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小樽の歴史的建物をリノベートした美術館──小樽芸術村

VISIONARY

小樽の歴史的建物をリノベートした美術館──小樽芸術村

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。今回は、「北のウォール街」と呼ばれた大正、昭和期の小樽の歴史的建造物をリノベートし、内外の美術品、工芸品を展示している「小樽芸術村」を訪れた。
※緊急事態宣言、まん延防止等重点措置の解除後の外出をお願いします

小樽の歴史的建造物

札幌から小樽までは約40キロ。札樽自動車道で行くのがいい。

小樽方面へ10分ほど走ると、右手には石狩湾が広がる。カレイ、ヒラメ、タコ、ソイ、ホタテ、ウニといった北海道ならではの魚介がいる海だ。小樽に行けばそのほとんどがリーズナブルな価格で食べることができる。

市内に入ると、歴史的な建造物が多数、残っている。大正末期から昭和にかけて、小樽は「北のウォール街」と呼ばれ、銀行、船舶会社、商社などが次々と支店を置いた。往時は北海道経済の中心地だったのである。

日銀の支店をはじめとする銀行の建物は石造り、もしくは鉄筋コンクリートだ。港に近い倉庫街には骨組みを木で作り、外壁は石を積み上げた「木骨石造」と呼ばれる構造の倉庫が残っている。木骨石造は防火性が高いことから倉庫に多い構造だという。

そうした歴史的な建物4棟をリノベートしたのが小樽芸術村である。

旧高橋倉庫と旧荒田商会の建物はステンドグラス美術館になっている。旧北海道拓殖銀行小樽支店は似鳥美術館だ。旧三井銀行小樽支店は、銀行建築の内部を公開している。

小樽芸術村は道内に本社を置く家具の(株)ニトリが設立したもので、日本と世界の美術品、工芸品が展示されている。

作品のディテールを楽しめるステンドグラス美術館

ステンドグラス美術館は1923(大正12)年に建てられた高橋倉庫、1935(昭和10)年に完成した荒田商会の本店事務所を併せたもの。高橋倉庫は主に大豆を保管し、荒田商会は海運業だった。

館内に入ると四方にあるステンドグラスから赤、青、緑、黄色、白といった原色の光が目に飛び込んでくる。壁面にはステンドグラスがしつらえてあり、周囲から光に囲まれ、放射される。

目が慣れないうちは光のトンネルのなかに立ちすくむといった状態になるのだが、その瞬間が心地いい。さまざまな色に包まれ、光の温泉に浸かっている気分になる。

ステンドグラスとは鉛の枠に着色したガラスをはめ込んで、絵や模様を表現したものだ。

小樽芸術村顧問の佐藤幸宏氏は「ステンドグラスは見た瞬間がいちばん美しいと思います」と言う。

「古い時代のものは聖書の教えを図柄にしたものが多いのですが、19世紀から20世紀にかけて制作されたステンドグラスは写実的になり、表現が自由になっています。

例えば、古い時代のそれでしたら、聖母マリアを探すといいかもしれません。マリアは青い服を着ていたり、赤い服に青いマントをまとっている姿で表現されています。近寄って見ると、マリアが見つかると思います」

顧問の佐藤さんが言ったことは重要なポイントだ。

通常、わたしたちが見るステンドグラスとは教会の高い位置にある。近づいて見ることはできない。マリアを探すといったようなことはできない。

ところが、ステンドグラス美術館では実物の作品に近づいて、通常は見ることのできないディテールを楽しむことができる。

この美術館にある作品は19世紀後半から20世紀初頭にかけてイギリスで制作され、実際に教会の窓を飾っていたものだ。

顧問の佐藤さんのアドバイスに従って、ステンドグラスを見ていくと、『最後の晩餐』『種まく人』といった聖書の主題を図柄にしたものがある。そして、新しいものを見ると、ヴィクトリア女王が統治していた時代からエドワード朝時代、そして第1次世界大戦へと進むイギリスの歴史を主題としたものがある。

小樽が華やかなりし頃の残り香が感じられる旧三井銀行小樽支店

旧三井銀行小樽支店の内部の見どころは、天井の石こう造りと大理石でできたカウンター、そして金庫室である。

石こう造りの天井、大理石のカウンターはまさしく芸術作品だ。よほど技術を持った職人を集めなければできない仕事である。

「昔の人は何とも贅沢な空間で仕事をしていたのだな」という感想しか出てこない。

金庫室は内部まで入ることができる。当たり前のことだけれど、そこには金塊も札束も置いていない。殺風景な倉庫だ。しかし、銀行金庫室の内部に入る機会はめったにないからこういうふうになっているのかと納得することができる。

金庫室の周りは回廊になっており、回廊の四隅にはセキュリティ用の鏡がある。回廊を回って調べなくとも、左右の鏡を見るだけで、族が侵入しているかいないかが瞬時にわかる。センサーがない時代の画期的なセキュリティシステムだ。

旧三井銀行小樽支店の建物と備品には小樽が華やかなりし頃の残り香が感じられる。

旧三井銀行小樽支店の別棟では収蔵品の浮世絵が展示される機会が多いとのこと。

わたしが訪ねた時は川瀬巴水、吉田博というふたりの作家の「新版画」を展観していた。

新版画とは江戸時代の浮世絵版画と同様の技法を用いて制作された、大正から昭和にかけてはやった木版画である。

一見、江戸時代の浮世絵のように見えるのだが、遠近法を用いた図柄、画面に現れる近代的なモチーフが江戸の浮世絵とは違っている。

新版画は隆盛したのだが、高度成長時代の1960年代になると衰えてしまう。制作を牽引した版元、渡邊庄三郎が亡くなり、また、彫師、摺師といった木版における技術者が高齢化したことが原因だという。新版画は今では貴重な作品になった。見る機会があれば足を運ぶといいだろう。

なお、吉田博は「ダイアナ妃が愛した版画」という謳い文句で個展も開かれている。

日本画、近代の洋画、そして木彫の名作を展示する似鳥美術館

似鳥美術館は旧北海道拓殖銀行小樽支店の建物を活用したビルに入っている。同支店ではかつて、プロレタリア作家の小林多喜二が働いていたとのこと。建物は鉄筋コンクリートで、竣工は1923(大正12)年。入り口の円柱が印象的だ。

展示室は4階から地下1階までに分かれている。

4階は横山大観、川合玉堂などの日本画だ。3階には岸田劉生、ルノワール、ユトリロ、シャガールといった日本と海外の近代の洋画が展示されている。

2階には高村光雲とその弟子の平櫛田中(ひらくしでんちゅう)といった作家の木彫作品がある。

平櫛の作品『洽堂萬福郭汾陽』は中国、唐の時代の将軍を彫ったものだ。107歳まで現役の木彫家だった平櫛は晩年、30年は制作できるだけの彫刻用材木を買っていたことで知られている。いくつになっても創作意欲が衰えなかった伝説の木彫作家である。彼の作品には、そこはかとないユーモアが感じられる。具象彫刻のジャンルで、見ていてほほえましくなる作品はそう多くはない。わたしは平櫛田中の作品があると聞くと、必ず鑑賞することにしている。

アールヌーヴォーとアールデコ

同美術館の1階に展示されているのはガラス作家、ルイス・カムフォート・ティファニーが制作したステンドグラスだ。ルイスはアメリカ、ティファニー社を創業したチャールズ・ルイス・ティファニーの息子である。

地下にあるのはエミール・ガレ、ドーム兄弟、ルネ・ラリックといった作家のガラス作品だ。

いずれもアールヌーヴォーとアールデコの時代のものだ。

顧問の佐藤さんは言った。

「小樽はガラスの町です。ニシン漁に使う漁具のガラス製浮き玉を作っていた工場が多数あったのです。その影響もあり、現在でもガラス工芸が盛んです。当館ではガラスの町、小樽にちなんでガラス工芸の作品を多数、展示しています」

顧問の佐藤さんによれば「文字が似ているからよく混同されるけれど、アールヌーヴォーとアールデコは違うものです」とのこと。

アールヌーヴォーのデザインは曲線的で、モチーフは花や植物などが多い。流行したのは19世紀末から20世紀初めのヨーロッパだ。ガラス作家で言えばエミール・ガレ、ドーム兄弟が知られる。日本の美術の影響を受けている。

一方、アールデコは20世紀初期に流行した。1910~1940年ごろが盛んで、ヨーロッパに加えてアメリカのニューヨークも中心地である。デザインは直線的で、モチーフは幾何学模様が多い。

アールヌーヴォーが装飾性に走ったこともあって、次の時代のアールデコは過剰な装飾性を排している。機能的で合理的な作品が多い。ガラス作家の代表はルネ・ラリックだ。

そういった知識を頭に置いてからふたつの時代のガラス作品を見ていくと、確かに、時代の特徴が感じられる。

そして、考える。

日本美術の影響を受けたアールヌーヴォー作品は日本家屋に合うだろうし、機能的、直線的なアールデコ作品はフローリングの部屋に飾るといいかもしれない。と。

なるとのザンギ

冒頭で書いたように、小樽には鮮魚、魚介をリーズナブルな価格で提供する飲食店が集積している。

しかし、わたしは北海道名物のザンギ(鶏のから揚げ)定食を食べることにした。海鮮は東京でも食べられる(リーズナブルとは言えない)が、本場のザンギは北海道でしか出会えない。

ザンギと鶏のから揚げの違いについては諸説あるけれど、わたしの認識では、東京の鶏から定食よりも、北海道のザンギ定食の方が、量が多い。から揚げの数にして、1個もしくは2個は北海道の方が勝っている。

北海道のザンギ定食はおいしくて、量が多くて、リーズナブルだ。だから、海鮮でなくザンギにした。

■小樽芸術村
北海道小樽市色内1-3-1  Tel.0134-31-1033
https://www.nitorihd.co.jp/otaru-art-base/

■若鶏時代なると本店
北海道小樽市稲穂3-16-13  Tel. 0134-32-3280
http://otaru-naruto.jp/naruto/index.html

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