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住宅地に囲まれた農園で、幻の寺島なすを栽培! 緑の少ない墨田区で広がる「農」の輪

さんたつ

路地をぐるりと見渡してみるとどこかしらで鉢植えが目に入るというくらい、軒先の園芸風景を楽しめる墨田区。『向島百花園』や墨堤の桜並木など江戸時代から続く花の名所もあり、花木を愛で育む園芸魂が色濃く根付いていることを肌で感じるが、意外にも樹木や草で被われた緑地は少ないという。 緑の少ない墨田区に「まちなか農園」を作るプロジェクトに取り組んでいるのが、まちづくり団体「NPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会」(以下、てらたま)だ。 3年かけて手作業で砂利だらけの土地を開墾し、体験型緑地帯「たもんじ交流農園」を作っただけでなく、江戸時代に向島で生産され一時は幻と化していた「寺島なす」の復活・普及にも取り組んでいる。 てらたまの牛久光次さん、小川剛さんに、「まちなか農園」の取り組みを通した交流の広がりや、寺島なすについてお話を伺った。

雑草が生い茂る砂利だらけの駐車場を3年がかりで農園へ

墨田区北部にあるお寺・多聞寺の裏手に広がる「たもんじ交流農園」。入り口の暖簾(のれん)をくぐると、目の前には椅子とテーブルの置かれたウッドデッキに芝生。その横に広がる畑では様々な野菜が育てられている。

江戸東京野菜をはじめ様々な野菜を栽培している畑。
手作りの広々したウッドデッキの前には芝生広場が広がる(写真提供:てらたま)。

周囲を住宅地に囲まれたこの農園は、「すみだの夢応援助成事業」というふるさと納税型のクラウドファンディングを活用し、緑の少ない墨田区に「まちなか農園」を作るプロジェクトの一環として作られた。中心になってプロジェクトを進めているのが「NPO法人寺島・玉ノ井まちづくり協議会」(てらたま)だ。

左から、てらたまの牛久光次さん、小川剛さん。

今の姿からは想像がつかないが、なんと以前は砂利だらけの駐車場だった場所だそう。地域のボランティアの方々とともに手作業で3年かけて開墾した。

開墾前は砂利だらけの駐車場(写真提供:てらたま)。

「ここはもともとお寺の駐車場でしたが、狭い道路の突き当りに位置し、駐車場としても使いづらい場所だったので残っていたんです。そのような事情もあり、地域のためになるのならばと、多聞寺さんのご厚意で無償で借り受けられることになりました。
夏になると雑草が高さ70~80cmに繁って、一生懸命刈ってもしばらく経つとまた背が高くなってしまって。石ころが多く農業用の土ではなかったので、みんなで集まって土を掘って、掘った土を脇に積んで……。外部の業者さんには一切頼まなかったので大変な作業でしたが、今思えば楽しかったですね」(小川剛さん)

開墾に着手したのは2017年。そこから雑草を抜き土を掘って、さらにドクダミの根を取ってダンプで農業用の土を入れ……なんとメンバー内でユンボの免許まで取った方もいたそうだ。

メンバー自らユンボの運転資格を取得し、土入れを行った(写真提供:てらたま)。
畝(うね)整備の様子(写真提供:てらたま)。

そうやって3年かけて、12区画の耕作地のほか、ウッドデッキ、芝生広場、ビオトープなどすべて手作りの農園が完成した。新型コロナウイルスの感染拡大前は、収穫祭やじゃがいも掘りなどのイベントも開催され、多くの地域住民が集まったそうだ。

秋の収穫祭の様子(写真提供:てらたま)。

将軍も食した江戸の銘品、寺島なす

「たもんじ交流農園」で育てられている野菜の中でも、てらたまが普及に努めているのが「寺島なす」と呼ばれるナスだ。

小ぶりな形が特徴的な寺島なす(写真提供:てらたま)。

墨田区はかつて、隅田川上流から運ばれてくる肥沃な土壌で野菜を栽培し、江戸の人たちに供給する近郊農村だったという。なかでも、将軍も食した江戸の銘品として名高かったのが寺島なすだ。「寺島」は墨田区東向島のかつての地名「寺島村」からきている。

「もともとは将軍様が京都からの帰り道に美濃の国で食べたナスがあまりに美味しく、農夫ごとこっちへ連れてきて、白鬚団地の向こうの『御前栽畑』(将軍が食べる野菜を栽培する畑)で栽培したのがはじまりです。当時ナスは人気の野菜だったようで、夏になると御前栽畑の周りでもナスがたくさん栽培されていました」(牛久光次さん)

現在スーパーなどで一般的に販売されているナスと比べると、寺島なすの実は鶏卵ほどの小ぶりなサイズ。早生の品種で初物好きの江戸っ子たちに人気だった。

関東大震災以降、農地が被災者の住宅用地に置き換わり、それに伴い寺島なすも幻と化してしまったが、なんと数年前に、独立行政法人農業生物資源研究所のジーンバンクに種が保存されていることがわかった。そこから寺島なす復活の取り組みが始まった。

「90年ぶりに見つかった種からちゃんとナスを収穫できるかどうか分かりませんでしたが、まずはやってみようと、『ナス名人』として知られる三鷹の星野農園さんに種を持っていきました。現代のナスは場所を取らないよう縦に伸びるようにしたり、収穫できる季節を長くしたりと様々な品種改良が重ねられています。寺島なすは横に広がる性質があるなど、やってみてはじめて色々なことがわかってきました。なんとか実をならせて、その種からまた実をならせて、次の種を作って……そうやってできた苗を墨田区の第一寺島小学校で栽培したのが、寺島なす復活プロジェクトのスタートです。

『寺島』という地名自体は今はもう残っていませんが、区内の小学校3校、中学校1校に、まだ名前が入っています。そのうちの1校で、食育教育の一環としてプランター栽培をはじめたんです。同じ頃、江戸東京・伝統野菜研究会の大竹道茂さんの尽力により、白髭神社にも寺島なすに関する説明板が立てられました」(牛久さん)

白髭神社に設置された、寺島なすの説明板。
東向島駅前で人びとを出迎える「寺島なす之介」。

東向島駅前には、寺島なすをモチーフにしたオリジナルキャラクター「寺島なす之介」のオブジェも設置されている。てらたまのメンバーがキャラクターデザインを手がけ、牛久さんが命名されたそうだ。駅の真ん前に設置されているので目を引く。なす之介が乗る宝船の中では、寺島なすが育てられている。

寺島なすを聖火に見立て、墨田区・台東区・荒川区の28区画を走者が駆ける「青果リレー」も、名物行事だそう。

当初は地元民もほとんど知られていなかったという寺島なすだが、てらたまを中心とする関係者の努力により、少しずつその存在が知られるようになってきた。

寺島なす勉強会の様子(写真提供:てらたま)。
寺島なす苗植えイベントの様子(写真提供:てらたま)。

「寺島なすは皮が硬く中身がしっかりしているという特徴があります。その分、油で揚げたり炒めたりしても、食感が残るんです。あるお店では、皮をきんぴら、中身をコンポートにして出したことも。美味しいと評判でした」(小川さん)

「皮が硬くならないよう調理するという方向と、硬い皮を活かすという方向があります。そういったレシピを考えたり、イベントとして食べ比べたりするのも、地域の盛り上げ方の一つになると思いますね」(牛久さん)

寺島なす畑の最盛期の様子(写真提供:てらたま)。

毎年ゴールデンウイーク頃、苗も販売しているそうだ。

2021年6月頃に向島を歩いた際、民家の軒先や『向島百花園』など様々な場所で、ナスの鉢植えを見かけた。少しずつ寺島なすは地域に浸透していっているようだ。

墨田区の軒先にて見かけたナスの鉢植え。

「農園でサプライズ誕生日会を」みんながやりたいことを自由に実現できる場

現在、「たもんじ交流農園」は地元民を中心に区画ごとに貸し出され、文字通り幅広い世代が農作業を通じて交流する場となっている。

農園には幅広い世代の方々が集まる(写真提供:てらたま)。

「『すみだの夢応援助成事業』を使ったことで区とのつながりができました。活動自体が価値あるものと認めていただき、色んなところで取り上げてもらえましたね。

児童公園などでは小さいお子さんや親同士の交流は生まれるものの、そこに限られてしまうことも少なくありません。一方で農園だと作業が伴うので情報交換もあるし、もともと農作業に興味ある人が集まってくるので仲間的なコミュニティも生まれます。借りている方のお子さんやお父さんお母さんなど、利用する年齢層も幅広いですね。子どもと一緒に野菜を育てたいと申し込んでくださる方もいらっしゃいます」(牛久さん)

「イベントで集まると、実は子ども同士が同級生だったとか、お互いの孫や子どもが一緒にバンドをやっているとか、地元ならではの意外なつながりも発見できます(笑)」(小川さん)

農作業を介し情報交換や交流が育まれる(写真提供:てらたま)。

また、野菜が生き物として成長する姿を見守ることは、食育にもつながる。

「スーパーでお金を出して買うのではなく、一生懸命土いじりをしながら手を加えて育て、ようやく口に入る。そうやって手間を掛けることで野菜を生き物として捉えられ、愛着が湧くんです。できた野菜を料理したり集まって食べたりする中で、さらに色んな年齢層が携わることができます」(牛久さん)

子供たちへ説明中の様子(写真提供:てらたま)。

農園内にはビオトープも作られている。現在11家庭でホタルの幼虫を育成中で、夏にホタルをビオトープに放すプロジェクトも進んでいる。また、車椅子の方でも作業しやすいよう移動型プランターも計画中とのこと。

園内に作られたビオトープ。夏にはホタルが放たれる予定だ。
車椅子の方でも作業しやすいよう設計されたプランター。

様々な可能性や広がりを秘めた「たもんじ交流農園」だが、管理しすぎずあえて余白を持たせることも大事にしている。

「てらたまが目指しているのは“場作り”。作り上げたものを『はいどうぞ』と提供するのではなく、場だけ提供して皆さんに自由に活用していただく方が、広がりがあって面白んじゃないかと思っています」(牛久さん)

「食育、緑化、防災、環境、地域活性化……農園は色んなことに関係するのりしろが本当に多いんです。イベントと違って一過性ではなく、継続性があるので、自分の都合がいい時に活用できるということも大きいですね。保育園の子どもたちに種まきや収穫の経験をさせたいという相談や、サプライズでピザ窯を使ってお母さんの誕生日会をやりたいという相談が来たりもしました。サプライズは無事に成功し、涙を流して喜んでくださいましたね。1年半ぶりくらいにピザ窯も活用できました」(小川さん)

農園の入り口。暖簾も手作りしたもの。

農園自体の活用の幅を広げていく一方、墨田区内の誰も住んでいない空き家を「菜園」化する計画も進行中だという。

菜園にすることで周辺住民が土いじりできる場になるだけでなく、空き家が災害時に導火線になってしまう危険性を避けることもできる。

軒先に豊かに溢れる鉢植えの緑。

軒先に鉢植えの緑が広がる墨田区。区のホームページによると意外にも同区の緑被率は23区中22位とのことだが、路地にひしめく鉢植えの効果なのか、目に入る緑の量は豊かだ。身近な空間で草花を愛で栽培する園芸文化が色濃く息づいていることをしみじみ感じる。

地元の方にお話を伺うと、家の周りを庭代わりにして園芸を楽しむといった純粋な園芸目的のほか、ゴミや自転車が無断で置かれるのを鉢植えで防ぐといった実用目的もあるようだ。いずれも建物が密集する都市部ならではの事情である。また、街を歩いていると、鉢植えを前にご近所さん同士が育てている植物の成長具合についてあれこれ話し込む姿を見かけることがある。また私自身、「お花きれいですね」といった会話を入り口に話がはずみ、育てている植物をお裾分けしていただいたことも何度かある。

恥ずかしながら私自身は植物を育てる才がサッパリないけれど、それでも植物を介して交流することで、見ず知らずの人でも不思議と距離が縮まると感じた経験が何度もあった。

「まちなか農園」の取り組みを通し、植物を介した交流の場がさらに育まれ、軒先にとどまらず広がろうとしている。

取材・文・撮影=村田あやこ

村田 あやこ
路上園芸鑑賞家/ライター
福岡生まれ。街角の園芸活動や植物に魅了され、「路上園芸学会」を名乗り撮影・記録。書籍やウェブマガジンへのコラム寄稿やイベントなどを通し、魅力の発信を続ける。著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)。寄稿書籍に『街角図鑑』『街角図鑑 街と境界編』(ともに三土たつお編著/実業之日本社)。

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