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家庭医・孫大輔さんらが取り組む、 コミュニティ・ウェルビーイング。

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家庭医・孫大輔さんらが取り組む、 コミュニティ・ウェルビーイング。

家庭医療専門医とは、患者本人を「まるごと診る」医師のこと。医師でありながら地域に飛び出し、人々のつながりと健康に関する活動をしてきた孫大輔さんは、東京から鳥取県・大山町に移住したいま、地域全体のウェルビーイングに取り組んでいる。

対話を通じて一人ひとりの よい状態を考える。

「その人のウェルビーイングを知り、ケアすることが家庭医療だと思っています」。こう話すのは、家庭医療専門医(以下、家庭医)の孫大輔さん。2020年に東京から鳥取県へ移住し、現在は鳥取大学医学部の地域医療講座で講師をしながら、診療を行うのはもちろんのこと、地域住民との対話の場を仲間とつくったり、映画を製作したり(!?)と、従来の「医師」のイメージを超えて地域のウェルビーイングを育むための活動を行っている。

実はもともと専門医である腎臓内科医だった孫さん。家庭医療・総合診療で有名な医師との出会いなどを経て2008年から家庭医の道を歩み続けている。「専門医も家庭医も、患者さんの病気を治療するのが最大の目的となりますが、腎臓内科医だった頃は、どんな腎臓病で治療法があるのかが中心にありました。つまり専門医は病気そのものを診ているといえます。家庭医はそこが違っていて、患者さんの家族、その方が置かれている環境や地域社会のことを知り、人としての全体像を捉えるなかでケアをしていきます」と、孫さんはいう。家庭医は明確な答えのない問いを取り扱うことも多い。

例えば、認知症の患者を診る場合は、治療以上に家族や周りの人がどう支えていくのか、本人がそれでどれだけ幸せに生きていけるかという点が重要になる。「もっというなら、健康とは病気を取り除けるか否かではなく、患者さんの総合的なウェルビーイングが高まっている状態のこと。対話を通じてその人の生きがいや、よい状態を探っていくことは、家庭医としてとても大切なのです」。

孫さんたちの活動拠点として現在、古民家のリノベーションが進行中。

まちなかや地域に広がる活動の場。

家庭医として医療に従事するなかで、対話についてもっと知りたくなった孫さんは、病院や診療室ではなく、まちなかにあるカフェで気軽に健康や医療のことを話し合う「みんくるカフェ」という場をつくり、2016年からは東京・文京区の谷中・根津・千駄木を中心とした地域で、谷根千まちばの健康プロジェクト「まちけん」(以下、「まちけん」)の活動を始める。「みんくるカフェ」を根津にあるカフェで開いていたときに、谷根千の地域に興味が湧いたのがきっかけだという。

このとき孫さんは、同じく文京区にある東京大学大学院の医学教育国際研究センターで講師を務めていたこともあり、健康に関する研究の一環として谷根千エリアで暮らす寺の住職や銭湯のオーナーなどさまざまな人にインタビューを実行。話を聞けば聞くほど、この地域に魅了されていった。「インタビューを通じてゆるい人々のつながりをつくったり、お互いへの信頼感を高めたりする銭湯のような場所の存在が、地域の、コミュニティのウェルビーイングにとって重要であると気づきました。『まちけん』でもそんな場を目指しながら、健康に関する取り組みをしていきたいと思ったんです」。

「まちけん」主催の対話イベントを開くうちに、谷根千エリアの内外から個性豊かなメンバーが集まるようになり、「モバイル屋台カフェ部」などをはじめ、個人のウェルビーイングを目的としたさまざまな部活動が自発的に生まれた。そのなかの「映画部」では、映画観賞の域を超え、谷根千を舞台にした映画『下街ろまん』まで自分たちでつくってしまったのだから驚きだ。クラウドファンディングを行い、「まちけん」メンバーやまちの人たちと一緒につくったこの映画の監督は、もちろん孫さん。映画の上映会では、のちにお世話になる鳥取大の先生との出会いもあった。その出来事も含めた新たな縁に導かれるように、孫さんが次なる拠点として選んだのが鳥取県・大山町だった。

孫さんが東京で行っていた活動のひとつである、谷根千まちばの健康プロジェクト「まちけん」の一場面。中心にあるのはモバイル屋台カフェ。

「まちけん」から生まれた映画『下街ろまん』の撮影風景。

大山町で行われた『うちげでいきたい』の上映会の様子。150人以上が集まる盛況ぶりだった。

より地域に近い場所でウェルビーイングに向き合う。

2020年3月に大山町へ移住した孫さん。鳥取大の講師として地域医療を学生や研修医に教えながら、家庭医としての診療と研究も引き続き行っている。より地域の人たちに近いところで活動ができている実感があり、以前にも増して地域全体のウェルビーイングについて考えるようになった。

去年は、大山町の地域保健事業のひとつである「大山100年LIFEプロジェクト」の21年度の事業として孫さんに白羽の矢が立ち、新たな映画製作がスタート。まちの課題でもある在宅医療や地域医療をテーマにした新作映画『うちげでいきたい』は現在、大山町を中心にさまざまな場所で上映会が開催され、映画とその後の対話を通じて地域の人たちが在宅看取りなどについて考えるきっかけをつくり続けている。

さらに今年5月には、以前より大山町でコミュニティナースをしている助産師の中山早織さん、島根県浜田市にある精神科病院で働く社会福祉士・精神保健福祉士の原敬さんとともに、『コミュニティウェルビーイング研究所』を設立。地域のウェルビーイングを高めていく活動にこれまで以上に力を入れていく予定だ。

コミュニティナースとは、病院ではなく地域の中に入り、まちの人の心と体の健康をサポートする人のことで、中山さんは公民館やカフェ、朝市などの場所で病院に行かなくても健康についての相談ができる「暮らしの保健室」を開いている。「暮らしの保健室では、高齢者の方や産前産後のお母さんなど住民の方との会話のなかでのつぶやきを拾い、そこで健康に関する気になることがあれば、アドバイスをするようにしています。いまは試行錯誤しているところですが、今後は地域の方たちの生活の動線のなかにも暮らしの保健室をつくっていきたいと思っています」と、中山さん。

コミュニティナースの中山早織さん(左)と、中山さんと一緒に「暮らしの保健室」をはじめとするコミュニティナースの活動を行っている山本千夏さん。

大山町にある集落・庄内で月に1度開かれる交流カフェ「喫茶かくわ」。その場に「暮らしの保健室」が初めて出張。「喫茶かくわ」が開かれた旧・庄内小学校。

楽しげな笑い声が響く、温かい空間だった。

もうひとりの仲間、原さんは孫さんたちと「さんいんダイアローグの会」という島根県と鳥取県にゆかりのある人が集まる対話の場と機会をつくっている。「互いにつながること、話すことがウェルビーイングのきっかけになると思っています。いつか浜田市でも地域住民と精神的困難を経験した人たちとの間を育む場をつくれたら」と、原さんは期待を込める。

地域のウェルビーイングと一言でいっても、アプローチ方法もプロセスもさまざまで、答えはない。「家庭医としての向き合い方、あり方と同じだと思っています。患者さん一人ひとりを見て、その人の価値観や人間性にあった形でケアをしていきウェルビーイングを高めるサポートをする。僕らはゆるいつながりを育みながら、それを地域に対して行っていくだけです」と、孫さん。その顔に浮かんだやわらかな笑顔に、大山町の未来を見た気がした。

オンラインで行われた「さんいんダイアローグ」の様子。今後も定期的に行い、「対話」の機会と場をつくっていく予定だ。

谷根千まちばの 健康プロジェクト「まちけん」 とは?

東京大学で講師をしていた孫さんが研究の一環として始めた、谷根千エリアの人々と医療の専門家が協働してウェルビーイングを高めるための活動を行うプロジェクト。その活動の中心となるさまざまな部がここで生まれた。

写真提供:まちけん(2016年〜2019年)

モバイル屋台カフェ部

医師や看護師など医療従事者を中心に小さな屋台を引いてまちを歩き、コーヒーやお茶を振る舞いながら、気軽に健康の話をするという活動。健康相談の敷居を低くする試みのひとつ。

ダイアローグ部

フィンランド発祥の「オープンダイアローグ」(開かれた対話)という手法を応用した場を開催。地域の人々の日常的な心配ごと・困りごとの緩和を目指して対話が行われた。

映画部

健康や障害をテーマとした映画の上映会と対話の場。ここから、健康をテーマにした映画を製作するプロジェクトが始まり、『下街ろまん』という作品が生まれた。

プレイバック・シアター部

地域に集まった人のなにげない日常の物語を誰かが演じ、劇そのものを語り手に贈る。言葉を使わない対話の場であり、お互いの思いや物語を分かち合う場となった。

マインドフルネス部

今、この瞬間に起きていることをていねいに感じ取っていく活動(マインドフルネス)として、毎週末にヨガや瞑想、コンタクト・インプロ(即興ダンス)などを行う場を開催した。

そん・だいすけ●腎臓内科医から家庭医療専門医・総合診療医に転向し、2012年より東京大学医学系研究科医学教育国際研究センター講師。20年より鳥取大学医学部地域医療学講座の講師に。

photographs by Kazutoshi Fujita text by Ikumi Tsubone

記事は雑誌ソトコト2022年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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