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“世界のANDO”安藤忠雄の初期名作「ガラスブロックの家」。五原則の“完全無視”はコルビュジエへの愛?~愛の名住宅図鑑26「ガラスブロックの家」(1978年)

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“闘う建築家”、安藤忠雄氏(イラスト:宮沢洋)

「ガラスブロックの家」をル・コルビュジエの「サヴォア邸」と重ねて見る

「ガラスブロックの家」の中庭(光庭)からの見上げ(写真:宮沢洋)

2年ちょっと続いたこの連載も、今回で最終回である。
取り上げるのは、1978年に大阪市生野区に完成した「ガラスブロックの家」だ。設計したのは、世界のANDO。日本で最も有名な建築家と言ってよいかもしれない安藤忠雄氏(1941年~)の駆け出し時代の住宅である。

“闘う建築家”、安藤忠雄氏(イラスト:宮沢洋)

元プロボクサーで、建築を独学で学んだ“闘う建築家”──。そんなプロフィルは、実作以上に一般の人に知られているに違いない。

最終回でガラスブロックの家を取り上げようと思ったのには、2つの理由がある。1つ目は、この連載の第1回が、“モダニズム建築の座標軸”として取り上げたフランスの「サヴォア邸」だったからだ。

サヴォア邸はル・コルビュジエ(1887~1965年)の設計により1931年、パリ郊外のポワシーに完成した。今回取り上げるガラスブロックの家は、日本の建築家たちがコルビュジエに大きな影響を受け、それを乗り越えようとレベルを上げてきたことの象徴のように思えるのである。

予想とは異なる閉鎖的・無機的な外観

外観。周囲に工場が多いことから、外に対して閉ざすデザインとなった(写真:宮沢洋)

安藤氏は10代の終わりに、たまたま古本屋で見つけたル・コルビュジエの作品集に魅了されて、建築にのめり込んでいった。「コルビュジエに会いたい」という思いが高まり、1965年、24歳のとき欧州に旅立つ。しかし、安藤氏が初めてパリの地を踏む直前の1965年8月、コルビュジエは南フランスのカップ・マルタンで海水浴中に心臓発作で亡くなってしまう。

直接は会えなかったものの、安藤氏の建築には今もコルビュジエの影響が見てとれる。ちなみに安藤氏が90年代に飼っていた犬の名前は「コルビュジエ」だった。当時、安藤事務所に取材に行くと、安藤氏はいつも「コル!」と呼んでこの犬を可愛がっていた。

ガラスブロックの家は1978年、安藤氏が37歳のときに完成した。安藤氏が世に知られるきっかけとなった「住吉の長屋」はその2年前、1976年の竣工。それまで“知る人ぞ知る”存在だった安藤氏が、「住吉の長屋」で日本建築学会賞作品賞を受賞したのは1979年。その年にこのガラスブロックの家が雑誌で発表され、一躍、時の人となった。

「ガラスブロックの家」という名前から、外観がガラスブロックでぐるっと覆われた家を想像していた人は、「えっ」と思う。外観には1枚のガラスブロックもない。それどころか、窓もほとんどない。地上3階建ての建物の四周がコンクリート打ち放しの壁でがっつり囲まれている。なんとも無機的な外観だ。

中庭側はガラスブロックの「階段井戸」

3階から光庭を見下ろす(写真:宮沢洋)

建物に入り、らせん階段を上って振り返ると、初めてガラスブロックに囲まれた中庭(光庭)を目にすることができる。ようやく、「おおっ」と声が出る。3面がガラスブロックの壁。しかも、南北面はひな壇のようにセットバックしていく。

光庭と階段井戸(イラスト:宮沢洋)

建築が好きな人は、この形を見ると、「階段井戸」に例えたくなる。階段井戸はインドやパキスタンなど、乾燥しやすい地域で階段状に地面を掘った溜め池だ。

安藤氏は、1965年の欧州の旅の終盤に、インドで階段井戸を実際に見ている。80年代以降に手がける地下型の建築について自身でも階段井戸の影響を語っているが、その出発点はこのガラスブロックの家とみていいだろう。

尊敬するコルビュジエの五原則をすべて無視

内部の構成(イラスト:宮沢洋)

筆者はこの住宅を訪ねて、「これは安藤氏にとってのコルビュジエ越えなのではないか」と思った。

「サヴォア邸」の回で書いたように、コルビュジエを世界的に有名にした名言に、「近代建築五原則」というものがある。モダニズムの基本となるキーワードを5つ挙げたもので、それは①「ピロティ」、②「自由な平面」、③「自由な立面」、④「水平連続窓」、⑤「屋上庭園」だ。

ガラスブロックの家は、これにことごとく反しているのである。

順に行くと、①の「ピロティ」は外周側にもないし、光庭にもない。1階はべったり地面とくっついている。②の「自由な平面」も、自由とはほど遠い。かなり厳格な左右対称平面だ。③の「自由な立面」は、コルビュジエに怒られそうなほどノッペリとした壁面。④の「水平連続窓」はあるともいえるが、水平という概念を超えて、視界すべてが窓だ。

そして、⑤の「屋上庭園」がないこと。これがこの住宅にとって特に重要だ。階段井戸のような断面なので、屋上は小さい。外に出るつくりにはなっていない。住宅で屋上庭園をつくろうとすると、上部に大きな陸屋根を架けることになり、下の階はいったん光が絶たれる。安藤氏はそれよりも直接、空に開いて、各階に光を入れる方法を選んだ。

安藤氏は、尊敬するコルビュジエの五原則をあえて“完全無視”することで、「モダニズム建築にはまだまだ可能性がある」とアピールしたのではないか。それはコルビュジエへの愛、なのではないか。

エントランスホールから2階に上がるらせん階段。エントランスホールは庭に開いてピロティ状にしそうなところだが、ガラスブロックで閉ざされている(写真:宮沢洋)

人目を気にせずに窓を開け放しにできる

2階の開閉窓から顔を出して別の開閉窓を見る。ガラスブロックの水平部分の先端に雨水の排水経路があるのがわかる(写真:宮沢洋)

…と、そんな評論家のような分析をこの連載には期待していないかもしれない。最終回でこの住宅を取り上げようと思ったもう1つの理由は、建て主へのこまやかな愛だ。

この家を写真で見ていた筆者の印象は、「風通しが悪くて湿っぽそうな家」だった。行ってみると、ガラスブロック部分は開閉しないものの、正方形の大きな窓がたくさんあって、これは開け閉めできることがわかった。囲まれた光庭に面した窓だから、人目を気にせずに開け放つことができる。

マニアックな話になるが庭側の雨どいに感心した。階段井戸のような部分は垂直面も水平面もガラスブロックだ。ぱっと見には雨どいは見当たらず、雨水は中庭側に垂れ流しに見える。だが、目を凝らしてよく見ると、各段の先端部分のH形鋼に、微妙なこう配で雨水を長辺方向に流す道があった。“見えない雨どい”だ。現在は漏水対策もあって中庭全体に屋根が架けられているが、こういう細かい配慮を見ると、安藤氏が“守り”を慎重に考えていたことがわかる。

光庭に面していないトイレは、コンクリートの壁に細いスリットを設けて光を入れる心配りも(写真:宮沢洋)
2階の居間からキッチンを見る(写真:宮沢洋)

造りつけの木製家具の美しさにも心を奪われた。特にキッチンまわりの収納やテーブルは、本格的なバーのよう。安藤氏は建築家として無名の頃、飲食店を数多く設計していたので、こういう造作がとてもうまい。

講演での面白トークは盛っている?

1階の和室。雪見障子の上からさらに光が入るという見たことのない構成。それにしても築50年近いとは思えないきれいさ(写真:宮沢洋)

大阪人らしい面白トークで知られる安藤氏は、講演などでよく自分の設計した住宅が「住みにくい」と自虐的に話して、笑いを取っている。だからメディア上では、「建築家の家=住みにくい」という代名詞のように扱われることもある。本人が“闘う建築家”なので、そこでの暮らしには常に“闘い”のイメージが付きまとう。

だが筆者は、これまで安藤氏が設計した住宅の取材で、建て主が安藤氏の設計を悪く言うのを聞いたことがない(他の建築家の家の取材では聞くこともある)。

この家も、一般的な観点で住みやすいとは言い難い。が、我慢に我慢を重ねて暮らすような家では決してない。建て主がこの家に強い愛着を持って暮らしてきたことは、築50年近いこの家のきれいさを見ればすぐにわかる。

実は現在、この家に暮らしているのは、筆者の知人である建築史家の倉方俊輔氏(大阪公立大学教授)だ。倉方氏は建て主の息子さんからこの家を借りて、家族3人で2021年から住んでいる。いくら建築史家とはいえ、毎日が我慢の連続なら4年も暮らせない。「できればずっと長く住みたい」と倉方氏が話していることこそが、「建築家の家≠住みにくい」の証拠といえるだろう。

両巨匠の名言対決(イラスト:宮沢洋)

■概要データ
ガラスブロックの家(石原邸)
所在地:大阪市生野区
設計:安藤忠雄建築研究所
施工:熊田工務店
階数:地上3階
構造:鉄筋コンクリート壁式構造
延べ面積:221.51m2
竣工:1978年(昭和53年)12月

■参考文献
『安藤忠雄の都市彷徨』(安藤忠雄著、1992年、マガジンハウス刊)
『新建築』1979年5月号

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