Yahoo! JAPAN

「対象を透明なビニールに刷ることで、『透明化できないよ』ということを示したかった」|アーティスト・大岩美葉

Dig-it[ディグ・イット]

ビジュアルで魅了する各界のクリエイターに迫る連載「THE VISUAL PERFORMER」。今回は主に木版作品を制作する、アーティストの大岩美葉さんが登場。年齢を重ねることで生まれる皮膚の皺と、木の成長とともに刻まれる木目を織り交ぜ、人間と自然に共通する時間の尊さと美しさを表現する大岩さん。最新の個展会場で、モデルとなる家族や木版に込めた思いについて話を聞いた。(写真:幼い頃に好きだったという祖母の手の皺や感触の記憶と、木目を重ね合わせた作品。木を燃やし、削ることで木目を際立たせ、版画に新たな時間の層を刻み込む)

大岩美葉/アーティスト|神奈川県生まれ。2015年、多摩美術大画絵画学科版画専攻入学。2018年「第43回全国大学版画展」優秀賞。2025年「第28回 岡本太郎現代芸術賞」入選、「第27回 鹿沼市立川上澄生美術館木版画大賞」入選。従来の油性木版の技法と、版木を燃やすことで木目を露出させる特殊な技法で木版画を制作。ブルーシートやビニールシートに版画を刷ることなどにより、変化し続ける時代に対して木版の存在意義を模索している

小さい頃、祖母の手の皺がすごく好きだったんです。そういう心から綺麗だって思った感覚を大切にしたいです

生老美思|木版とリトグラフの技法を組み合わせた、大学の卒業制作作品。四字熟語「生老病死」を再解釈し、祖父母をモデルに制作。生まれて老いること、美しさを思うことを、人間が必ず得る4つの喜びとして表現した。現在の木版の作風に繋がる最初期の作品

新人アーティストの登竜門とされる、「岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」の会場でひときわ目を引いた、笑顔の女性の巨大なポートレート。大岩美葉さんは、版木を焼き、削ることで木目を出すという特徴的な技法でこの作品を制作した。皮膚に刻まれた皺を起点として、時間の痕跡を可視化することを目指しているという大岩さんの作品には、人間の温かさとユーモアが見え隠れする。TARO賞入選作や、個展で発表された最新作の話から、独自の技法に込められた思いを辿る。

──美術に関心を持ったきっかけを教えてください。

小さい頃から絵を描くのが好きで、ひとり遊びといえば絵を描くことでした。祖父が本当は美術をやりたかったけど親に反対されてできなかった人で、私が絵を描くことを応援してくれたんです。絵画教室にも通ってましたし、自然と美術が好きになっていきました。

──多摩美術大学の版画専攻に進学した理由は?

現役のときは予備校の先生からグラフィックデザイン科を薦められて受験したんですが、ずっと違和感があって。結局落ちて、でも多摩美に行きたかったから浪人したんですね。その途中で、私がやりたいのってグラフィックデザインじゃないなと気づき、先生に相談したら「版画科があるよ」と教えてもらったんです。小学校の授業でやった版画が楽しかった記憶があり、版画科っていい響きだなって思って翌年入学しました。

──大学ではリトグラフを専攻されていたそうですね。

2年生で専攻を選ぶんですが木版や銅版の定員がいっぱいで。木版をやりたい気持ちもあったのですが、出席率の悪かった私には、リトグラフしか空いてなかったんです。それでリトグラフか留年かの二択を迫られて。留年は嫌だったのでリトグラフを選びました。

──卒業制作の作品《生老美思》(2018)では、ご祖父母がモデルとなっており、以降の作品にも頻繁に登場しますね。

《生老美思》を彫ってる時に、祖父母の顔の皺と木版の相性が、ピーンってあったんですね。これだ!とすごくしっくりきて。そこから自然と祖父母の皮膚の皺にフォーカスするようになりました。小さい頃から、おばあちゃんの手の皺を触ってるのがすごく好きだったんです。そういう子どものいいなって思う感覚って、心から綺麗だって感じたんだと思うし、大切にしたいですね。皺は綺麗だけどグロテスクでもあって、そのまま生きた証が表れるってすごいなって思います。

──《生老美思》は、リトグラフと木版画の技法を使われているのも特徴です。

やっぱり木版をやりたいという気持ちがずっとあったので、最後の卒業制作で初めて2つの技法を混ぜた作品を作りました。「ベタ版」という線の版だけ木版で作り、色の部分はリトグラフで刷りました。この作品は各大学から推薦された学生による「大学版画展」にも推薦していただき、優秀賞をいただいて。町田市立国際版画美術館に所蔵されました。その時に、自分がやりたいことや、いいと思ったことが初めて評価に繋がった感覚があって。それまでは、何を作りたいのかがわからなくて遊びながら制作してた感覚だったんですが、卒業制作でもっと作品を作りたいっていう気持ちが明確になりました。

──「老い」をポジティブなものとして捉えているのも印象的です。

それも祖父の影響が大きいです。誕生日になると「36歳だ」とか言って、老いたという感覚が全然ない。ずっと学び続けて、筋トレもして、年齢を理由になにか辞めるということが一度もない人でした。そういう姿をずっと見てたので、老いって自分の気の持ちようだなと思うようになりました。子どもの頃は「成長」と言われるのに、どこから「老い」に変換されるんだろうとも思うし、祖父母もずっと成長を続けていたんだと思うんです。それを近くで見てきて、あ、この状態がなんかかっこいいなって思ったんです。

──木版作品は木目も刷られているのが特徴的ですが、この技法はどのように生まれたのですか?

木目を出したい部分をガスバーナーで燃やしてから削るという技法で、一般的に「ウッドバーニング」と呼ばれることもあります。ウッドバーニングのワークショップなどを開いている大学の友人から教わって以来実践しているんですが、なかなかコントロールが難しいんです。燃えすぎると潰れてしまったりするんですが、私はむしろそれが好きですね。美術ではよく「偶然性」という言葉も使われますが、偶然というよりも、木がこうしたかったんだろうなって、自然と一緒に作っている感覚で。作品を作るってこういうことだよなって。その感覚を大事にしています。

──ブルーシートや透明のビニールシートに刷られた作品もありますが、素材の選び方に意図はありますか?

ありますね。「見えないことにされている存在」を可視化したいと思って。ブルーシートって、日本ではたとえばホームレスの方が生活のために使っていたりして、社会が見ないふりをしてしまっているものだったりする。でもヨーロッパに行ったとき、ホームレスの方も堂々と世界遺産の前に座っていて、一緒に生きてるぞみたいな感じがした。それからスマホ社会で置き去りにされる高齢者とか、存在しているのに透明化されることへの違和感がずっとあって。だからこそ、対象を透明なビニールに刷ることで、「透明化できないよ」と示したかったんです。

──TARO賞に出品された《春の気立つを以って也》(2025)も、ご祖母を題材に透明なシートに刷った作品でしたね。

祖父が亡くなって、祖母がはじめてひとりの部屋を持つようになって。最初は寂しがるかと思ったんですが、むしろ元気になっていったんです。私もずっとおばちゃんとして見ていたけど、「祖母」や「妻」という役割から解放され、友達と長電話したり、ひとりの女性として時間を過ごしはじめた祖母の姿がとても印象的で。その姿を作品に残したいと思いました。

春の気立つを以って也|「岡本太郎現代芸術賞」入選作品。祖父を看取ったあと、自分の時間を楽しみ始めたという祖母の笑顔を木版画で表現した。鑑賞者はビニールシートの裏側にも回り込んで見ることができる

──高さが5メートル近くあるという巨大な作品でした。制作が個人の範囲を超えてプロジェクト化していってるのも面白いですね。

彫っているときは孤独だし、ひとりなんですが、刷りの作業は友達に手伝ってもらっています。家での制作中も、電話しながら作業したり、友人と話すことで考えがクリアになることも多いです。その友達がいないと作れないくらいの感覚です。作品は人との関係の中でできていく感じがありますね。

──今回の個展はどんなテーマで始まったんですか?

家という場所をテーマにしました。祖母の肌の皺と、長年住んだ家の壁や床の傷が重なるように感じる瞬間があって、人と家が一緒に時間を刻んでいくイメージで構成しました。私の展示場所はホワイトキューブではないなってずっと思っていたなかで、会場の「オープンレター」を知り、ここに住んでいる山内さんにも意見を伺いながら設営して。ギャラリーでありながら暮らしの場でもある空間を探していたので、理想的でした。

──会場全体を使った大きな作品がカーテンのように揺れて、作品のなかに入り込むような感覚です。

最初はもっと小さいつもりだったんですが、考えているうちにどんどん大きくなって、6メートルの作品になってます。祖母が寝てる姿なんですが、胎児みたいな体勢になっています。これが人間なんだっていうのを見せたくて。今までとちょっと変えて、より抽象的なものになっています。

──版を作るときは、木目がどのように出るかも想定しているのでしょうか?

そうですね。木の年輪を見ながら作っていきます。この年輪がいいから使おうとか。でも、それでもやっぱり板によって木目の出方が全然違って、面白いけど大変でした。燃やして削ってから初めて、木目が出るかどうかわかるんです。なので、まず版全部に下絵を書いて、残したい木目にガスバーナーを当てて、その部分を削るんですけど、その時にまったく木目の出ない版もあって。でもそれはそれでいいかなって。自分の意思が介入しない自然のものに、気付かされることもあります。

──今後の展望を教えてください。

6月からオランダに滞在します。ストリートアート的に、街に作品を置いていくようなこともしてみたいです。透明のシートに刷った作品は、都市の背景と混ざり合いながら存在できるので、生活の中にそっと入り込むような表現を模索していきたいです。作品を展示するだけじゃなく、日常の中に「置く」という形にも、もっと挑戦していきたいですね。

MIYOU|母のポートレートと対になっている、制作時の作者と自身を産んだ母の年齢を重ね合わせたリトグラフ作品

MIYOU|母のポートレートと対になっている、制作時の作者と自身を産んだ母の年齢を重ね合わせたリトグラフ作品

背中/手/足|2022年に制作された、祖父をモデルにした木版作品。老いを恐れず学ぶことを続け、いくつになってもそれを成長と呼び、皺さえも美しく見えたという晩年の祖父。その身体に刻まれ日々増えていく皺を、木の年輪と重ね合わせて木版で表現した。版画でインスタレーションを作りたいと考えていたという大岩さんは、この作品以降ブルーシートや透明シートに刷っている。それらは隠されているものを可視化し、社会で見えないことにされているものから目を逸らさせないことを表している

刻をまとう、或る日|「オープンレター」(上北沢)で今年4月に開催された個展「刻をまとう、或る日」。一軒家を改装したこのギャラリーでの展示が念願だったという大岩さん。家をテーマに、祖母が胎児のように丸くなっている姿を、横6メートルの木版画で表現した

すくう手|水をすくう祖母の手をモデルにした作品。2枚の透明シートを重ねている。背景は青で木目を刷り、流れる水と手に浮かぶ血管を表現。天気の良い日には屋外に展示するなど、日によって見せ方を変えたそう

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 22/7(ナナブンノニジュウニ) 新メンバーオーディション 窮地に立たされた候補生たち

    WWSチャンネル
  2. わが家で大絶賛されたやつ。【チャルメラ公式】の「袋麺」の食べ方がウマいよ

    4MEEE
  3. <家事放棄>旦那が「もう料理しない」と宣言。理由は「俺の時間がないから」って無責任すぎて腹立つ

    ママスタセレクト
  4. 【MARY QUANT×ディズニー】白うさぎの激かわポーチ付き!「アリス」の限定コスメが即買いデザイン♪

    ウレぴあ総研
  5. 僕が見たかった青空、雪がきらめく青空を背景に儚くも甘い青春を描いた新アーティスト写真を公開!

    WWSチャンネル
  6. SNSで人気のスター猫たちが集結!話題の「ねこ休み展」がルクア大阪に登場

    PrettyOnline
  7. ハロウィン×盆踊り!? 同時多発実証実験イベントが開催(北広島市)

    北海道Likers
  8. 米倉みゆ、美スタイルあらわなスーツコーデを披露!「上司だったら、集中できん」

    WWSチャンネル
  9. 余った「ダブルクリップ」の“紙を挟む以外”の便利な使い道「絡まらない」「スッキリ」「外出にも使える」

    saita
  10. 【食べ放題ニュース】“トリュフソースのローストビーフ”も食べ放題!Xmas&年末年始限定の至福ホテルビュッフェ

    ウレぴあ総研