか。

●「歌詞から、書いた人の人間性が浮かび上がる」

クミコ

――クミコさんのお話や歌を聞くと「なぜ人は詞(詩)を書くのか」「なぜ詞(詩)を残すのか」ということも考えさせられます。歌を聞きながら、歌詞が書かれた背景や状況などを強く想起しますから。

私自身、詞(詩)を読んで「この歌を歌いたい」と思うことが多いです。たとえば「僕は唱歌が下手でした(故郷入り)」。この歌の歌詞は、ジャワ島で終戦を迎えたのちに投獄されて、32歳で法務死をした佐藤源治陸軍曹長が書かれた詩がもとになっています。そして楽曲の背景にあるのは、人間同士が戦い、人の命を奪ったり、命を奪われたりした現実。詩を読んだとき、戦争のドキュメンタリーみたいに感じました。一方、詩を読み進めていくと、このように書かれていたんです。<兄弟もみな下手でした 僕も 弟も 妹も>って。それを読んで思わずクスッと笑ってしまったんです。シャンソンで言うところの「エスプリ」なんですよね。そこでこの歌の可笑しさに気づきました。

――クミコさんのお話を聞いて、たしかに可笑しみを感じます!

「悲劇的」とかいろいろ表現される詩ですが、それだけでは収まらない。人間にはいろんな面があると気付かされます。佐藤源治さんはきっとユーモアがあって、知的で、自分のことを客観視できる人だったんじゃないかと。<兄弟もみな下手でした 僕も 弟も 妹も>から、人間性が浮かび上がってきたんです。しかしそこに、インドネシアで戦犯として命を落とした事実が重なる。人間像が重層的に見えるからこそ、「この歌を歌いたい」と思いました。私にとって歌を歌うことの妙味は、詞(詩)や曲を作った方の「人間」を感じることができるところです。歌うことで「人間っておもしろいな、愛しいものだな」というところに帰結でき、その瞬間、歌い手である自分にとって最高の喜びになります。

――いろんな方が書いた詞(詩)や曲をクミコさんが受け取り、歌にし、そして鑑賞者に伝えていく。クミコさんの音楽はそういうストーリー性が大切にされている気がします。10月12日(日)に神戸朝日ホール、11月1日(土)にNiterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホールにて開催される『クミコ コンサート2025 わが麗しき歌物語Vol.8』もまさにそういった公演になりそうですね。

私は言葉に軸を置いている歌い手。その歌詞から発想される、あるいは想起されるものをお客様にお届けしたいと思っています。そしてお客様もその言葉に自分を重ねるなどし、いろいろ発見してもらったり、「人生っていいね」と感じたりしていただきたいです。「歌物語」というタイトル通り、言葉でつながっているコンサートだと思います。

クミコ

取材・文=田辺ユウキ 撮影=福家信哉

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