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理性を失った“正しさ”のパンデミックを描く極限の炎上スリラー|『エディントンへようこそ』レビュー

SASARU

アリ・アスター監督が、パンデミックの暗い記憶を呼び覚ます最新作『エディントンへようこそ』は、ただの映画ではありません。些細な口論が、いかにして現代社会の狂気と憎悪の連鎖へと変貌していくのかを、観客である我々に戦慄をもって突きつける炎上スリラーです。
エディントンで起こる“ゆっくりとした崩壊”を通して、私たちがパンデミック時に体験した張りつめた空気や偏った“正しさ”の危うさを鮮烈に突きつけてきます。

エディントンという閉ざされた空間で起こる崩壊を、観客席で息を殺しながら目撃する忘れ難い体験になるはず。観終わったあと、胸にざらりと残る感覚――まるで今の世界そのものを見せつけられたような、忘れ難い余韻を残す作品です。

小さなズレが広げる波紋

(C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

舞台はロックダウン中のニューメキシコにある小さな街・エディントン 。本編が始まってすぐに観客は、マスクの着用・非着用をめぐる住民同士の些細な口論という、現実社会にも起きたリアルすぎる光景に遭遇します。

しかし、この最初の“小さなズレ”が、街全体の空気をゆっくりと変質させていきます。劇場にいる私たちも肌で感じる、苛立ちや不安がじわりと溜まり、住民たちの態度が少しずつ硬くなっていく様子。それはまさに、誰かが明確な悪意を持っているわけではないのに空気だけが重くなる、コロナ禍の最中に感じていたあの張りつめた感覚そのものの再現です。本作は、その再現に近い描写を丹念に積み重ね、集団心理の危うさを観客の目の前に突きつけてくるのです。

ジョーとテッド──正しさと私情の交差点

(C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)は、住民のために奔走する誠実な人物ですが、その根底には個人の自由を重んじる保守的な思想があります 。一方、IT企業誘致などで進歩的な街づくりを掲げる現職市長テッド(ペドロ・パスカル)と、マスク着用をめぐる些細な口論から対立を深めていきます。

公的な市長選という舞台の裏で、ジョーとテッドが繰り広げるのは、もはや理性を欠いた剥き出しの対立 です。事態を複雑にするのは、ジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)とテッドの過去が絡む、個人的なわだかまり 。

さらにジョーが状況を変えるために投稿した内容が炎上。「正義」の名のもとで行われるこの情報操作こそが、街全体の狂気の連鎖の決定的な引き金となります。公的な対立、個人的な感情、さらに情報操作という三つ巴のねじれが、この街を静かに、そして容赦なく緊張の極致へと追い詰めていく様は、観ていて息苦しさを覚える光景です。

孤独と恐怖がSNSでリンクする危うさ

(C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

心のバランスを崩したルイーズ(エマ・ストーン)は家に閉じこもり、過激な動画配信者ヴァーノン(オースティン・バトラー)の陰謀論に傾倒していきます 。彼女が手慰みに作る奇妙で不穏な人形は、夫婦間に横たわる深い断絶や彼女自身のトラウマを象徴し、家庭内の緊張感を異様なほど高めます。

そして、遠く離れた街で起きた恐ろしい殺害事件に端を発するBLM(ブラック・ライヴズ・マター:黒人に対する暴力や差別の撤廃を訴える社会運動)運動をめぐる人種問題が切り取られて拡散。そのデモがやがてエディントンにも波及し、徐々に激しさを増す分断の波。事実よりも“物語”が先に広がるSNS特有の流れは現実世界と同じ。

恐怖・偏見・誤解が入り混じり、情報があふれているはずなのに、誰も本質を掴めない――その不安がやがて集団の揺らぎとなって現れていきます。

俳優陣の説得力が映し出す社会のゆがみ

(C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

本作は、日常のわずかなズレが暴走へと変わる過程を冷静に描きます。アリ・アスター監督は『ヘレディタリー』(18)では家族の崩壊を、『ミッドサマー』(19)では集団の熱狂を描いてきましたが、本作ではその視点を現代社会の「分断」や「偏見」へと展開し、人間の弱さと“正義”の危うさを鋭く描写しています。

その不穏な空気を支えているのが、キャスト陣の圧倒的な演技。ホアキン・フェニックスは理性がほつれていく過程を繊細に体現し、ペドロ・パスカルは公人としての建前と個人的な感情の揺らぎを静かに滲ませています。そしてエマ・ストーンの脆さと危うさが物語に現実の痛みを与えていく構図は本作の不穏な世界観を強調していました。

日常のわずかなズレが暴走へと転じるその瞬間を、観る者に否応なく突きつける作品です。ぜひ、この空気を劇場で体感してみてください。

『エディントンへようこそ』基本情報

(C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.

公開日:12月12日(金)

監督・脚本:アリ・アスター 『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』

製作:ラース・クヌードセン

出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル
エマ・ストーン、オースティン・バトラー
ルーク・グライムス、ディードル・オコンネル
マイケル・ウォード、アメリ・ホーファーレ
クリフトン・コリンズ・Jr.、ウィリアム・ベルー

撮影:ダリウス・コンジ

上映時間:2時間28分 映倫区分:PG12

上映劇場:札幌シネマフロンティア、
     ローソン・ユナイテッドシネマ札幌、
     TOHOシネマズすすきの、ほか全道

配給:ハピネットファントム・スタジオ

公式サイト:https://a24jp.com/films/eddington/

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