「第1回NIIKEI文学賞」選評 特別審査員・西崎憲(作家、翻訳家)
NIIKEI文学賞への応募は全体で279作あった。
部門別に見るとショートショートがもっとも充実していたのではないかと思う。
中川マルカ「おにぎりの達人」を大賞とすることは早く決まった。悠々とした筆致で、おさめ方も無理がなく、そしてなにより文章を読む愉しさを感じさせた。高いレベルにある書き手ではないだろうか。
佳作は6作。「米」を題材にした作品は少なくなかったが、酒井生「魚沼の娘」は晴れやかで衒いがないところが評価された。
小林猫太「【三週連続企画】密着!知られざる魚沼産コシヒカリ警察24時」はとにかく面白く読んでもらおうという姿勢が徹底していて支持を集めた。
岡田麻沙「波打ち際」は新潟との関係が浅いことが指摘されたが、映像向きという評価があり、また文の展開、つなぎ方に卓越したものが感じられて、こちらを大賞に推す声もあった。
長谷川昭子「半殺し」はスマートフォンでのコミュニケーションと新潟の言葉「半殺し」の組み合わせが印象に残るアイディアストーリーである。
橋本敦の「飲みすぎ注意」は、フランスのコントのような洒脱な作品で、恬淡とした面白さがあった。
渋皮ヨロイ「世界の終わり」は新潟への関連がもっと少なく、実験的な作品であり、個人的にはクエイ兄弟の映画を連想した。ひとりの委員が強く推薦した。
純文学部門は今回は大賞に推すべき作品を決められなかった。
鈴木林「エゴネリ」は新潟の不思議な郷土料理「えごねり」をテーマにしている。えごねりという食べ物のとらえどころのなさを文学的な不条理感あるいは不可知性、非決定性まで昇華させようという試みのように見える。大賞にもっとも近かったのはこの作品だった。
「黒い血」中田勝猛は物語的に豊かで、読んでいて選考していることを忘れる瞬間があった。進行がやや執筆プランに添いすぎるようなところが見えて、それは純文学という括りではマイナスに捉えられるかもしれない。しかしほかのジャンルでは話が違うだろう。
「朽腐」石倉康司は東京の学校生活から弾きだされるようにして、新潟の祖父母の家に預けられた少年の物語である。異界、聖別されたものとして少年時代そして新潟が描かれる。ひとりの委員から強く支持された。
エッセイ部門は意見が割れ、最終的に新潟というテーマに添っていて、かつ生の寂寥感のようなものを描いた小松崎有美「しんでええよ」が大賞となった。「しんでええよ」とは「しなくていい」という意味である。
吉田棒一「山山」はエッセイの文章としてはおそらく最上級に近いだろう。2作応募があってもう1作の「大大木大」も刮目すべき達成ぶりだった。今後が期待される。
岩倉曰「リアル」は不遇のスリーピースロックバンドと新潟大学に入学した兄について淡々とそして軽いユーモアを交えて記したもので、ひじょうに魅力的である。ほかの作品も読みたいと思わせる。
「ガレリアン」杉島佐遠は、高熱に見舞われがちだった子供時代と、父が歌っていたフランスの古い歌をモティーフにしている。散文詩的な趣。こちらの書き手も今後どんなものを書くのか興味を惹かれる。
草野理恵子「百科事典を捨てたが百科事典は有益だった」はタイトルそのままの内容で、語り口がフラットで、隣にすわっているように語っている。エッセイに必要な要素について理解が深いように思った。
ライトノベル部門の大賞は「アッぽりけ」吉田棒一になった。ライトノベルの賞ということでまずライトノベルとは何かということを選考委員のあいだで話しあう必要があるようにも感じていたのだが、そのような思惑が一瞬で吹き飛んでしまうような作品だった。見たことのないものが現れた印象である。笑い、不良、ハードボイルド、オノマトペが洪水のように押し寄せる。本賞にとっても作者にとってもこの作品は大きなものとして後に振りかえられるだろう。
審査員特別賞「アッシュ」緒真坂は最後まで「アッぽりけ」と競りあった。迷い猫探しにかんして特殊な能力をもつ猫探偵の話で、ライトハーティドな日常よりのファンタジーということになるだろう。作者が楽しんで書いている自体がストレートに読者の楽しみになる、なんというか燃費のいい作品である。
「東紀まゆか神さまと、夏を探して関川で」はここに並べた4作のなかでもっともラノベ的かもしれない。「夏」「超自然的存在」「回復」というスタンダードなモティーフを過不足なく「新潟」というテーマに盛りこんだ印象。
「GL=0」齊藤倫子は、なぜこれがライトノベルというくくりの賞に応募されたかわからない作品である。イメージのカレイドスコープ的な展開は詩や実験小説に近いかもしれない。しかし「いつやってくるかわからない将来」というモティーフは、ライトノベルに必要な魂の若さのようなものを含んでいるようでもある。意識の流れ的ラノベ。
優秀な作品が多く選考を担当したことは光栄だった。選ばれた作品の作者のみならず応募された全員の健筆を願ってやまない。