実家のVHS「2025年問題」で見られなくなる前に! デジタル化で蘇った40年前の家族の記憶
VHS2025年問題は、家族の宝を救うチャンスだった。ホームビデオのデジタル化で40年分のファミリーヒストリーを発見。幼少期の自分とわが子の驚くべき共通点、そして震災の記憶。家族の絆を深めた貴重な体験を綴ります。
チーム「家族」の幸せのために…令和になっても変わらぬ「パパの役割」とはVHS2025年問題とは?
VHSの「2025年問題」をご存じでしょうか。
これは、ビデオデッキなどの再生機器が生産終了し、修理も困難になることや、テープ自体の経年劣化(寿命)によって、2025年頃を境にVHSテープが見られなくなる可能性が高いとされる問題のことです。
80年代生まれの筆者の実家にも、VHSや8ミリビデオなどのテープが大量に眠っていました。「いつかやろう」と先延ばしにしていましたが、この問題を機に一念発起。DVDへのダビング(デジタル化)を決意しました。
当初は「面倒な作業だな」と身構えていました。しかし、私を待っていたのは素敵な出会い。
想い出に浸りながらホームビデオを視聴することで、母となった今だから気づけたことや、両親から聞くファミリーヒストリーに強く胸を打たれることになったのです。
段ボール2箱分に詰め込まれた家族の歴史
ダビングした結果、合計60枚となったDVD。数年後にはまたPC取り込みなどしないといけないのですよね……。
デジタル化の方法は主に2つ。専門業者へ依頼するか、自力でダビングするかです。
我が家の場合、幸いにも実家の再生機器がまだ動いたため、DVDレコーダーとつないで自分でコツコツとダビングすることにしました。
実家に撮り溜めてあったホームビデオはなんと段ボール2箱分! 運動会、発表会、家族旅行など、ラベルを見ているだけで、愛されて育ったのだなーと泣けてきます。
ダビングついでに、つい映像に見入ってしまうことがしばしばあり、結果的に約3ヵ月かけて40年近い家族の歴史を映像でさかのぼることになりました。
一緒に鑑賞した息子や両親の反応
「遺伝ってすごい」30年前の私と息子の行動が完全一致
「だいへんし~ん」とふざけている画面の中の私。「あの子、楽しそうだね」と息子も少し引いてしまうほどでした……。
普段は「パパ似だね」と言われる息子。急に歌い出したり、常になにかと戦っていたりと、私には理解不能な行動も多く、また注意をしてもきりがないときがあります。
男の子だから仕方ないと思っていたのですが、約30年前の映像を観ると、息子と全く同じことをしている女の子が映っているではありませんか。
……はい、私です。
ふざけ方や決めポーズまで似ていて、遺伝とは恐ろしいです。
「男の子だから」と性別で決めつけるのではなく、彼のありのままを受け入れてあげることが大切なのかもしれないと思い直しました。幼少時の自分の行動を客観視することで、我が子への理解を深めることになるとは……。ささいな瞬間も、記録してくれていた母に感謝です。
両親から聞く思い出の裏話
「あのとき鼻血がとまらなかったよね」「実はあの後、ババがすごく心配していたんだよ」など、一緒に映像を見ながら、まるで昨日のことのように話す筆者の両親。私自身は覚えていない出来事でも、両親にとっては色鮮やかな思い出として心に刻まれており、映像とともに記憶が蘇ったようです。
その中で特に印象的だったのは、阪神・淡路大震災の体験談です。当時、私たちは兵庫県に住んでおり、被災直後の映像も残っていました。両親はアルバムも引っ張り出してきて、映像だけではわからない背景やできごとをくわしく話してくれました。
左)食器棚が入り口を塞いでしまって一歩も入れないキッチン。右)赤ちゃんだった妹の夜泣きで起きていた母は、間一髪本棚の下敷きにならずに済んだと話します。
震災発生時、父は前日から東京へ出張中で不在。祖父母がたまたま遊びに来ていたタイミングでした。私はまだ幼く、当時の記憶はほとんどありません。
しかし、同じマンションの方がご飯を分けてくれたり、祖父が何時間も並んで水を貰いに行ってくれたりしたというエピソードを聞き、当時の苦労を少しですが想像することができました。
写真の裏には1枚1枚、当時の様子を忘れないように母がメモを残してくれていました。
図らずも知った我が家のファミリーヒストリー
映像をきっかけに、これまで聞いたことのなかった家族の歴史も次々と明らかになりました。我が家にもこんなにドラマチックな物語があったのかと、もっと深掘りしたくなる話ばかりです。そのいくつかを紹介します。
父が語る曽祖父の壮大な人生
映像を観ていて、父が私はほとんど会ったことがない曽祖父の話をはじめました。曽祖父は船乗りでアメリカに行っていたこと、祖父が生まれてからは満州で暮らしていたこと、帰国して家具屋を営んでいたこと……。初めて聞く曽祖父の話は、まるで映画のようなストーリーでした。それを語る父の表情も、どこか誇らしげで、家族の歴史を知ることの意義を強く感じた瞬間でした。
母が語る亡き祖父の武勇伝
幼き日の私と祖父。母から聞く若いころの祖父は、授業参観に前のドアから下駄で入ってきちゃったり、祖母とは駆け落ち恋愛だったり……。当時の映像は残っていなくても想像ができてしまう快活な人でした。
私は、2年前に他界してしまった祖父が大好きでした。いつも「かなえ、元気か!」と大きな声でニコニコと目を細め、愉快で明るかった祖父。ビデオに映る祖父を見て母は「かなえが生まれて変わったんだよ」と私が生まれる前の話をしてくれました。
母が子どものころの祖父は「THE 昭和の頑固親父」だったそう。コントのごとくちゃぶ台をひっくり返して怒ったり、近所の人は全員知り合いだったり、豪快なエピソードが盛りだくさん。祖父と距離があった母も私の誕生をきっかけに、一緒に過ごす時間が増えて幸せだったと目を潤ませていて、私も思わず涙してしまいました。
家族の絆を深めるホームビデオ鑑賞のすすめ
「2025年問題」への対策として始めたデジタル化でしたが、結果的に我が家のファミリーヒストリーを知る貴重な機会となりました。映像を観ながら家族で語り合う時間は、日常では聞くことのできない特別な話を共有できる、かけがえのない時間でした。
もし実家にVHSテープが眠っているなら、それは間違いなく「宝の山」です。映像が見られなくなってしまう前に、ぜひ大切な思い出を未来へつないでください。何より、家族で昔の映像を囲む時間そのものが、新しい思い出として心に刻まれるはずです。
私も、いつか息子が大人になったときのために、今の何気ない日常を写真や動画に残していこうと思います。それが、次世代への一番の贈り物になるかもしれないのですから。
※注釈がない記事内写真の撮影:紫木かなえ