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「おいぬ様」に願いを託して~ 愛犬と「武蔵御嶽神社」に参拝してみた! 【NHK心おどる 犬ワールド】

NHK出版デジタルマガジン

「おいぬ様」に願いを託して~ 愛犬と「武蔵御嶽神社」に参拝してみた! 【NHK心おどる 犬ワールド】

古の時代から、犬と人は密接な関係にありました。古くは番犬、牧羊犬、狩猟犬、軍用犬、愛玩犬として、現代では警察犬、盲導犬から災害救助犬、介助犬として、私たちの暮らしを助け、よりそい、見守ってくれています。

そんな犬の世界をより深く知るために、歴史をひもとき、たくさんの犬たちを訪ね、一冊の本にまとめたのが『NHK心おどる 犬ワールド』です。

本誌から「江戸の犬事情」と、愛犬家に大人気の「武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)」の参拝レポートをご紹介します。

※この記事はデジタルマガジン用に内容を一部編集しています。

『NHK心おどる 犬ワールド』書影

江戸の犬事情

町に暮らす雑種からお殿様の唐犬(とうけん)まで、犬があふれていた江戸の町。浮世絵の題材にもなりました。

どんな犬がいたの?

 犬であふれていた江戸の町には、当時どんな種類の犬がいたのでしょう。江戸時代前期の儒学者であり本草学者でもあった中村惕斎(なかむらてきさい)の著書『訓蒙図彙(きんもうずい)』の犬のページでは、3タイプの犬を紹介しています。この書物は寛文(かんぶん)6年(1666)に記された図入りの百科事典で、文章よりも絵が主体になっているため、犬の形や毛並み、表情などがしっかり表現されています。

 「獒犬(ごうけん)」と書かれているのは、背の高い大型犬で唐犬(外国から来た犬の総称)のこと。「㺜犬(のうけん)」はもこもことした毛が長い犬、単に「犬」とあるのは一般的な普通の犬。これ以外にもいろいろな犬がいたようですが、ここでは当時の江戸にいた代表的な犬種を3つに分類したということでしょう。ここに、江戸時代に大人気だった犬種「狆(ちん)」(本誌参照)は入っていません。「狆」は犬であって、犬ではないともいわれていることから、別物として扱われていたことが分かります。

『頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうずい)』江戸時代 国立公文書館蔵

“町犬”という共同体の一員

 江戸時代後期の三都(京都・大坂・江戸)の風物を解説した書物『守貞漫稿(もりさだまんこう)』(喜田川守貞・きたがわもりさだ著)に、「~諺(ことわざ)に、江戸に多きを云(い)ひて伊勢屋稲荷(いせやいなり)に犬の糞(くそ)と云ふなり~」と記されています。江戸に多くあったものの例えですが、「伊勢屋」は伊勢屋の看板を掲げた上方(かみがた)商人の店、「稲荷」は江戸っ子が信仰するお稲荷さん、「犬の糞」は町のあちこちに糞があり、多くの犬が暮らしていたことを表しています。

 今でこそ、犬には飼い主がいて、ペットとして大切に飼われていますが、江戸時代は将軍や大名などが飼う珍しい唐犬を除いては、主をもたない犬の方がほとんどでした。野良犬もいましたが、町人から餌をもらっていた犬たちは、地域の子どもたちの遊び相手となり、時には不審者に吠(ほ)えるといった番犬の役割も果たしていたのです。まさに、同じコミュニティの中でともに暮らす町犬(まちいぬ)<地犬・じいぬ、里犬・さといぬ、ともいう>でした。

 特別な名前をつけられることもなく、毛色からシロ、クロ、アカ、ブチなどと呼ばれ、そんな自由気ままな犬たちの様子を、江戸の絵師は好んで取り上げました。浮世絵に描かれた町犬の様子から、江戸の犬たちの暮らしを垣間(かいま)見ることができます。

「江戸高名會亭盡(えどこうめいがいていづくし)・亀戸裏門(かめいどうらもん) 玉屋(たまや)」 歌川広重(うたがわひろしげ)江戸時代 東京国立博物館蔵/亀戸天神の裏門外にある料亭「玉屋」を描いた作品。灰色の空から粉雪が降る中、裏門の左には楽しそうに遊ぶ3匹の子犬が描かれている。(出典/ ColBase https://colbase.nich.go.jp)

犬と一緒に健康祈願! 


武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ) 

飼い主ならば犬の健康を願うのは世の常。「犬はご遠慮」の神社仏閣が多い中、犬との参拝を叶えてくれるのが武蔵御嶽神社です。参拝だけにとどまらず、犬のお祓(はらい)までできるとあって愛犬家たちに大人気。互いに元気で末長く! 守り神の「おいぬ様」に願いを託します。

長い歴史を刻む「おいぬ様」

 山岳信仰のシンボルとして、東京都・御岳山(みたけさん)山頂に鎮座する武蔵御嶽神社。神社が位置する標高は929m。その歴史は古く、天平8年(736)、この地にお堂が建てられ蔵王権現(ざおうごんげん)を祀(まつ)ったという記録が残っています。

 狛犬やお札にかたどられているのはニホンオオカミの神様「大口真神(おおくちまがみ)」。オオカミが御岳山の守り神になった由来は『日本書紀』にまで遡ります。東征のときに山中で迷ったヤマトタケルノミコトは、白いオオカミの導きにより無事に帰還できたとか。ヤマトタケルノミコトはそのオオカミに「大口真神」としてこの山にとどまり、魔物を退治するように命じました。江戸時代になると大口真神は魔よけの神として広く知られ、親しみを込めて「おいぬ様」と呼ばれるようになりました。

邪気を祓(はら)い、お社の守りを固める狛犬。その多くはライオン(獅子)のような姿をしているが、御嶽神社の狛犬は精悍(せいかん)なたたずまいで、ニホンオオカミの姿を彷彿(ほうふつ)とさせる。

犬と参拝できると評判に

 元来、犬などの4本脚の動物は「けがれ」とされていたため、立ち入りを敬遠する寺社が多くあります。そんな中「おいぬ様」を祀る神社である武蔵御嶽神社は、動物に門戸を開いてきました。徐々に「犬を守る神様」として愛犬家たちの間にその名が広まり、今や犬の健康や長寿を願う多くの人が、犬連れで訪れるようになりました。その数は年間8000頭余り。日本全国から、時には海外からも評判を聞きつけて参拝にやって来るといいます。

【左】山頂からの眺め。山々の向こうに広大な関東平野が広がる。天気がいいと新宿や横浜の高層ビル群やスカイツリーも見ることができる。【右】ニホンオオカミが神格化された神が祀られる大口真神社(おおくちまがみしゃ)。江戸時代からは大口真神を「おいぬ様」とあがめ、家の守り神とする信仰が広がった。
【左】山頂からの眺め。山々の向こうに広大な関東平野が広がる。天気がいいと新宿や横浜の高層ビル群やスカイツリーも見ることができる。【右】ニホンオオカミが神格化された神が祀られる大口真神社(おおくちまがみしゃ)。江戸時代からは大口真神を「おいぬ様」とあがめ、家の守り神とする信仰が広がった。

山頂に向けて出発

 犬はリードをつければ飼い主とともにケーブルカーに乗車できます。車内にはペット共有エリアがあり、犬たちはそこにとどまることがルールです。山頂駅まで急勾配を登ること6分。駅からは宿坊や店が立ち並ぶ参道を歩いて山門へ。ここから330段の階段が始まります。そろそろ息も上がってきた頃に手水舎(ちょうずしゃ)があり、脇には犬用の手水鉢(ちょうずばち)が! 柄杓(ひしゃく)の代わりは犬用の小さなボウル。細かな心配りに感謝しつつ、犬とともに心身を清め、最後のひと上りをして境内に。振り返れば眼下には広大な関東平野が広がります。

【左】カラフルなケーブルカーで山頂へ。躊躇(ちゅうちょ)なく車内に乗り込む柴犬のはなちゃん。乗車するには「ペット乗車券」が必要。【右】手水舎には、犬の体高に合わせたペット用手水鉢がある。階段を一気に駆け上がってきたせいか、用意されているボウルで水をゴクゴクと飲む犬も多い。
【左】カラフルなケーブルカーで山頂へ。躊躇(ちゅうちょ)なく車内に乗り込む柴犬のはなちゃん。乗車するには「ペット乗車券」が必要。【右】手水舎には、犬の体高に合わせたペット用手水鉢がある。階段を一気に駆け上がってきたせいか、用意されているボウルで水をゴクゴクと飲む犬も多い。
東京を見守る本殿の前にある拝殿に到着。330段の階段も軽々クリアした犬たちの笑顔が弾ける。

一緒にお祓い

 なんと言っても特筆すべきは、この神社では犬のお祓いができるということ。用紙に犬の名前を記入して提出すれば、その名が祝詞(のりと)で読み上げられ、愛犬の健康や長寿を祈ってもらえます。お祓い終了後には名前の入ったお札とともに、「お利口さんだった褒美(ほうび)ですよ」と犬用クッキーもいただけて、人も犬も大喜び。ちなみに、犬がここまで来られない場合は、飼い主単独でも同様にしてお祓いを受けることが可能です。

 拝殿の前に戻って来ると、登ってきたワンちゃんたちがあちらこちらに。「どこから来たの?」「何歳ですか?」「名前は?」と初対面にもかかわらず会話が弾みます。犬たちも匂いを嗅ぎ合ってご挨拶。あっという間に輪が広がり、心弾む犬ワールドの開催、とあいなりました。

 身も心も健やかになって社を後に階段を下ります。眼下に広がる広大な関東平野を眺めながら、足取りもすこぶる軽やか。

 犬ともども、どうかご利益がありますように!

12歳になったので健康と長寿を祈願。自分の名前が呼ばれ、祝詞に耳を傾ける。
【左】犬の足跡がかわいいワンちゃん用お守り。愛犬の首輪やハーネスをつけたり、飼い主のキーホルダーにしても。【右】犬の形をした犬形代(かたしろ)で悪いところを拭って社務所に持ち込むとお焚(た)き上げをしてもらえる。「わんこのお供物」にはご褒美の全粒粉クッキーが。国内産の材料のみ使用という気遣いもうれしい。
【左】犬の足跡がかわいいワンちゃん用お守り。愛犬の首輪やハーネスをつけたり、飼い主のキーホルダーにしても。【右】犬の形をした犬形代(かたしろ)で悪いところを拭って社務所に持ち込むとお焚(た)き上げをしてもらえる。「わんこのお供物」にはご褒美の全粒粉クッキーが。国内産の材料のみ使用という気遣いもうれしい。

【MEMO】
武蔵御嶽神社
東京都青梅市御岳山176番地
御岳山ケーブルカー御岳山駅より、徒歩約25分
https://musashimitakejinja.jp

テキスト講師

菊水健史(きくすい・たけふみ)

麻布大学教授。鹿児島県生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科(獣医動物行動学研究室)を経て、麻布大学獣医学部動物応用科学科教授。博士(獣医学)。専門は動物行動学。主な著書に、『いきもの散歩道』(文永堂出版)、『犬と猫の行動学』(共著、学窓社)、『犬のココロをよむ』(共著、岩波書店)、『最新研究で迫る 犬の生態学』(エクスナレッジ)がある。

仁科邦男(にしな・くにお)

動物歴史作家。東京都生まれ。大学卒業後、毎日新聞社に入社。『サンデー毎日』編集部、社会部、出版局長などを経て、執筆活動に入る。名もない犬たちが、日本人の生活にどう関わってきたかを、文献資料をもとに研究し続ける。主な著書に、『犬たちの江戸時代』『犬たちの明治維新』『「生類憐みの令」の真実』(すべて草思社)、『犬の伊勢参り』(平凡社)がある。

桐野作人(きりの・さくじん)

歴史作家。鹿児島県生まれ。武蔵野大学政治経済研究所客員研究員。専門は戦国史で、特に出身地である薩摩島津氏の研究に力を注ぐ。主な著書に、『明智光秀と斎藤利三』(宝島社)、『薩摩の密偵 桐野利秋「人斬り半次郎」の真実』(NHK出版)、『龍馬暗殺』(吉川弘文館)、『増補改訂 猫の日本史』(共著、戎光祥出版)、『愛犬の日本史』(共著、平凡社)がある。

藤井由紀子(ふじい・ゆきこ)

清泉女子大学教授。島根県生まれ。清泉女子大学総合文化学部学部長。博士(文学)。専門は平安文学。中学生の頃に『源氏物語』に出会い、国文学者を目指す。現職についてからは、平安時代から室町時代の物語文学を研究。2024年、『NHK趣味どきっ!源氏物語の女君たち』の講師を務め、2025年『NHK趣味どきっ!MOOK 源氏物語の男君たち』(NHK出版)を手がける。

『NHK心おどる 犬ワールド』では、犬のルーツや数々の歴史を彩ってきた外国犬、江戸時代に巻き起こった犬ブーム、著名人の愛犬話、社会で活躍する働く犬の話など、内容盛りだくさん。そして、年々研究が進む人と犬の関係について、犬が持つ絶大の癒し効果についても紹介しています。
【内容】
PART1 江戸の犬ブーム
PART2 犬と人の出会い
PART3 人とともに働く犬
PART4 人によりそい働く犬
PART5 日本の犬・外国の犬
PART6 歴史を彩った外国犬
PART7 犬バカ列伝
PART8 人と犬のハッピー社会学

COLUMN1 武蔵御嶽神社
COLUMN2 犬の身体能力
COLUMN3 麻布大学いのちの博物館
COLUMN4 保護犬との暮らし

◆『NHK心おどる 犬ワールド』
◆写真:岡田ナツ子/Studio Mug
◆構成、原稿作成:宮下信子 中村裕子

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