激務の「小児外科医」が「子育てパパ」になった理由…きっかけは「やばい」という直感
「令和パパの育児参加とキャリア」をテーマに、親たちのメンタルヘルスの改善に取り組んでいる、信州大学医学部「周産期のこころの医学講座」の医師・村上寛さん。男性の育休取得率は過去最高を更新しているものの、「長時間労働」などが原因で育児参加できない男性も多い日本社会。ご自身も「3児の父」である村上先生に、令和の子育て事情やパパの育児参加に必要なことをにインタビュー。
【画像】父親育児はこんなに増えた…グラフで見る変化男性の育休取得率は過去最高を更新。しかし「長時間労働」などが原因で、育児参加できない父親が多いのも現実です。
「ワークライフバランス」に悩む令和パパをテーマに、2歳から小学生までの3人の子を育てながら、親たちのメンタルヘルスの改善に取り組んでいる、信州大学医学部「周産期のこころの医学講座」の医師・村上寛さんにお話を伺いました。
令和パパの悩みは「家庭と仕事の両立」
きっかけは「やばい」という直感
編集部:男性の育休取得率は、2023年に過去最高の30%を超えました(出典:厚生労働省)が、一方で、日本は「男性の労働時間」が主要な先進諸国の中で、最も長い国でもあります。
長時間労働は「過労死」や「うつ」など、深刻な健康問題の要因にもなります。さらに、かつては母親だけの問題とされていた「家庭と仕事の両立」に悩む声が、父親たちの間からも上がっています。
村上先生は、親たちのメンタルヘルス支援やうつ病治療の専門家で、今年は『さよなら、産後うつ』(晶文社)というご本を書かれました。
産後うつの予防や治療のためにも、父親が家庭に主体的に関わることの大切さを、ご著書の中でも綴られています。先生ご自身、育児をしない父親から、主体的に取り組む父親に変化されたそうですね。
村上寛医師(以下、村上):はい。私は東京で小児外科医として働き、医療職へのモチベーションや使命感が高く、子育てや家事は妻に任せきりにしていました。
第1子のときは家で親子3人で過ごす時間が本当になく、そのころの家族の写真はほとんどありません。今はその働き方を変えて食事の支度や洗濯をやり、妻が仕事で不在のときは私一人で3人の子の世話をしています。
編集部:外科医はとにかく激務で、育児どころか「まず家にいない」というイメージがあります。そこから変わることもあるのですね。先生が変化したきっかけはなんだったのでしょう。
村上:2018年に2人目の子が生まれたころから、患者さんの「からだ」だけでなく「こころ」も診ることができる医師になりたいという気持ちが強くなっていきました。同時に子どもとの暮らしの中で自然に近いところに住みたいという思いもあり、公私共に条件が整って東京から信州に引っ越しました。
しかし、環境が変わっても私は同じような働き方をして、夫婦のすれ違いが増えていって……ある日「あ、やばい」と直感的に思ったんです。
このままでは、確実に家庭が崩壊する。大切なものを失ってしまうという、強烈な危機感でした。
そこで改めて、親としての自分の至らなさを痛感し、育児に向き合おうと決心したんです。今は周産期のメンタルヘルス専門の医師として、ときどき当直をしながら大学病院で勤務しています。
編集部:今まさにその「やばい」という直感を感じている父親は、読者の方にもいそうです。日々のルーティンの中で流れてしまっているかもしれませんが……。
村上:「やばい」の感覚は大事にしてほしいです。私はあそこで気がついてよかったなと、つくづく思っています。
育児する父親は増えている、しかし
▲男性の育休取得率は30.1%と過去最高(2023年)。育児に積極的なパパが増えたのが数字にも表れている。しかし女性の育休取得率に比べるとまだまだ低いのが現実。(出典:厚生労働省)
編集部:先生のような働き盛りの男性の間で育児をする父親は増えていて、その傾向は育休の取得率などのデータにも表れています。
村上:私が担当している「周産期のこころの外来」と、「周産期の父親の外来」でも、夫や父親の姿をより多く見るようになっています。
同僚の保健師や助産師の方との情報交換の中でも、妊婦健診や自治体の子育てイベントに来る父親が増えているようです。ですが、それも育休期間のみではないか?
育休明けの職場復帰後も、同じように育児への関わりを継続できている父親は、まだ少ない印象です。
編集部:なぜ、そうなってしまうのでしょう。
村上:父親の個人の資質ややる気の話ではなく、「育児をやりたくてもできない」社会構造に原因があると思います。
私の見る限り、父親の職業や働き方による部分が大きいです。
同じ育休制度でも、大企業と中小企業では取りやすさが違います。
一方、個人事業主のように時間に柔軟性がある人は、育休に関係なく育児を手がけて継続できるケースもある。在宅勤務や時短勤務などで育児する設定を作っている人もいます。
父親の育児を左右するのは制度や職場だけではなく、実際の働き方です。育休の取得率はもちろん重要ですが、それだけに注目していると見落としてしまうものがあります。
編集部:東京のような都市部と、先生が今お住まいの長野県での違いもあるでしょうか。
村上:農業を営む世帯が多い地域ですと、夫が育児に参加する場合、自動的にその実家、つまり妻側には義実家の家族がついてくる場合も少なくありません。
そうなると、妊産婦は自宅にいながら義理実家にいる状態で、メリットもあればデメリットもあります。義理家族の手伝いで身体の疲れは軽減されても、精神的には疲れが重なってしまう。
編集部:「父親が育児に参加する」と一口で言っても、核家族前提の都市部と地方では実態が異なるのですね。このような地域差は当事者にも周囲にも、見えにくい点かもしれません。
父親の育児参加、なぜ必要?
編集部:育児をする父親は増えていますし、先生もそのお一人です。
国や自治体も父親の育児参加は「必要なもの」と推進する策を取っていますが、そもそもなぜ、父親の育児は必要なのでしょうか。
村上:これは父親の育児を語るときには必ず押さえなくてはならない、大事な点と思います。
10年ほど前の調査で、夫の家事育児時間が長いほど、妻の就業率と第2子の出生率が高くなる、という結果がありました。
これが令和5年の育児・介護休業法改正の背景にあり、国にとっては父親の育児参加を少子化対策の一環と捉えています。
ですが、困っている妊産婦さんとその家族を目の前で見て支援する私たちは、少子化対策とは関係なく「父親が育児をするのは当たり前」の感覚です。
▲年々、働く女性は増えている。令和5(2023)年の就業率をみると、15~64歳の女性は73.3%、25~44歳の女性は80.8%、15~64歳の男性は84.3%。女性と男性の就業率に大きな差はない状況。(出典:内閣府男女共同参画局)
村上:今の核家族化の社会では、父親が担わなければ、子育てそのものが成立しません。
20代から40代の女性の8割は就業していて(出典:内閣府男女共同参画局)、性別関係なく親が育児をしなければ、子どもは育てられない。
なぜと理由を問うまでもなく、父親がやらなければ、母親だけではもうできないことなのです。
1985年に男女雇用機会均等法が成立し、男女ともに平等に仕事をしていく社会では、育児に関しても男女は平等であらねばなりません。が、現実はそうなっていない。
働いてきた女性が出産後に職場復帰できず、社会的な居場所を失うことで、孤立してしまうケースは絶えません。
今に至っても父親が育児を担うことが当たり前になっていない、そこに「時すでに遅し」とも言える危機感を抱いています。
編集部:日本では「親はなくとも子は育つ」ということわざもありますが、先生のおっしゃることは、全く温度感が違います。
▲女性と男性の就業率に大きな差はない現代日本。性別関係なく親が育児をしなければ、子どもは育てられない状況だ。(写真:アフロ)
村上:世間一般で言う「育児」とは、子どもが生まれてから小学校入学くらいまで親が子の世話をすること、というような、軽い理解がなされていると感じます。が、実際はそうではない。
育児のあり方は、さまざまな親子の事情によって、その家庭ごとに変わります。
「親としてどうあって、子どもをどう育てていくか」は、親になるすべての人が性別に関係なく、当事者として考えねばならないことです。
そのような「親であることを考える」ための教育も、今とこれからの日本には必要だと思います。
育児をしたい父親に必要なもの
編集部:父親がやらなければ令和の育児は成り立たない、ですが先ほど先生もおっしゃったように、社会構造的にまだまだ「父親が育児したくてもできない」状況があります。これを変えていくには、どうしたらいいでしょう。
村上:まず社会の理解に関しては、親子に関して使う言葉を問う必要があると思います。
たとえば「母子保健」という言葉は、親子関係を母子にクローズアップして刷り込んで、固定観念を作っている。親子の愛着について母子間の研究は盛んでも、父子間はほとんど重視されていないのには、この用語が関係していると思います。
この背景には旧来の「男は仕事、女は家事育児」の性別役割分業があります。変えるためには、30代から40代の現役世代がパラダイムシフトを起こさねばなりません。
編集部:パラダイムシフト、つまり常識を根本的にひっくり返すことですよね。それを起こすには、どうすればいいでしょう。
村上:育児の平等は、就労の平等に左右されます。両方を男女が平等にやればいいのですが、今の日本ではまだこれは理想論です。
日本の労働環境や制度の中では、働く意思があっても就労の難しい女性たちが多くいます。それは日本の働き方が、家族のケアをしないことを前提にした男性の、体力と労働時間の長さを想定して作られているから。そしてそれが、男性が育児をしないことを正当化する材料にもなっています。
▲日本はこれまで「男性が家族のケアをしないこと」を前提にした働き方が主流だった。このような社会では「男女共に育児を担う」環境づくりは難しい。育児現役世代の令和パパの課題は大きい。(写真:アフロ)
村上:これからも、男女が平等に働ける制度や環境の整備を続けていく。それまでの間、今の環境や制度のままでは働けない人たちのサポートもする。今と未来を両方見て、両輪でやっていくことが重要です。
そのためには、働きながら育児をしている人々が、制度や環境を作る政策の場にもっと増えてほしい。我々周産期医療や保育の場にいる人間も、行政の場に継続的に改善点を訴えていかねばならないと感じます。
編集部:政策面で、今すぐにでも導入を訴えたいものはありますか?
村上:育児をしながら働く人への休業や給付だけではなく、親たちを支えている周囲の同僚へのインセンティブをきちんと整えること、です。
周りの空気を作れれば、子育てをする人の孤立を防げます。そしてこれは大企業だけではなく、中小企業にも浸透させるのが重要ですので、国に動いてほしいです。
編集部:父親本人の意識の持ちようについては、どうでしょう。育児のような「家庭内でのケア」は、そもそも「自分がやること」だと思っていない父親たちもまだ多くいます。
村上:そのような父親たちは、周囲から「自分はケアをする人間」だと考えるのを阻害されていることもあります。
育児をすると言ったら「そんなことしたら昇進できないぞ」と言われたり、逆に「男性が育児するなんて頑張ってるね」と嫌味半分で言われたり。
これは私自身も当事者として、自覚と危機感を持って突き進むしかないと思っています。そうして両立している私たちが、下の世代のロールモデルになれたら、ポジティブな変化を促せるはずですから。
一番大切なのは、パートナーを見ること
編集部:先生ご自身は、育児をしない父親からする父親に変化するにあたって、どんな意識を持って行動しましたか。
各家庭で事情が異なり、マニュアルはないものですが、この記事の読者は、具体的な事例を知りたいと思うのです。
村上:私がまずやったのは、「子どもではなく、妻を見る」ですね。自分が一番できていなかったことなので、自戒を込めて言っているのですが……これこそを発信しなければならないと、恥を忍んで言っています。
具体的には、1週間の中で必ず夫婦だけで話をする時間を作っています。
長野は車で移動する時間が長いので、子どもたちが移動中に寝てしまったら、そこを夫婦の会話の時間として確保する。話の途中に子どもたちが入ってきても、「今はお父さんとお母さんの時間だから、待ってね」と断る。子どもたちと遊んで話す時間は、それとは別に取る。
忙しい毎日の中では難しいですが、なんとか諦めないで確保しています。
編集部:その時間には、どんな話をしていますか。
村上:いろんな話をしていますが、家事育児に関しては、お互いが当事者として担うための「最低ライン」を共有しています。
揃えた共同のラインまでは二人ともやる、それ以上が気になる場合はそれぞれがやる。たとえば洗濯は私の担当ですが、デリケートな服は持ち主が担当すると決めています。
編集部:そこまで細かく話し合っているのですね。
村上:ラインを揃えて家事育児を二人でやると、イライラする場面でも互いを責めたり、無責任で表面上だけの労いの言葉をかけたりせず、「一緒にがんばろうね」と言い合えるようになります。子どもたちに対する認識が揃って、お互いへのリスペクトもできていく。
パートナーシップの教育はとても大事なので、小・中・高の学校教育でも取り入れられるといいですよね。
今の日本で父親になった男性たちには、「一緒にムーブメントを起こそう」と言いたいです。
例えば、中小企業で育休取得第1号になったら、先行事例を作ったことで、後輩たちを助けている、ということにもなりますよね。
自分の行動が他者にポジティブな影響を与えるのは、とても素敵なこと。家族関係が良くなるだけではなく、人生の自由度が高くなって、違う世界が見えてきます。その世界をぜひ一緒に作りましょう!
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「令和パパの育児参加とキャリア」について、前編では医師の村上寛先生に日本の現状と改善策を聴きました。後編では父親の育児参加を推進するファザーリング・ジャパン多摩支部代表・野﨑聡司さんに、育児する父親に不可欠のマインドセットやスキルを伺います。(後編は近日公開予定)
取材・文/髙崎順子
出典・参考/
厚生労働省 令和5年度雇用均等基本調査 結果の概要 P19
内閣府男女共同参画局 令和6年版男女共同参画白書
『さようなら、産後うつ―赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』(晶文社)