神奈川県横浜市・YOKOHAMA AIR CABIN ~浮遊感に包まれながらみなとみらいの街を見下ろす【いとしい乗り物/スズキナオ】
去年(2024年)、かなり久しぶりに横浜に行く用事があった。JR桜木町駅の改札を出て、駅前の広場を歩いていて驚いた。見たことのない乗り物が空に浮かんでいる……。一瞬、私はそれがロープウェイであることがわからず、近未来的なデザインの乗り物が宙に浮いているのかと思ったのだった。タイムスリップしてきたかのような気分を味わい、いつかあれに乗ってみたいと思った。
YOKOHAMA AIR CABIN(ヨコハマ エア キャビン)
日本初の都市型循環式ロープウェイ
前回からスタートしたこの連載だが、月に一度の取材・執筆のペースにまだ自分が慣れておらず、ぼーっとしていたらもう締め切りが目前なのだった。「この日に取材するしかない!」と、追い込まれた状態で大阪から日帰りの予定で横浜へ向かい、空に浮かぶ「YOKOHAMA AIR CABIN」に乗ってみることにした。
新幹線を新横浜駅で降り、在来線を乗り継いでJR桜木町駅までやってきた。南改札を出て駅の東側の広場へ歩くとすぐYOKOHAMA AIR CABINの乗り場が見える。片道630mの長さだというケーブルが桜木町駅と運河パーク駅を結び、その距離を約5分間で移動することができる。
運河パーク駅の周辺には、複合商業施設である「横浜ワールドポーターズ」、大きな観覧車が目印の遊園地『よこはまコスモワールド』、赤レンガ倉庫など、みなとみらいエリアの人気観光スポットが集中している。
つまりYOKOHAMA AIR CABINは桜木町駅前から観光スポットの集まるエリアまでをつないでいる乗り物なのである。それにしても、こんなに都会にいきなりロープウェイがあるというのはすごいことだ。
まずは乗ってみないことには始まらない。乗り場の2階へと上がり、往復券を1800円で購入する。
キャビンの定員は最大で8名とのことで、一人で乗り込むと内部はゆったりと広い。暑い日だったが、クーラーがしっかり効いていて快適だ。乗り場内ではゆっくりと乗り込みやすい速度で移動していたキャビンだが、乗り場を離れて出発する時はスーッと浮遊していくような滑(なめ)らかなスピードになった。その瞬間が心地よかった。
キャビンは明治44年(1911)に開通した貨物線の線路跡である通称“汽車道”の真上を通るようにして運河パーク駅へと向かう。『よこはまコスモワールド』の大きな観覧車や『ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル』の特徴的な建物を眺め、視線を下ろすと、水面に自分の乗るキャビンの影が落ちているのが見える。さっきまで陸を歩いていた自分が今、高い場所から横浜らしい景色を一望している。それが不思議で、楽しい。乗り心地がよく、揺れも感じない。大きな車窓からの景色を写真に撮っていると、向こう側の駅舎が近づいてきた。
運河パーク駅で下車すると、そのまま通路が横浜ワールドポーターズに直結している。その外周を歩き、「JICA横浜」の建物まで来た。JICA横浜の3階にある『ポートテラスカフェ』に、前々から行きたいと思っていた。そのカフェでは、様々な国をルーツに持つ人々が行き交う横浜らしく、国際色豊かな料理が手軽な価格で味わえるのだと聞いたことがあったのだ。
外光の差し込む明るい店内で、色々あるランチメニューから選んだパネーンカレーのセットを食べることに。甘みの広がるココナッツカレーで、ピーナッツペースト風味がいいアクセントになっている。
天気のいい午後に、みなとみらいまで来て美味(おい)しいランチを食べている。その贅沢な時間を堪能した後、再び運河パーク駅へ。乗り場のある建物では、YOKOHAMA AIR CABINを運営する泉陽興業の松下克哉さん、矢嶋花笑さんが出迎えてくれた。
YOKOHAMA AIR CABINが誕生した経緯を知る
このような乗り物がこの地に誕生した経緯についてお二人にお話を伺ったところ、泉陽興業と横浜市との関わりは1989年に開催された横浜博覧会までさかのぼるのだという。
博覧会のシンボルであった観覧車や遊園施設を泉陽興業が手掛け(泉陽興業は遊園地内設備の製造・運営を手掛けている会社なのだ)、博覧会が閉幕した後も、その跡地を活用して『よこはまコスモワールド』を運営してきた。
横浜市との間で培われてきた長い関係性があった上に、都市計画が完成に向かいつつあるみなとみらいエリアの回遊性を高める移動手段のアイデアが広く公募される機会があり、泉陽興業が提案したのが都市型循環式ロープウェイという案だった。
その案が採択されることになり、建設工事が始まったのが2019年。これほど街の中に存在するロープウェイは日本では類例のないもので、景観を壊さぬよう、そしてみなとみらいを行き交う人々に親しまれるよう、デザインや設計面で横浜市との話し合いを重ねながら建設を進めていったという。
運行開始は2021年で、コロナ禍でもあったため、当初は関東圏からの利用者が中心だったが、ここ数年では国内外からの観光客にも注目されるようになり、今年(2025年)、累計の搭乗者数が700万人を突破したそう。
YOKOHAMA AIR CABINが実現したのは、横浜の街の景観や歴史があってこそのことだと松下さんは考えているという。
「キャビンに乗って桜木町駅から運河パーク駅まで来て、そこがゴールではないというのが一番大きなポイントだと思います。ショッピングエリアもあればホテルもあるし、遊園地があり、公園も港もあって散策を楽しんでいただけます。桜木町を基点にした一大テーマパークのようなこのエリアだからこそ、移動手段そのものまで楽しんでいただけるのだと思うんです」
「乗車するのにおすすめの時間帯はありますか?」と伺うと、お昼と夕暮れ時と夜と、時間帯で眺めが変わっていくので、それぞれ魅力があるとのことだった。また、矢嶋さんによれば、時間帯だけでなく汽車道の桜並木が満開になる春、一体がイルミネーションで彩られる冬など、季節ごとの変化も楽しめるのだとか。
都市型のロープウェイということで、強風や雷雨など、気象条件を繊細に把握しながら安全な運行に努めるのはもちろん、老若男女、障がいを持つ方まで、幅広い層の利用者に快適に乗車してもらえるよう配慮しているという。
車椅子で利用する方がいた場合は、乗車時に一旦運行を停止して安全に乗ってもらったり、聴覚に障がいを持つ方には、非常時案内用のタブレットを貸し出すなど、そういった柔軟なサービスが求められるのも都市にある乗り物ゆえのことだという。
そんなお話を聞いて再びYOKOHAMA AIR CABINに乗り、今度は桜木町駅方面へ向かう。景観のことを考えて薄くグラデーションがつけられているという5本の支柱や、結婚式場のあるビルからの眺めを遮らぬように配慮している箇所など、細かい工夫を知った上で乗るとまた感慨深い。
桜木町駅前に到着し、陸の上からYOKOHAMA AIR CABINを眺める。街の中を行き交うその姿はどこから見ても面白くて、たくさん写真を撮った。
JR桜木町駅から地下通路を通って「桜木町ぴおシティ」というショッピングビルへ向かう。この地下フロアには飲食店がひしめいていて、昼間から営業しているお店も多い。私の急な誘いに応じて駆けつけてくれた友人のシンガー・butajiさんと一緒に、もつ焼き店で生ホッピーを飲んで喉の渇きを潤した。
さっきまで空中散歩を楽しんでいたのが信じられないほどに落ち着く大衆酒場然としたお店の中で、「YOKOHAMA AIR CABINに乗ってきたんですよ!楽しかったです!」と私は力説した。
「そうなんですか。乗ってみたいです」と言うbutajiさんと一緒に後でもう一度乗りに行くことだけ決め、みなとみらいのあちこちを散策することにした。
帆船日本丸・横浜みなと博物館へ
桜木町ぴおシティから再びJR桜木町駅方面へ向かう。そこから徒歩5分ほどで、『帆船日本丸』・『横浜みなと博物館』へたどり着く。
『横浜みなと博物館』で「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」という特別展が開催されていると知り、柳原良平さんの船の絵が好きな私は、立ち寄ってみたかったのだ。
館内のチケット売り場へ進むと、日本丸と博物館の両方を観覧できる共通券があるそうだった。日本丸の中も見られるそうで、その共通券を購入することにした。
『帆船日本丸』は、船員を養成するための練習船として昭和5年(1930)に建造されたもので、日本の海運史を物語る貴重な資料として、重要文化財に指定されている。1984年までの54年間にわたって運航され、約1万1500名の船員を育成してきた。今はドックに保留され、内部を観覧できるようになっている。
練習船として使用されていた時の定員は196名だったそうで、それだけの人が海上で過ごすための設備を見ながら歩いていくだけで興味深い。一部の船室は内部まで入ることができ、かつて船員の方が眠っていたであろうベッドや、外を覗(のぞ)いたかもしれない丸窓を見て、自分の想像の及ばない過去の時間に圧倒されるように感じた。
船の上では水が貴重で、洗濯や入浴の機会も限られていたという。また戦後、日本丸は中国から日本に引き揚げてくる人々を運ぶ用途にも使用されたそうで、船の歴史が随所で紹介されているパネルの文字を読んでいくだけであっという間に時間が経った。
『横浜みなと博物館』の方へ移動して見た柳原良平展もかなりのボリュームで、柳原良平さんが幼少期から船に魅入られ、船という乗り物への深い愛をいかに伝わりやすく、楽しく受け入れてもらえるように描くかを苦心してきた経緯をじっくりと見ていくことができた。さらに、毎日船を見て暮らしたいという思いから30代前半に横浜に移り住み、84歳で亡くなるまで横浜を愛し続けた柳原良平さんの思いも、横浜の風景を描いた作品の数々に込められているように感じた。
butajiさんと一緒に、汽車道を歩いて運河パーク駅の方へ歩いてみることにした。下から見上げるYOKOHAMA AIR CABINもの姿もまた面白い。泉陽興業の松下さんが「乗車してくださるお客さまにはもちろんですが、その周囲にいる方の迷惑にならないよう、騒音には特に配慮しました」と語ってくれたのだが、真下を歩いていても、騒がしさは一切感じない。
そのまま歩いてJICA横浜の館内にある『海外移住資料館』を見ていくことに。仕事や新しい生活を求めて日本から海外へ移り住んだ人々の歴史や、そこで経験してきた苦労を学べる施設で、逆に海外から職を求めてやってくる人が多くなった今の日本の状況を逆から見るようで、こちらもまた大変興味深い。展示は無料で見ることができ、今回はあまり時間がなかったのもあって、またじっくり見に来なければと思った。
昼にランチを食べた『ポートテラスカフェ』に再び立ち寄る。夜は夜で、ランチとは別のディナーメニューが用意されており、これもまた国際色豊かなラインアップである。ベジタブルサモサと、ブラジルの煮込み料理であるフェジョアーダをつまみつつ、butajiさんはメキシコのテカテというビールを、私はインドネシアのビンタンというビールを、それぞれ飲むことに。ポートテラスカフェではこんな風に、世界各地のビールも販売されているから楽しい。
外はもうすっかり夜だ。横浜ワールドポーターズの屋上にルーフ・トップ・ワールドという名の広場があり、そこからの夜景が綺麗(きれい)らしいので行ってみることにした。
エレベーターで最上階まで上ってみると、広い敷地に、人工芝のスペースや座ってくつろぐこともできるウッドデッキがあって、思い思いにくつろいでいる人の姿があった。
そこから眺める夜景はとても美しく、輝く街並みの向こうにベイブリッジが見える。くるっと反対側を振り返れば、ライトアップされた大観覧車もあって「こんな風景が毎日見られる横浜っていいな」とうらやましくなった。
夜景に息を飲み、野毛の街で酒を飲む
こんなに夜景が美しいのだから、YOKOHAMA AIR CABINからの眺めもきっとすごいに違いない。乗り場まで歩き、運河パーク駅から桜木町駅まで乗ることにした。
私はすでに2度も乗ったYOKOHAMA AIR CABINだが、butajiさんにとっては初めての乗車である。
「わー! すごい!」とはしゃぐbutajiさんの姿に「ふふふ、そうだろう、そうだろう」と先輩風を吹かせながら、私もその景色にすっかり見惚(ほ)れてしまう。
車窓の外は一面の夜景で、眼下の水面には屋形船やクルーズ船が浮かぶ。うっとりと眺めていると、誰かの乗るキャビンが横切っていく。キャビンの窓は広いから、過ぎ去っていくキャビンの向こうにも夜景が透けて見え、SF映画の中の風景のような、自分が今見ていることが信じられないような景色に見える。「この景色を視野に収めるだけでもYOKOHAMA AIR CABINに乗る価値があるな……」とぼーっと思っているうちに桜木町駅に着いた。
「すごかったですね」と話しながら、野毛の街で飲んでいくことにした。
久しぶりに歩く野毛の飲み屋街の賑(にぎ)わいに圧倒されつつ、『いわき』というおでんとお茶漬けが看板らしい居酒屋へ。おでんのお出汁がしっかりしみ込んでいるのにしっかりとした歯ごたえを残した大根と、名物だという緑茶割りの濃厚な風味を堪能した。
友人のAさんも酒席に加わってくれて賑やかで楽しい時間だったのだが、冒頭に書いた通り、スケジュールの都合上、私は日帰りで住まいのある大阪へ戻らなければならなかった。21時に会計を済ませ、小走りで桜木町駅へと向かう。
無事、新横浜駅から最終の新幹線に乗ることができた。24時過ぎには大阪駅にたどり着き、「さっきまで野毛で飲んでいたはずがもう大阪……」と、新幹線のスピードに改めて驚く。
今回、横浜の日帰り旅で唯一やり残したことが私にはあって、それは横浜のご当地ラーメンである“家系ラーメン”をどこかで食べたい、というものだった。時間の都合上、それはかなわず、もちろん他の色々な思い出で十分だったのだが、家の方まで歩く途中、家系ラーメンを出す店があって、深夜でも営業していたので吸い込まれてしまった。
「うんうん、うまい。食べたかったんだよ、家系ラーメン」と思いながら、もちろんたしかに美味しかったのだが、やはりまた本場横浜の家系ラーメンが食べたくなって、今度行く時は、絶対に食べようと心に誓った。その時また、違う季節のYOKOHAMA AIR CABINに乗ってみよう。
「YOKOHAMA AIR CABIN」詳細
YOKOHAMA AIR CABIN(ヨコハマ エア キャビン)
住所:神奈川県横浜市中区桜木町1ー200(桜木町駅)/営業時間:HP参照/アクセス:YOKOHAMA AIR CABINの桜木町駅へはJR・地下鉄桜木町駅から徒歩1分
文・写真=スズキナオ
スズキナオ
ライター
1979年、東京・日本橋浜町生まれ、大阪在住のライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』などを中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『家から5分の旅館に泊まる』(スタンド・ブックス)、『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』(LLCインセクツ)などがある。