【インタビュー】三味線演奏家・上妻宏光、ソロデビュー25周年記念アルバム『繋 -TSUNAGU-』を語る
三味線演奏家・上妻宏光がソロデビュー25周年記念アルバム『繋 -TSUNAGU-』をリリースした。韓国の人気作曲家チョン・ジェイルや、和太鼓の第一人者・林英哲と英哲 風雲の会、次世代を代表する津軽三味線奏者・浅野祥、チェロ奏者・宮田大、箏奏者LEOといった国内外のトップアーティストが参加。“伝統と革新”を活動のテーマに、ジャンルや世代、国境を超えて、津軽三味線の可能性を切り拓いてきた上妻だからこそ辿り着けた新境地を実感させる仕上がりだ。三味線の生の音をソロで届ける『生一丁！』の全国ツアーも始まった上妻に、アルバムやツアーの話を聞きつつ25年を振り返ってもらった。
――新譜『繋 -TSUNAGU-』は、様々なジャンルのアーティストと共演を重ねてきた上妻さんの25年を結晶化させたようなアルバムですね。タイトルが意図するところを教えてください。
一つは「若い世代と繋がり、音楽や経験を繋ぐ」ということです。LEOくんは邦楽界の若手を代表する箏アーティストなんですが、同じ邦楽器であっても、ジャンルが違うとなかなか一緒に舞台に立つ機会がないので、作品を通して、お箏の世界の皆さんにも太棹の面白さを感じてもらえたら、ここからどんどん交流が広がっていけばという思いで参加してもらいました。浅野祥くんは、小学生の頃に僕の作品を全部買ってコピーしたという、20歳近く年が離れた津軽三味線の次世代のスターです。今回の『生一丁！』ツアーにもゲストとして参加してもらっています（沖縄公演以外）。自分の経験や音楽で何か伝えられることがあれば、作品や共演を通じて伝えていきたいなと思っています。
――浅野さんとは、収録されている全8曲のうち3曲で共演。なかでも「YUGEN」は、映画『パラサイト 半地下の家族』や人気ドラマシリーズ『イカゲーム』などの音楽を手がけ、“映像音楽の天才”と称される韓国の作曲家チョン・ジェイルさんによる書き下ろしですね。
はい。『繋 -TSUNAGU-』は、「世界と繋がる」ことも意味しているんです。チョン・ジェイルは、2007年頃の僕の国内ツアーに参加してくれたメンバーの一人で、昔から「才能がある人だな」「いずれ何か作品を作れたら」と思っていました。今回、海外からの視点で三味線の新しい可能性を探ってみようということで、三味線二丁のための曲を作ってもらいました。彼の世界観もありながら、シンプルで綺麗な旋律が印象に残る曲で、今までの僕にはない新しい音世界になっていると感じています。
――チェロ奏者・宮田大さんとの共演曲「NIKATA」も収録されていますね。
彼とは去年、デュオ・コンサートという形で全国ツアーもやっています。クラシック音楽の演奏家、しかも三味線と同じように基本的に単音楽器のチェロとのデュオ・コンサートを成立させることは、正直、なかなか難しいんですが、その分、まだ誰も成し得ていないことをやる快感、楽しさがあります。三味線とクラシックの弦楽器との共演の可能性の扉を開いて、さらに広げていきたいという思いで宮田くんとやってきたので、その成果を聴いてもらえたら嬉しいですね。
――和太鼓の第一人者・林英哲さんと英哲 風雲の会との共演曲「NIPPON」は、上妻さんが監修を務める地元・日立市の「ひたち秋祭り」で初披露された新曲ですね。
太鼓のフレーズもすべて譜面に書くという、自分の中では新しい音楽的なトライをした曲です。僕よりもずっと前から革新的なことをやってこられた英哲さんに、「指定された通りやるよ」と受け入れていただいたからこそできたことで、“三味線弾きが書いた太鼓の曲”というのは、なかなか珍しいんじゃないかと思います。メロディ楽器が入ると、太鼓はどうしてもバッキングに回ってしまいがちな位置関係にあるので、なるべく太鼓を主体にして、三味線でその合間を埋めるようなイメージで作りました。
――三味線以外の楽器との共演曲は、どのように作曲なさったのでしょう？
共演する楽器の音を使ったり、別の楽器の音を使ったりしながら、コンピューターでメロディーラインを作っていくという作業をしました。考えてみれば、きちんと譜面に書き起こして何曲も作曲したこと自体、自分にとっては新たな経験でしたね。そもそも津軽三味線は即興演奏が特徴で、バンド編成で演奏する時にもそれが主軸にあったので、譜面で再現できる曲が大半のこのアルバムは、「譜面で人と繋がる」という意味でも、自分にとっての新境地になっていると思います。
――上妻さんの演奏も非常に表情豊かで、多彩な曲想が時にしっとりと繊細に、時に明るく軽やかに、雄弁かつ細かに表現されていますね。
ありがとうございます。津軽三味線というと、テクニックとか迫力や勢いで、ぐわーっと弾いて魅せるような演奏になりがちで、音的にもビートがすごく目立つものが多い。それが魅力である半面、そこからなかなか抜けられないのも事実で、自分も前々から打破しなきゃと思っていました。今回は、太棹独特の派手さとか勢いになるべく頼らずに音楽的な高揚感を出せるように、ボリュームやスピードも冷静に計算しながら曲を組み立てました。転調やいろんな拍子をちりばめるというアプローチもしているので、派手なだけじゃない三味線の音色や音楽の幅というものが表現できたんじゃないかと感じています。三味線の新しい扉がまた開けたなと。
――これまでの経験とさらなる進化が詰まった、まさに25周年にふさわしいアルバムですね。その収録曲を中心に演奏する『生一丁！』Tour2025-2026も始まりました。
三味線はどうしても単色になりがちで、なかなか曲想を大きく変えられないこともあって、ソロコンサートをやるのは結構大変なんです。そんな中“一人で何ができるか”にストイックに向き合いながら『生一丁！』を続けてきたんですが、今回は浅野祥くんといったゲストが来てくださるので、デュオでどういうことができるか楽しみにしています。僕は“ゆず方式”と呼んでいるんですが（笑）、二人になることで表現の幅は何倍にも広がりますから。
――国内ツアーに先駆けて、2025年11月15日に開催されたニューヨーク公演も大好評だったとか。
今回のニューヨークでの『生一丁！』は、自分の中でも大きなトライだったんですが、本当にやってよかったです。サプライズとして、息子(三味線奏者の上妻光輝さん)と一緒に演奏できましたし、現地在住のチェロ奏者・玉木光さんにゲスト出演してもらって、「譜面を海外に持って行って現地の演奏家と共演する」という一つの夢も叶いました。ジャズのようにテーマだけ覚えて即興で掛け合わせるのではなく、スコアで音楽を作ってコンサートやっていくという新たな展望も開けました。
――この25年の間で、ターニング・ポイントになったと思われるのは、どういった出来事ですか？
一つは、2002年にアメリカ東海岸でツアーをやったことですね。自分がやっているスタイルというものが、海外でも通用するのか試してみたくて。それで100％自信を持てたわけではないんですけど、結構いろんな反応があったので、「受け入れてもらえるアプローチの仕方ではあるんだろうな」と、すごく可能性を感じることができました。それはこの25年の中で、だいぶ大きいターニング・ポイントかなと思いますね。
もう一つは『生一丁！』です。デビュー・アルバムが出る前の2000年からやり始めたんですが、やっぱり“三味線の生の音を届ける”ことは自分の原点で、新しいことへアプローチする時のベースにもなっています。さっきも話したように、ソロで三味線のコンサートをやるのは大変なことで、当時は全国ツアーをやる人なんていませんでした。それをこれまで150公演以上やってこられたことは、自分の一つの自信にもなっています。
――ほかには、どんなことが？
矢野顕子さんと「やのとあがつま」というユニットを組めたことも、やっぱり大きなポイントになると思います。矢野さんのような音楽ジャンルの方が、和楽器の人間とユニットを組むということ自体、あまり想像できなかったことだと思うので、そういう意味では、音楽界においても一つの広がりになったのかなと。あとは、この津軽三味線をベースに音楽活動をしている人間が、歌舞伎の世界に呼ばれて作品を作ったり、古典芸能の世界にも演奏の場を広げているということも、自分にとっては大きなターニング・ポイントかなと思います。
――“伝統と革新”という上妻さんの活動テーマを象徴するかのようなターニング・ポイントですね。
伝統と革新は自分の活動の両輪で、それを行き来することが自分はとても楽しいんです。僕みたいな活動をしていても、民謡界の大御所の方たちと繋がりが持てているのは、やっぱり自分もそこが好きだという思いと、いろんな活動や行動を通じて、ただ新しいことだけをやっている人間じゃないんだなということを、徐々に知っていただいたから。そういう意味では、自分が思い描いていた理想通りの環境に身を置けているんだなと感じますね。
――充実していて素晴らしいです。
そうですね。ただ、子どもの頃に思い描いていた夢が9割方叶ってしまったことで、実はここ数年、この先何をしようかな、どうしようかなと、なかなか創作意欲が湧かない時期があって。このアルバムも、制作に結構時間がかかりました。プロデューサーの理解と支えがあったお陰で、完成まで辿り着いた感じです。
――上妻さんにも、そんなことがあるのですね。
イメージは何となくあるんだけれども、気力や集中力が続かなくて、「俺もここまでかな」とまでちょっと思いました。ただ、「やっぱり三味線が好きだ」という思いは変わらなかったし、自分の中に「もうちょっと何かやれそう」という“余白”の感覚はあったので、それを信じてもがいているうちに、アイディアが少しずつ生まれてきて、ようやくこのアルバムに辿り着きました。作品づくりのプロセスの中で「書き譜を作れば、世界の人と共演できるんだな」という思いも燃えてきて、今までのキャリアで頑張ってきたことを土台に、ようやく「これだったら世界と繋がれるな、いろんなことができるな」というモチベーションが湧いてきたんです。
そう思うと、自分にとってはこのアルバムが生まれたことが、25年の中で一、二を争うくらい大きなターニング・ポイントかもしれない。いわゆるデュオの曲が多いシンプルな作品ですが、「次世代と繋がる」「ジャンルを繋げる」「世界と繋がる」が凝縮されたアルバムです。三味線の新しい世界を、ぜひ多くの方に聴いて楽しんでいただけたら嬉しいです。
取材・構成・文／岡﨑 香