きょうだいの愛情格差「自分は愛されていない」という不安…心の傷を残さない「親からの卒業」とは【社会心理学者が解説】
「愛情格差」子どもへの影響は?「幼少期の愛情格差より、“解消できないまま引きずる”ことが問題」と語る社会心理学者・碓井真史先生が「親からの卒業」について解説します
前編【社会心理学者が解説】きょうだいには「平等よりも特別感」が必要な驚きの理由上の子と下の子のあいだに生まれる“ちょっとした不公平”。
それは、ハンバーグの大きさやおこづかいの額といった些細な違いであっても、子どもの心に「愛されていないのかも」という影を落とします。
「親の寄り添い方ひとつで、その記憶は“傷”にも“思い出”にも変わる」社会心理学者の碓井真史先生はそう語ります。
きょうだいの「愛情格差」の解決法と、健全な“親からの卒業”とは何か、詳しく聞きました。
愛情格差の原風景「気持ち」が記憶として残る
▲上の子と下の子、お年玉の金額が違うのはあたりまえだと親は思っていても…?(写真:アフロ)
「お兄ちゃんのほうがお年玉が多い! なんで!?」
子どものころの、そんな“小さな不公平”を、大人になっても覚えている人は少なくありません。長い月日を経ても、その記憶がふと蘇ること、ありませんか。
「お年玉の額がきょうだいで違ったことを覚えているのは、“モノ”への執着からではありません。親の愛情が偏っていると感じた、その“気持ち”が記憶として残るからなんですね」
こう言うのは、社会心理学者の碓井真史先生。新潟青陵大学・福祉子ども心理学部の教授であり、スクールカウンセラーでもある先生は、きょうだい関係や家庭の人間関係を長年研究してきた人です。
子どもは、理屈ではなく感情で世界を理解する、と碓井先生は説明します。
お兄ちゃんと同じ年齢になれば自分も同じ額をもらっていた──。もちろん、そんな理屈は大人になれば理解できます。
けれど、子どもにとっての世界は「今、この瞬間」。未来の「いつか」より、その場で感じた不公平が強烈に心に残るのです。
しかもそれは、「お兄ちゃんのほうがお年玉が多い」という“事実”よりも、「自分は愛されていないのかもしれない」という“感情”として。
そして、それが、「愛情格差の原風景」になるのです。
健全な「親からの卒業」に必要なもの
▲親の愛情が偏っていると感じた、その“気持ち”が記憶として残る(写真:アフロ)
「ただ、お年玉やおこづかいの額の差や、食べ物の大きさや量の違いは、あくまで象徴的な例にすぎません。本当の問題は、その背景にある“気持ちの不安定さ”です」「“自分は親から愛されていないのかもしれない”という不安が心のどこかにあるときに、そうした差が目に入ると、“なんで自分だけが!”と、感情が爆発してしまう。そして、そのときのことが心に深く刻まれるというわけです」
下の子が熱を出したから上の子の野球の試合を観に行けなくなった、上の子の授業参観で下の子を預けざるを得なくなった……。子育てをしていれば、こんなふうに“仕方がないこと”はたくさん起きます。
このようなことが積み重なると、子どもの心には、淋しさや不満が募っていく。そして「愛されていないのかも」という不安になる……。
「とはいえ、多くの場合、大人になるにつれ、“あぁ、あれは仕方がないことだったんだな”“あのとき、親も精一杯だったんだな”などと思えるようになるんですね。そして、お兄ちゃんとお年玉の額が違っていて騒いだ自分を懐かしく思い出し、穏やかな気持ちになれる。これが“親からの卒業”ということです」
心の傷、解消できる人とできない人の違いは?
もちろん、中には、“親からの卒業”ができず、「自分は愛されていないのかもしれない」の思いがしこりになってずっと残る人もいます。
「幼少期の愛情格差がそのまま問題になるというより、“解消できないまま引きずる”ことが問題なんですよね」
個人の性格、大人になってからの親子関係、周囲の支え──。引きずるか引きずらないかは、さまざまな要素が絡まってくるといいます。
「例えば、思春期にどう過ごすか。このくらいの年齢になれば、自分でいろいろなことに気がつき、親と向き合うことができるはずなんです。親に不平不満があったら、“クソババア!”などと言ったりもする」「むしろ、そうやって、この時期に親とぶつかっておけば、大人になってから引きずらない。中高生のうちに親と大喧嘩して、泣いて、怒って……。それを乗り越えてわかり合う経験をしておくと、そのあとが、ずっと楽になります」
しかし、その経験を持たず、大人になって初めて親とぶつかる人もいます。
▲幼少期の出来事が「心の傷」として残り、大人になっても解消できないケースも(写真:アフロ)
例えば、碓井先生の知る、ある女性は30歳を過ぎてから、母親の前で「褒められた記憶がない」と泣いて訴えたそう。お母さんは、「そんなことはないわよ。褒めていたよ」と否定したそうですが……。
「その女性は、“チョコレートパフェを頼んだら悪い子だと思われる”と信じ、子どものころ、いつも我慢していたとか。彼女のように、“いい子”であろうとする子ほど、心に抑圧が残ります」
「それを思春期で解放できた人はいいのですが、抑え込んだままだと、彼女のように大人になってから噴き出してしまうのです」
ずっと引きずっている人は、このケースのように、大人になってからでも親と向き合うのもひとつの手。
また、抱えた思いを誰かに打ち明けることも、自分を楽にする方法です。場合によっては、心の専門家のサポートを得てもいいのではないでしょうか。
「心の傷」を残さない 子どもへの寄り添い方
▲子育てでは“仕方がないこと”もたびたび起きる。どうフォローするかが大切(写真:アフロ)
自分のことはさておいて、わが子には愛情格差を感じてほしくないと思うのは当然だし、たとえ感じたとしても、それを引きずってほしくないと願うのが親心。では、親として、子どもには、どう寄り添っていけばいいのでしょうか。
「子育てには“仕方がないこと”が起きると言いましたが、このとき、どうフォローするかが大事です」
「例えば、下の子が生まれて赤ちゃんに手を取られてしまうと、上の子にかける時間が減ってしまう。あるいは、下の子が熱を出して、お兄ちゃんの野球の試合を見に行けなくなる──」
「そんなときには、親が“ごめんね、淋しい思いをさせて”と言って上の子を抱きしめてあげたり、“本当は行きたかったんだよ”などと、気持ちを伝えたりするだけでも、子どもの受け止め方は変わります」
このように、ひとつひとつの出来事にフォローを入れることが大事ですが、先生曰く「もっと大切なのは、それ以前に“普段どう接しているか”」。子どもの心には、実はこれが大きく影響するそうです。
「日常で、“自分は大切にされている”と子どもが感じていれば、少しの不公平は心に残りません。普段の食事や会話の中で“あなたのことをちゃんと見ているよ”というメッセージが伝わっていれば、愛情の土台は崩れないのです」「普段からの関わりが安定していれば、“今日は行けないけど、次は必ず行くね”といった一言が、ちゃんと子どもの心に届くんです」
前編で詳しく触れていますが、「あなたのことがいちばん好きよ」といった声がけなど、子どもに“自分だけ”という特別感を抱かせる。こんな工夫の積み重ねが、子どもに「自分は愛されていない」と思わせないためのフォローになるということです。
「子どもは親の言葉より“空気”を感じ取る存在。結局のところ、子どもはすべてを感じ取っているんですね。だから、“いろんなことを感じている存在”であるという前提を、親が持っていることが大事です」
子どもが文句を言うのは「安心」している証拠
言葉にして伝えることはもちろん大切。でも、その言葉を支えている“親のまなざし”や“雰囲気”までも、子どもは受け取っている。だからこそ、親の態度がとても重要になってくるのです。
とはいえ、どんなに親が気を配っていても、子どもは文句を言うもの。
「なんで妹ばかり可愛がるの?」「なんでお兄ちゃんのハンバーグが大きいの?」「夕ご飯は弟の好きなものばっかり」──。そんな言葉が続くと、親は責められたような気持ちになることも……。
「でも、文句を言えるのは、安心している証拠なんです。小さな文句を言うのが子ども。むしろ、適度にわがままを言える子どもがいちばん健全です」
「そんな子どものわがままや小さな不平不満は、深刻に受け止めず、“そっか、ごめんね”“じゃあ次はあなたの好きなものにしようね”と軽く受け止めてあげればいいんですよ。親子関係は“適当なくらい”がちょうどいい」
そんな親子関係をつくるには、親が「完璧な親」を目指さないことが大事、とも。
「子どもの言動に一喜一憂せず、淡々と子どもに寄り添うことが大切です。とはいえ、親も人の子。感情的になることはあるでしょう。でも、そんな自分を責めたり、落ち込んだりする必要はありません」「“ま、たまには、こんなこともあるよね”と思って流せばいいのです。また、子どもが思いどおりにいかないこともあるでしょう。そんなとき、“なんで、どうして”と考え込んだり、親としての自分を責めたり、“どうにかしなくちゃ”と躍起になったりせず、“そんなもんか”と受け止めればいいと思います」
“理解できる子・できない子”、“いい子・困った子”
▲自分と似ている子は、“理解できる子” “いい子”に見えてしまう?(写真:アフロ)
きょうだいを育てていれば、例えば「上の子は理解できるけど、下の子はよくわからない」などと感じることもあるでしょう。また、どちらか一方が「困った子」に思えてしまうことも……。
「親は、自分と似ていたり、自分が望む方向に育っている子は“理解できる子”“いい子”に見えてしまう。逆に、自分とはあまりにもタイプが違ったり、興味の対象が異なっていたりすると、“理解できない困った子”に映りがちなんですね」「でも“理解できる子・できない子”と“いい子・困った子”は、視点によって簡単に入れ替わるんですよ」
例えば、自分が音楽の教師などで、子どもにピアノをやらせたいと思っている親にとって、ピアノに興味を示さず、外でボールばかり蹴っているような子は「理解できない」「困った子」と思いがち。けれど、自分がサッカー好きで、子どもにもサッカーをやらせたいと願っている親にとっては、「理解できる、いい子」に映るということ。
「わが子であっても別人格。親と興味や関心の対象が違って当然です。そんなふうに考えて、子どもの“好き”を認めてあげれば、きょうだいのどちらか一方だけを“理解できない・困った子”と感じることもなくなるのではないでしょうか」
もし「わが子と気が合わない」と感じてしまったら
さらに、「どちらか一方の子と気が合わない」と感じる瞬間もあるかもしれません。
確かに、人間同士ですから、親子であっても多少の「気が合う、合わない」があるのも事実でしょう。
でも、「気が合わない」=「愛していない」ではないことも忘れずに。
「気が合わないと、“自分はその子を愛せていないダメな親”などと罪悪感を覚える人もいるのですが、その必要はありません」
ただし、ごく少数ですが、「どうしても愛せない」と感じてしまう親がいるのも事実です。
妊娠中に夫の浮気など大きなショックを受けた場合、その痛みや怒りが無意識にその子へ投影されてしまうことがあります。
自分でも「やばい」「どうしても愛せない」と感じるときは、ひとりで抱え込まず、早めにSOSを出して専門家に頼りましょう。自分を守るための相談は、子どもを守ることにもつながります。
ここまでの極端なケースは稀かもしれません。しかし、いずれにしても、親子関係では、“感情が揺れる瞬間があること”自体が普通なのだと、碓井先生は続けます。
「愛と憎しみは表裏一体です。愛しているからこそ、憎たらしくなることもあるでしょうし。ある先生は、他人の子どもだと穏やかな気持ちで教えられるけれど、わが子となると“なんでこんなこともわからないんだ!?”と、思わず怒りが湧いてくると語っていました」「親は、子どもの前で、教師やカウンセラーのように常に冷静に振る舞えるわけではありません。それができないのが人間だし、“できないこと”は、実は、悪いことでもなんでもないんです」
ときに感情的になって怒り、ときに落ち込み──。そうやって、ドタバタしながら生きて、子育てしていくのが、わたしたち人間なのかもしれません。
「子育ての最大のコツは、幸福感を感じること。罪悪感を抱きすぎたり、できない自分を責めたりすると、幸福感が消えてしまいますよね。それは親にとっても不幸ですが、子どもにとってもつらいことなんです」「子どもを育てるというのは、理屈ではなく、日々の感情と直感の積み重ね。泣いたり、笑ったり、怒ったり──。そんな“程よい親”の姿こそが、子どもにとっての安心になるのだと思います」
安心を与えられて育った子は、大人になってから、子どものころに感じた“愛情格差”も笑い話として披露できるようになるのです。
【「きょうだいの愛情格差」について社会心理学者・碓井真史さんが解説する連載は前後編。子どもには「平等よりも特別感」が必要な理由をお聞きした前編に続き、今回の後編では「きょうだいの愛情格差」の記憶が心の傷となる理由、健全な「親からの卒業」についてお聞きしました】
取材・文/佐藤美由紀