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味噌地蔵とアンパン地蔵【地獄さんぽ/中野 純】

さんたつ

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地獄で最強無敵なのはだれだろう。閻魔(えんま)大王? 江口夏実『鬼灯(ほおずき)の冷徹』の鬼灯さま? どっちも正解っぽいが違う。最強なのは断然、クシティ・ガルバ、即ち地蔵菩薩だ。

お地蔵さんといえば、赤いよだれかけをしたかわいい仏さまというイメージだが、甘く見ちゃいけない。地蔵は、地獄や賽の河原で鬼に責められている亡者を救う存在として名を馳せた、いわば地獄のヒーロー。でも、それだけじゃない。

人は死ぬと閻魔大王らの審判を受けて、天道、人道(にんどう)、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つの世界(六道)のいずれかに転生をくり返すという。地蔵は地獄だけでなく六道すべてに現れて救いまくる。お寺や墓地、路傍でよく見る六地蔵は、6体がどれも似ていて同じに見えると思うかもしれないが、それが正しい。あれは六道のそれぞれに行くために、地蔵が6体に分身している。分身の術だから区別がつかなくて当然なのだ。

この世もあの世もどの世も行き来して六道の皆を救うスーパーヒーロー。釈迦入滅から弥勒仏の出現まで仏がいなくなってしまうので、その間、六道で苦しむものを救うことをお釈迦さまに一任された。その期間は56億7千万年! 弥勒仏、遅すぎる! 太陽系の誕生からこれまでよりも長い間、ずーっと地蔵が皆を救うのだ。ヒーローにもほどがある。ついでに言うと、『地蔵菩薩本願経』によれば地蔵はもともと女性だった。クシティ=地は大地、ガルバ=蔵は子宮を意味する。つまり地母神的なスーパーヒーローなのだ。

地蔵大国が生んだ身を削るヒーロー

この世にも、そこらじゅうにお地蔵さんがいて人々を救いまくっている。日本は地蔵大国と言っていい。数多あるこの世の地蔵の中で、その姿に最も目を瞠みはったのは、中山道蕨宿の近くにある三学院の目疾(めやみ)地蔵(埼玉県蕨市北町3-2-4)だ。

このお寺の墓地には閻魔堂があって、15年ほど前にそれを目当てにお参りしたら、予期せず目疾地蔵に出会って腰を抜かした。両目が味噌で盛り上がって、お地蔵さんの視界が完全に味噌になっている! がしかし、新手のウルトラ兄弟のようにも見え、赤地に白い水玉のスカーフなども効いていて、凛としてカッコいい。この地蔵の目に味噌を塗ると、目の病が治り予防にもなるのだという。なぜ味噌なのかというと、味噌は塩に似て清めの力があり、死者に供える膳に味噌を添えたり、野辺送りから帰った時に味噌で清めたりもするらしい。

初対面の時の目疾地蔵。味噌地蔵ともいう。蕨市の三学院。万治元年(1658)造立。

地獄のような猛暑日に、15年ぶりに三学院へ行ってみた。目疾地蔵は、四阿のように開放的で清浄な地蔵堂に立っていて、味噌の塗り跡ははっきり遺っているが、今日はスッピンだ。

せっかくなので塗ってみた。素手で味噌をたっぷり掴(つか)んで地蔵の両目に盛ると、味噌のにおいが漂う。きれいに盛れるよう微修整しているうちに、陶芸家か彫刻家の気分になってきて、目疾地蔵にどんどん愛着が湧いてきた。毎年、子供たちがお地蔵さんに色を塗る化粧地蔵もそうだが、仏像になにか手を加えると、一気にこの世とあの世が地続きになる気がする。

この地蔵堂は愛されているようで、地元の人がちょくちょく手を合わせに来る。ある参拝者の真似をして、自分の両目に手を当ててからお地蔵さんの目にその手を向けてみたら、自分で味噌を盛ったこともあって、早速目がよくなった気がしてきた。我ながらかんたんな人間だ。

この世の地蔵は、笠地蔵のような超絶恩返しをしたり、いぼを取ったり雨を降らせたりといろんな技を使うが、最も得意なのが、代受苦だ。私たちの身代わりになって苦しみを受ける……なんだかアンパンマンを連想してしまう。飢えた人に自分の顔を食べさせ、そういえば坊主頭で服が赤い。頭部が着脱可能なところは願行寺(品川区南品川2-1-12)のしばり地蔵のよう。身を犠牲にして困っているものをひたすら救うアンパンマンは、実に地蔵的なヒーローだ。お地蔵さんが日本人に格別に愛されてきたからこそ、アンパンマンが国民的ヒーローになったのかもと思うのだった。

文・写真=中野 純
『散歩の達人』2025年10月号より

中野 純
体験作家、闇歩きガイド、「少女まんが館」共同館主
1961年、東京都生まれ。体験作家、「少女まんが館」共同館主。「闇」に関する著作を数多く発表しつつ、ナイトハイクや夜散歩など闇歩きガイドとしても活躍。奪衣婆を偏愛し、著書に『庶民に愛された地獄信仰の謎』(講談社+α新書)なども。

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