【政界インタビュー/神奈川17区】自民党・牧島かれんの現在地——「イノシシから宇宙まで」に込めた政治のかたち
梅雨入り間近の薄曇りの下、第39回を迎えた開成町あじさいまつりが開かれていました。
咲き並ぶあじさいの中、町議会議員らと歩く自由民主党の衆議院議員・牧島かれん(まきしま かれん)氏の姿を撮影しました。
ジョージ・ワシントン大学大学院で修士号を取得し、デジタル大臣を務めた国際派。一方で、わな猟免許を持ち、日々のSNS発信には、祭りや農業、鳥獣被害対策など、地盤とする神奈川17区の暮らしが色濃く映ります。
足柄の山とワシントン。
イノシシと人工衛星。
地域の祭りとデジタル政策。
遠く離れて見えるものが、一人の政治家の中に同居している。そのためか、牧島氏は少し輪郭のつかみにくい印象もありました。
牧島氏自身は、その政治の射程を「イノシシから宇宙まで」と表現しています。
あじさいまつりの後、車で向かったのは、小田原市成田にある地元事務所。かつて河野洋平元衆議院議長が使い、牧島氏が河野氏の後継として神奈川17区から立候補する際に受け継いだ場所です。
一見すると遠く離れているものが、牧島氏の中でどうつながっているのか。
イベントでの撮影から事務所でのインタビューまで、約3時間をともにする中で、その政治のかたちをたどりました。
山、川、海、里を抱える神奈川17区
Q1 神奈川17区は、小田原市、秦野市、南足柄市、足柄上郡、足柄下郡、二宮町の計12市町からなる広い選挙区です。神奈川県の面積の約3割を占め、都市部、農地、山間部、観光地など、地域ごとの性格も大きく異なると感じます。
牧島先生は、この神奈川17区をどのような土地として捉えていらっしゃいますか。また、地域ごとの声を国政に届けるうえで、何を大切にされていますか。
神奈川県の面積の3割という、本当に広い土地で17区は構成されています。山があり、川があり、海があり、そこに里がある。自然が持っている魅力があります。
しかし、いざ自然災害などが起きると、被害が甚大化するリスクも抱えています。そうした土地が持っている特徴を、しっかりと捉えることを広く考えています。
例えば川であれば、酒匂川一つをとっても、複数の町や市が関わっています。私が17区全体を見ることで、一つの市の課題を、複数の自治体が共有する課題として捉え、解決していく。そうしたアプローチを大事にしてきました。
産業としては、林業、農業、漁業があります。ものづくりも、小田原漆器や箱根寄木細工といった伝統的工芸品から、月産業に関わる最先端の中小企業が持つ匠の技まで、幅広く存在しています。
第3次産業はもちろん、観光業も基幹産業の一つです。
第1次、第2次、第3次、さらに第6次産業まで含めて、「この分野しか分かりません」という国会議員では、地元の代表としてふさわしくないだろうと思っています。
あらゆる政策テーマに取り組み、課題に答えを出していく。そうした姿勢を一貫して続けてきたつもりです。
「イノシシから宇宙まで」は、どうつながっているのか
Q2 牧島先生は、幅広い課題に向き合うために「オールマイティプレーヤー」でありたいと発信されています。「イノシシから宇宙まで」というキャッチコピーは、とても象徴的です。地元の生活課題と、デジタル、国際協力、安全保障といった国政上のテーマは、牧島先生の中でどのようにつながっているのでしょうか。
「イノシシから宇宙まで」という言葉は、だいぶ皆さんの中にも浸透したキャッチコピーになっています。国会見学に来る小学生からも、「イノシシから宇宙までの人だ」と言われたり、質問コーナーで、改めてどういう意味なのか聞かれたりします。
今でこそ熊被害のような鳥獣被害が連日報道される時代になっていますが、私も地元を歩く中で、イノシシ、シカ、サルなどによる被害が、私たちの大事な食や農業に大きな影響を与えていることを実感してきました。
さらに、シカの頭数が増えることによって、山の保水力が失われてしまう。それによって、ひとたび台風や大雨が降った時に、土砂崩れが起きやすくなる。
そう考えると、鳥獣被害対策は、防災・減災対策としても捉えることができます。
山の中の個体管理に衛星写真を使ったり、宇宙の技術を活用したりすることもあります。電波を発する機器で管理したり、箱わなを画像で確認したりする仕組みも、宇宙の衛星とつながって運営されている部分があります。
イノシシと宇宙は、実はつながっているんです。
——イノシシの個体管理に、衛星や宇宙の技術まで使われているのですね。
外交、安全保障、宇宙政策も、決して遠い話ではありません。皆さんが毎日スマホを使う中で、当たり前になっている社会のインフラも宇宙とつながっています。
国際的なさまざまな場面で日本がリーダーシップを取ること、日本のプレゼンスを高めることは、まず日本という国の将来性を世界に知っていただくためにも重要です。同時に、私たちの地域で観光産業を進め、インバウンドのお客様を受け入れていくうえでも、世界の平和は欠かせません。観光は平和産業と言われている通り、紛争のある国から観光客が来ることは、なかなかありません。
そういう意味では、あらゆることがつながっているということを、皆さんにお伝えするようにしています。
デジタルは、地方の暮らしと世界をどう変えるのか
牧島氏は、デジタル大臣、行政改革担当大臣、内閣府特命担当大臣(規制改革)を歴任しました。
いま、デジタル政策は行政手続きの効率化だけを意味するものではありません。生成AIは、行政や企業の業務、人の採用、若い世代の教育まで変えようとしています。
他方、AIはすでに戦争にも使われています。ウクライナ戦争では、画像解析や情報分析、無人機の運用支援などへの活用が進み、イランをめぐる軍事作戦では、Anthropic社の生成AI「Claude」が使われたとも報じられています。
地域の暮らしを支える技術と、企業や雇用を変える技術。そして、安全保障やサイバーセキュリティのあり方まで変える技術。それらは、いま同じAIの延長線上にあります。
元デジタル大臣の牧島氏は、この変化をどう見ているのでしょうか。まず、地域の暮らしに近いところから聞きました。
Q3 デジタル政策は地方の暮らしや地域課題に何をもたらしてきたのでしょうか。また、国が進めるデジタル化を地方の実感につなげるうえで、今後どこに課題が残っているとお考えでしょうか。
デジタル庁が掲げているミッションは、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を」ということです。
私もデジタル大臣として、発足から1か月ほどのデジタル庁が、もう少しで1歳の誕生日を迎えるというところまで役目を果たす中で、この言葉をとても大事にしてきました。
デジタルは、決して冷たいものではありません。日々の暮らしを心豊かにするものなのだと伝わるようにしたいと考えてきました。
国や行政のデジタル化というと、普段接する機会が多い、市や町の窓口を思い浮かべる方も多いと思います。役所での手続きに何時間も待たされたり、いくつもの窓口を回らなければならなかったりする。そうした手間が、ストレスにもなっています。
デジタル庁が進めてきた地方自治体の窓口DXは、どのまちに住む方にとっても、そのストレスを軽減させるものです。スマホで手続きができるようになる。わざわざ平日の午前9時から午後5時までの間に役所へ行かなくても済む。そういった部分は、だいぶ進んできたのではないかと思います。
デジタル庁や自治体の窓口DXの専門家と一緒に、役所内の動線を確認したこともあります。その際、二つのケースを前提に置いています。
一つは、引っ越してきたばかりの方。もう一つは、ご家族に不幸があり、お悔やみの窓口を利用される方です。
ご不幸があった時は、精神的にも大変つらい状態です。その中で、いくつもの窓口を回らなければならない手続きは、できるだけワンストップで行える方がいい。
引っ越してきたばかりの方にとっては、その役所や役場を訪れるのは初めてです。本館と分館に建物が分かれていれば、どちらへ行けばいいのか分からない。大事な案内のポスターが目に入りにくい場所に貼ってあったり、古い情報がそのまま残されていたりすることもあります。
そうしたプロセスの全体を見直さなければ、デジタル化やDXは進みません。外からの視点で改善点をお伝えすることも行ってきました。
一方で、デジタルは遠い話、難しい話だと思われる方もいます。デジタルデバイド対策(※)も、同時に進めなければなりません。
※デジタルデバイド(情報格差)対策。年齢、障害の有無、経済状況などによって生じる、デジタル技術へのアクセスや活用能力の差を是正する取り組み。
デジタル推進委員というボランティアの方々に、スマホの使い方を教えていただく。社会福祉協議会を担い手としたスマホ教室を支援する。そうしたことにも取り組んできました。
それでも、役所の窓口でゆっくり相談したいという方はいらっしゃいます。そのための窓口対応は、きちんと確保されるべきです。
スマホで手続きを完結できる、いわゆるデジタルネイティブの方々が役所へ行かずに済むようになれば、その分、役所で手続きをする方に対して、相談の時間をたっぷり取れるようになります。
これも一つのデジタルデバイド対策であり、DXの効果だと思っています。
「誰一人取り残されない」という言葉には、一人ひとりが「使いこなしたい」と思う希望をかなえるよう支えるという意味があります。また、使える人がデジタルを使いこなすことによって、アナログで相談したい方、対面での時間を大切にしたい方に、十分な時間を取れるようにする。その両面があると思っています。
——生成AIが急速に進化し、行政や企業だけでなく、サイバーセキュリティや戦争のあり方にも影響を及ぼしています。この動きを、どのように見ていらっしゃいますか。
サイバーセキュリティへの懸念は、AIの登場によって、これまで以上に警戒しなければならないレベルが高くなっていると思います。サイバーセキュリティ政策に関わってきた者として、大変な危機感を持ち、対策を強化しています。
一方で、AIを使わずに業務を進めることも、難しくなってきています。それは行政も同じです。
例えばデジタル庁では、答弁を作る際に、「源内」というAIを活用していることを公表しています。これまでの霞が関の業務フローの中にも、AIへ置き換えられる部分が出てくると思います。これは霞が関だけでなく、地方自治体でも同じです。
そうなると、人間が担うべき仕事はどこなのか、考えなければなりません。行政だけでなく、民間も同じです。人を採用するという場面で、人を採用するのか、それともAIを導入するのか。そうした判断をする場面も出てくるでしょう。
人を採用する場合、その人にどのようなスキルや経験が求められるのかが、より緻密に考えられるようになると思います。
デジタルの分野では「スキルタクソノミー」という言葉をよく使います。どのようなスキルセットがあるのか。その人にどのような役割を果たしてもらう必要があるのか。スキルとタスクを対応させる地図のようなものを、企業や行政機関が作っていくことになると思います。
AIの時代にそうした社会が生まれると考えた時、これから高校へ入学する、高校を卒業する、大学へ進学するといった若い世代の皆さんも、漠然と学部を選ぶだけではいけなくなります。
どのようなスキルを身につけるべきか。将来の社会像からバックキャストして、今、自分は何を学んでおかなければならないのかを考える時代になってきました。
文部科学省もすでに問題提起していますが、普通科の高校が、社会の必要とする人材をこれからも生み出し続けることができるのか。むしろ、高等専門学校や工業高校のように、専門性を持つ学校の方が社会のニーズに応えられるようになるのではないか。
これは大学も同じです。人文系の定員が非常に多い大学はたくさんあります。
デジタル、AI、DX、物理、科学など、これまで理系人材と呼ばれてきた分野に、定員や受け入れ能力を振り分けていかなければ、社会が必要とする人材と、社会へ送り出される人材の間にギャップが生まれます。
このギャップを埋める努力を、今から始めなければ間に合わないと思います。
——僕自身、ライターとの兼業で都内の販促系事業会社に勤めていますが、AI導入のプロジェクトが全社で進んでいます。みんな、AIの話しかしていないと言ってもいいくらいです。
自民党でも毎日AIです。
アメリカのAI企業の皆さんも、党本部へプレゼンテーションや相談に来られます。そういう意味では、常に情報がアップデートされていると感じています。
政府外交だけではない、自民党の政党外交
Q4 牧島先生は現在、自民党国際局長代理を務めておられます。5月上旬にはサンフランシスコやワシントンを訪問し、AI、半導体、防衛、安全保障、外交などをめぐり、関係者との意見交換を重ねたことを発信されていました。
河野太郎国際局長のもとで、自民党国際局は、現在どのような方針や問題意識を持って国際交流や政党外交に取り組んでいるのでしょうか。また、国際情勢や技術環境が急速に変化する中で、日本はどのような役割を担うべきだとお考えでしょうか。
日本に対する期待の声は、アメリカだけでなく、他の国々からも確実に聞こえてきていると思います。
その一つが、日本の技術力や人の力に対する信頼と期待です。
サプライチェーン全体で考えても、日本が不可欠な存在であることが、これから日本の強みになっていく。日本抜きにはサプライチェーンが回らない社会を築いていくことが大切だと思っていますので、そういう意味で、議員外交は非常に重視されるべき分野です。
政府間での議論はもちろんありますが、そのチャンネルだけではありません。与党として長年の歴史と責任を持つ自民党としても、国際局を通じて議員外交を続けていきたい。在京大使の皆さんとの交流も大切にしています。
先日も、永田会(※)という会合がありました。また、地元・湯河原の湯かけまつりが、外務省の地方視察プログラムに選ばれました。19か国プラスEUの大使、外交官、家族のみなさまが来られました。
箱根は知っていても、湯河原には来たことがないという方も多くいらっしゃいます。東京だけではなく、東京から離れた地域にもご案内することが大切だと思っています。
※自民党国際局が各国の駐日大使らと意見交換する交流の場。1983年の発足以来、40年以上にわたり、自民党と各国の駐日大使館をつなぐ場として続いている。
政治を「仕事」ではなく、人生として引き受ける
Q5 牧島先生は、学生時代にお父様の国政挑戦を間近で経験され、その後、行政学を学ばれ、ワシントンでの留学経験も経て、国政の道へ進まれました。
また、2009年の初挑戦では落選も経験されています。
そうした時間を振り返ったとき、牧島先生にとって、政治家としての原点はどこにあるとお考えですか。政治を「仕事」として引き受ける覚悟は、どのように形づくられていったのでしょうか。
「仕事」として引き受けるというより、「人生」として引き受けるという感覚だと思います。何らかの形で政治に携わる人生になるのかなとは思っていました。
ただ、自分自身が立候補して議員になるのか。それとも、政策立案や政策プロセスに関わる役割を果たすのか。その輪郭は、まだぼんやりとしていました。
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロをワシントンD.C.で目撃したことが、一つの契機になりました。自分自身が襷をかける。その覚悟を決めたのが、当時の私の思いだったと思います。
地方議会議員の家で生まれ育ったことは、私の人生を形づくるうえで、大きな要素でした。地方議員なので、家と事務所が一体となって動いていました。いろいろな話をしに来られる方々が、普段から家を訪ねてくる。そうした姿に触れながら育ちました。
社会にある課題を解決する方法は、さまざまだと思います。企業の活動によるものもあれば、ボランティア活動によるものもある。
ただ、私にとって一番身近なソリューションが政治でした。
課題を解決する方法として、政治が存在する空間にいた。それが、私にとっては自然だったのだと思います。
誰もが、課題を解決したい、悩んでいる人のそばにいたい、その人の思いに寄り添って、明日がより良い日になるようにしたいと思っているはずです。そのためのアプローチは、さまざまです。
私の原体験におけるアプローチが、政治だったということです。
3年3か月の浪人があったことで、皆さんには本当にご苦労をおかけしました。しかし、地域の皆さんと地道に活動する時間をいただけたことも、今の私を作ってくれています。
すべては、日々の積み重ねの上にあるのだと思います。
——「政治がソリューション」という言葉に引っかかりました。政治とソリューションが結びつくのか。これまで、あまり聞いたことのない表現です。
カタカナで言えば、ソリューションなのだと思います。課題解決とも言いますが。
私は、皆さんが「困ったな」と思った時に、一番最初に思い浮かべる存在であれたらいいなと思っています。
身近なことだけれど、誰かに話を聞いてほしい。そういう時に連絡をくださるのは、「一番最初に思い浮かべてくれて、ありがとう」という気持ちです。
この人なら解決してくれるかもしれないと思ってもらえる政治活動をしたいと思っています。
表には見えない、地味で地道な政治の仕事
Q6 最後に、牧島先生は、地元の生活課題、デジタル政策、行政改革、国際協力、安全保障など、幅広い分野に携わってこられました。今後、国政の中でどのような役割を担っていきたいとお考えでしょうか。
私の中では、「まじめに頑張る人がむくわれる社会をつくる」ことを大事にしていきたいと思っています。まちの中でも、「もっとこうなったらいい」という皆さんの思いを聞かせていただきます。
地域の声の代弁者として存在する、一人ひとりの国会議員の役割が、しっかりと発揮されることが大切なのだと思います。
特に衆議院議員は、代議士という役目のもとで活動しています。そのことを一人ひとりが自覚しながら、日々、政策立案を積み重ねていく。地道な活動ですが、その先に答えが出てくるのだと伝わるといいと思っています。
私も6期目となり、国会議員として14年という年月を重ねてきました。今回、多くの1期生が仲間として加わりました。
次の世代へ伝えていきたいのは、政治は本当に地味で、地道な仕事だということです。私は、それを分かったうえで、この世界に入りました。政治というもののイメージが、実態とかけ離れてしまう時もあります。その実態が、若い世代や次の世代にも伝わるといいと思っています。
——実際の仕事とかけ離れている、というのはどの辺りに感じられますか?
何なのでしょうね。予算委員会は中継されているので、その様子を見たことがある。本会議で採決をしている姿も見たことがある。皆さんが政治を目にするのは、そうした場面だと思います。しかし、そこにたどり着くまでの手前には、実は相当なエネルギーがあります。
自民党であれば、午前8時、早い時には午前7時30分から集まり、議論を重ねます。自分たちで議員立法で法律を作る時もあります。政府提出法案について、「ここをもっとしっかり説明しなければ誤解されるのではないか」と議論する時もあります。
デジタルの分野はAIが日進月歩ですから、世界のトレンドを捉え、政策提言集を取りまとめることもあります。例えば、「デジタル・ニッポン」のように、毎年100ページを超える資料を出したりもします。そうしたものを作り上げる作業は、表には出にくい。しかし、そのプロセスがなければ、政策は動きません。
政策は、どこかから突然、打ち上げられるものではありません。
たくさんの時間をかけて、一人ひとりの議員が、自らのネットワーク、研究、経験、バックグラウンドを駆使する。なおかつ、日々、自らを鍛え、努力を重ねる。その上でしか、政策は作り上げられません。しかし、そのプロセスは見えづらいんだと思いますが、それがなければ、法律として成立することも、施行することもできません。
最後の、成立と施行のところは少しだけ見えているのかもしれない。でもその手前のほうがよっぽど長くて、重いんです。
取材を終えて
「イノシシから宇宙まで」。
その言葉は、扱う政策分野の広さを示すだけのキャッチコピーではありませんでした。
遠く離れて見えたものは、牧島氏の中で、一本の線で結ばれていました。その広さを支えていたのは、華やかな経歴ではありません。
今回の取材を通じて牧島氏と過ごした時間の中で見えたのは、政治を「人生」として引き受け、「政治は地味で地道な仕事だ」と語る、一人の代議士の姿でした。
牧島かれんプロフィール
氏名:牧島 かれん(まきしま かれん)
生年月日:1976年11月1日
出身地:神奈川県横須賀市
【略歴】
1995年3月 横浜雙葉高等学校卒業
2000年3月 国際基督教大学教養学部社会科学科卒業
2001年3月 米国ジョージ・ワシントン大学ポリティカル・マネージメント大学院修了(修士号取得)
2008年6月 国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程修了、学術博士号取得(Ph.D)
2009年8月 第45回衆議院議員総選挙に神奈川17区から初出馬するも落選
2012年12月 第46回衆議院議員総選挙にて神奈川17区で初当選
2015年10月 内閣府大臣政務官(地方創生・金融・防災担当)に就任
2020年9月 自由民主党青年局長に就任
2021年10月 デジタル大臣、行政改革担当大臣、内閣府特命担当大臣(規制改革)に就任
2026年2月 第51回衆議院議員総選挙にて神奈川17区で再選(現在6期目)
現在 自由民主党国際局長代理