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後輩たちの歩く道は、明るいほうがいい。 プロデューサーとしての小泉今日子の考え。

ほぼ日

本コンテンツは、株式会社ほぼ日が運営するウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』にて過去に掲載された、小泉今日子さんと糸井重里の対談記事です。テーマは小泉さんの中にひそむ「真の顔」。その一部分をお読みください。


糸井
いま、会社を設立して、プロデューサーという立場になった小泉さんは、けっこうしっかり語っているように見えます。

小泉
そうですね、はい。それはね、もう。

糸井
裏方にまわると、語ることがいっぱい出てくる?

小泉
プロデューサーという立場で、客観的に話せるということもあります。まわりの演劇をやってる方たちの代弁者的な役回りも、ときにはあると感じています。だから、自分を語るときよりも「仕事、好きですねぇ」という感覚が出ちゃうのかもしれない。

糸井
ちょっとニュアンスがちがう「好きですねぇ」が。

小泉
そう。それはやっぱりプロデューサーとしてというよりも「大人」として、後ろから歩いてくる人たちの道が少しでも明るいほうがいいな、という思いを、何をやってても持ってしまうから。

糸井
ああ‥‥。

小泉
何か変えられるかもしれないし、「あそこに街灯つけとこう」みたいな感覚でしゃべろうと思う、ってことかな。

糸井
‥‥また名セリフが出てきてしまって。

小泉
そうですか(笑)?

糸井
「プロデューサーとしてというよりも大人として」「あそこに街灯つけとこう」という言葉を話す。そこには大人のたのしさと本気が入っています。

小泉
うん。どっちかといえばもう、そんな感じですね。

糸井
カッ……こいいなぁ(笑)。

会場
(笑)

糸井
そういうことを言う人なんだねって、もう、感心しちゃう。ぼくはときどき本を読んでて、「あぁ、この人は!」と感心するんだけど、会話でそれがふつうにポンと出てくるということは、小泉さんの考えはそうとう練れてるんですね。

小泉
練れてないと思います。

糸井
でも、考えたことがあるんだね、きっと。考えてないことは言えないから。

小泉
うん、たぶんそうですね。自分はこれまで仕事に恵まれて生きてきて、運命がこうなっているんだろうな、と思うことがありました。時代のおかげもあったと思います。けれどいまは、好きで役者さんやっててもアルバイトしなきゃ食べていけないとか、劇場の運営も厳しくて、いろんな困難があります。どんな世界でもそういう現象はどうしても起きちゃうけれども、ちょっとでも一歩前に進めるようなことを考えられないかなぁといつも思います。だって、役者さんがいま家を買おうと思ったら、テレビドラマに主演したり、コマーシャルに出ないといけないですよね。

糸井
そうですね、無理ですね。

小泉
なんかねぇ‥‥。

糸井
昔は作家が家を持ってた時代だったけど、そういうことはいまの現実にはあんまりないですよね。どちらかといえばいまは、勤め人以外の選択肢がなくなってきた時代です。こんな時代に希望を持って、勤め人じゃない自分の生き方をどんどんやっていこうと思ったら、アンドの「何か」が必要になりますよね。

小泉
でも、わたしは変わらず好きなんですよ。テレビや映画やお芝居を観ることが。

糸井
受け手として好きなのね。

小泉
受け手として信じてるし、好きなんです。小さい頃から読んできたもの、観てきたものがわたしを育ててくれてるということが、実感としてすごくあるから、その世界がもっとおもしろいといいなと思います。

糸井
昔、小泉さんはぼくに、「自分がたくさんのいい大人にお世話になって、かわいがってもらったおかげで自分がいる。果たして自分はそういう大人になれるんだろうかと思う」という話をしてくれたことがあるんです。

小泉
うん、しました。

糸井
そのときに、みんながそう思ってたらいいだろうな、と思ったんだけど、小泉さんは本当にその道を歩みはじめてますね。

小泉
はい。個人的に近くにいる人たちにもそういう関わりを持ちたいし、作品を観て何か感じたりしてくれる人が増えたらいいなと思います。去年から満島ひかりさん、坂元裕二さんと「詠む詠む」というツアーで全国を回ってるんですけど、観にきたお客さんのなかで「生まれて初めて広島に来ました」なんていう方もいらっしゃいました。わたしたちのやってることを通じて、そうやってドアを開けてくれる人がいるの。自分の人生のドアを。こういうことが実感としていちばんうれしいのかもしれない。あと、年末に小っちゃな劇場でお芝居つくったんですけど、そこにうちの80何歳の母が来て、はじめて小劇場の客席に座る、とかね。「おもしろかった。こういうところもいいね」みたいに帰っていくようなことが、もっともっとあればいいなと思う。

糸井
いいねぇ。それってさ、若いときの自分がそうしていたからだよね。小暮さんのご夫妻もそうだし、親もお姉ちゃんも、厚木の友達も、本も、映画も、テレビも。小泉さんがそうしてきたから。

小泉
そうですね。

糸井
そうやって、みんながドアを開けて宝探しができるように、街灯をちょっとずつつけていく。おもしろいね。

小泉
わたしたちができることって、それだけなんだと思います。きっかけをつくったり、ドアを開けたりすることが、芸能の仕事だと思うんですよ。それをいろんなかたちでいろんな人とやりたい。

糸井
芸能という言葉の重みとたのしみがどっかしら商業とセットになりすぎちゃって、価値が制限されてるところがあるのかな。

小泉
つくる人たちと使われる人たちの間でできたルールがいつのまにか大きくなっちゃったのかもしれない。

糸井
かもね。

小泉
それが芸能という社会になっちゃった。それに対して我々が、どうにか動かないと変わらないんだろうな、という気がします。社会にあるどんな構造も、一回、ね、どっかまでいったら壊すしかないから。いまちょっとずつみんなで壊してて、またたのしくなるのかな、というふうにわたしには見えます。

糸井
そのあたりもおもしろいなぁ。今日のテーマじゃないときにもしゃべってみたいね。

小泉
「中の人」じゃないときにね。あ、もう9時だ。

糸井
おもしろかったね。

小泉
おもしろかったね(笑)。

糸井
ぼくね、小泉さんが芝居やってるのと同じような意味で、学校をやりはじめたんだよ。
「ほぼ日の学校」っていうの。

小泉
へぇー。

糸井
いまは古典をやろうといって、シェイクスピアや万葉集で講座やってるんですよ。

小泉
生徒になりたいなぁ。

糸井
すごくおもしろいよ。また、遊びにきてください。では、このへんでね。どうもありがとうございました。

小泉
ありがとうございました。

(出典:ほぼ日刊イトイ新聞「小泉今日子さんが、そうしていたから。最終回 あそこに街灯つけとこう。」/写真:小川拓洋)

小泉今日子(こいずみ きょうこ)
1966年生まれ。
1982年歌手としてデビュー。同時に映画やテレビドラマなどで女優業も開始。エッセイや書評など執筆家としても活動している。
2015年には自らが代表を務める「株式会社明後日」を設立。プロデューサーとして舞台演劇や音楽イベントなどの企画、制作に従事。
また、映画制作プロダクション「新世界合同会社」のメンバーとして2020年晩夏に公開予定の外山文治監督「ソワレ」にアソシエイトプロデューサーとして参加している。

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