『平家物語』に比べてあまり知られていないのはなぜ?──安田登さんと読む『太平記』#2【別冊NHK100分de名著】
『平家物語』との共通点と相違点──安田登さんによる『太平記』読み解き #2
なぜ、ある者は勝ち、ある者は敗けたのか──。
博覧強記の能楽師・安田登さんによる『別冊NHK100分de名著 集中講義 太平記』は、これまでの日常と新しい日常が重なり合う「あわい」の時代に、歴史の方程式を学ぶ素材として日本最大の軍記物語『太平記』を読み解きます。
「公」と「武」の「あわい」、鎌倉時代と室町時代の「あわい」に描かれた『太平記』は、私たちにどんなヒントを与えてくれるのでしょうか。
今回は『太平記』への入り口として、その読み解きの一部を抜粋して公開します。(第2回/全5回)
『平家物語』と『太平記』
『太平記』は『平家物語』と同じ、軍記物と呼ばれるジャンルの古典文学です。この二つの軍記物は、「あわいの時代」を扱っているという点でも共通しています。
『平家物語』の描く「あわいの時代」は、平安時代末期から鎌倉時代にかけてです。そして『太平記』は、それからおよそ百五十年後の鎌倉時代末期から室町時代の「あわいの時代」である南北朝時代のことを描いています。
南北朝時代とは、ふたりの天皇、二つの朝廷が並び立っていた時代です。本来は一つであるべき朝廷という大きな力を有する存在が二つもあるのですから、これは不安定にならざるを得ません。二つの朝廷は互いに競い合いながらも、やがては合一に向かおうとします。そのときに生じる非常に大きなエネルギー、その渦中に人々がいた時代です。
そのエネルギーは、主に戦いなどの暴力的な方法によって表現されます。ですから、『太平記』の戦いの描写は激しく、そして生き生きとしています。読み始めると、『平家物語』以上にわくわくドキドキします。戦いだけではありません。忠義や裏切り、外交手段の妙など、魅力的な文章、内容が多く載っています。
しかし『平家物語』に比べると、『太平記』はあまり知られていません。なぜでしょう。
理由の一つは、その長大さにあります。『平家物語』が全十二巻なのに対し、『太平記』は全四十巻と実に三倍以上に及びます。
当然、登場人物も多くなります。話も複雑になります。『平家物語』は、物語半ばで主役の平清盛(たいらのきよもり)が他界し、平氏一門の滅亡によって幕を閉じるというわかりやすい構造になっていますが、『太平記』は鎌倉幕府滅亡後も延々と争いが続きます。その間にも、入れ代わり立ち代わり灰汁(あく)の強い人物が登場し、話をどんどんややこしくしていきます。この複雑さもあまり知られていない理由かもしれません。
また、驕(おご)れる平家の凋落を描いた『平家物語』には、勧善懲悪的なわかりやすさがありますが、『太平記』においては誰が善で誰が悪なのか終始判然としません。しかし、そこがこの作品の面白いところで、連綿と読み継がれてきた理由の一つでもあります。『太平記』は善悪の「あわい」を描いていると言うこともできるでしょう。
『平家物語』は史実をベースにしたフィクションですが、一方の『太平記』は歴史書──つまりノンフィクションとして読まれてきました。もちろん、史実とは異なる部分もありますし、後半の巻では亡霊や天狗がやたらと登場しますから、すべて実際に起こったことだと考えるわけにはいきません。しかし、異界=彼岸と現実=此岸の「あわい」こそが、往時の人々にとってはリアルで切実だったのだと思います。
複雑で長大な『太平記』ですが、エピソードの一つひとつは『平家物語』以上に魅力的です。先人の雅やかな和歌を踏まえた美しい文章もあれば、講談師のように張り扇で釈台を打ちながら勢いよく語り上げたい文章もあります。慣れない古語に最初は苦戦するかもしれませんが、引用する際には読み仮名を振っておきますので、ぜひ原文を声に出して味わってみてください。
本書『別冊 NHK100分de名著 集中講義 太平記』では、
第1講 『太平記』が描く「あわい」とは
第2講 時代に乗れる人、乗れない人
第3講 現世を動かすエネルギー
第4講 太平の世はいかに訪れるのか
補講 『太平記評判秘伝理尽鈔』を読む
という講義を通して、歴史を振り返ると見えてくる「波乱の時代で勝つための方程式」を、傑物たちの生きざまを分析しながら読み解きます。
■『別冊NHK100分de名著 集中講義 太平記 「歴史の方程式」を学べ』(安田登 著)より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビは権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。
※本書における『太平記』の引用(原文・現代語訳)は、水府明徳会彰考館蔵天正本を底本とする『新編日本古典文学全集』所収「太平記」(校注・訳=長谷川端、小学館)に拠ります。また、『太平記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』(編=武田友宏、角川ソフィア文庫)も参照しました。
著者
安田 登(やすだ・のぼる)
能楽師。1956年、千葉県生まれ。下掛宝生流ワキ方能楽師。高校教師時代に能と出会う。ワキ方の重鎮、鏑木岑男師の謡に衝撃を受け、27歳で入門。ワキ方の能楽師として国内外を問わず活躍し、能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演などを行うかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を全国各地で開催。おもな著書に『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)、『すごい論語』(ミシマ社)、『学びのきほん 役に立つ古典』『学びのきほん 使える儒教』『別冊NHK100分de名著 集中講義 平家物語』(NHK出版)、『見えないものを探す旅 旅と能と古典』『魔法のほね』(亜紀書房)、『野の古典』(紀伊國屋書店)など多数。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。