【徒然リトルジャーニー】静岡県函南町~富士を望むのどけし伊豆半島の玄関口
箱根(函嶺とも)の南側に位置することが地名の由来とされる函南(かんなみ)町。箱根山脈の分水嶺を東の境に、西へ向けて標高を下げ、目に映る風景も、山間地から丘陵地、平坦地へと移り変わる。富士山に見守られながら、町内を訪ね歩くとしよう。
アクセス
鉄道:JR・地下鉄東京駅から東海道新幹線・伊豆箱根鉄道駿豆線で約1時間20分の大場駅下車。町内各所へ伊豆箱根バスが運行。
車:東名高速道路東京ICから同道・新東名高速道路・東駿河湾環状道路を利用し、大場・函南ICまで約113km。同ICから函南町中心部まで約1km。
料理と絶景のマリアージュを心から堪能
旅の幕開けは鮮烈だ。ケーブルカーに乗り込み訪れた十国(じゅっこく)峠では、日本一の富士山が「どうだ!」と言わんばかりに待ち構え、いきなり先制パンチを食らった。
富士山の残像を引きずりながら十国峠を後にすると、今度はすり鉢状の地に尖塔がポツンと見える。この界隈は丹那(たんな)盆地と呼ばれ、先ほどの尖塔は『伊豆丹那の酪農王国 オラッチェ』の施設らしい。盆地の真下を貫く大正7年(1918)起工の国鉄丹那トンネル建設は、地域の渇水を誘発し、水田耕作から酪農への大きな転換点となったそう。町内各所で見かける「丹那牛乳」にそんな歴史があったのかと思いつつ、紙パックのままゴクリ。牛乳を一気飲みしたのは久しぶりだ。
丹那盆地の一角にある『岩城(いわき)製茶』や丹那断層公園へ立ち寄ってから市街地へと向かう途中、小さな看板に誘われ、『Vivra Vivre(ビブラ ビブレ)』でランチをいただくことに。ここでも大きな窓の先に横たわる富士山が見事だ。「自慢は眺めだけですよ」と店長の川原康平さんは謙遜するが、他のお客さんのくつろいだ表情を見れば、誰もが料理と絶景のマリアージュを心から堪能しているのが分かる。
町内を軽くひと巡りしてから、今宵お世話になる『伊豆畑毛(はたけ)温泉 富士見館』へ。受付に現れた近藤初世さんは、ここで生まれ育った4代目とか。「そうでしたか。十国峠もいいけど、私は玄(くろ)岳からの眺めも好き」「丹那断層より、地震で鳥居と石段が左右にずれた火雷(からい)神社のほうがおすすめかな」など、地元ならではの穴場情報を惜しげもなく教えてくれるのがありがたい。
旅先で思いがけず味わう、束の間のタイムトラベル
すっかりぬる湯を堪能した翌朝、まずは『かんなみ仏の里美術館』へ足を運んだ。出迎えてくれたボランティアガイド・奈良橋正己さんの解説を聴いていると、まるで修学旅行生に戻った気分だ。しかし、右から左へと聴き流していた当時と違い、説明の一つひとつが心に響いてくるのは、きっと歳を重ねた証しなのだろう。時代を超えて守られ、目の前に鎮座する仏像と対峙(たいじ)していると、まるで己の邪念を見透かされているようでどこか気恥ずかしくなる。
美術館からの帰り際、「函南に来たらぜひ」と勧められた『レストラン Kiya』の丹那のカニクリームコロッケと函南クラシックぷりんを胃袋に納め、腹ごなしに柏谷(かしや)公園を散策。史跡の横穴墓脇で近所の子供たちが遊ぶ様子は、どこかシュールだ。ところで鎌倉・平安時代の仏像に続き、今度は古墳時代の横穴群とくれば、次には縄文・弥生時代へ迷い込んでもおかしくない。
そうもいかないので現代へ立ち返り、締めくくりに『トラノコ洋菓子店』で記念日に合わせた小粋なギフトを見繕ってもらってから、ほんわか気分で町を離れた。
十国峠
360度の圧巻の眺望に思わず息をのむ
函南町と熱海市の境界に位置する景勝地で、「伊豆・駿河・遠江(とおとうみ)・甲斐・信濃・相模・武蔵・上総(かずさ)・下総(しもふさ)・安房(あわ)」の十の国が見渡せたことに由来。山頂の『PANORAMA TERRACE 1059』へは山麓駅からケーブルカーに乗り約3分。山頂駅併設の『TENGOKU CAFE』は絶景を前にくつろげる特等席だ。
●ケーブルカー往復730円。運行時間9:00~17:00、無休(点検休あり)。静岡県函南町桑原1400-20
☎0557-83-6211
伊豆丹那の酪農王国 オラッチェ
家族連れでも楽しめる、丹那盆地のランドマーク
函南町を代表するブランド・丹那牛乳。こちらは丹那盆地の酪農家が生産する丹那牛乳を広く知ってもらうための施設で、丹那牛乳や乳製品、グッズを扱う売店のほか、ビール、ジャム、ジュース、バター、チーズの工房、ふれあい動物広場、レストラン(土・日・祝営業)などが集まる。バターづくり体験などの会場でもあるティールーム花の温室での一番人気は、何といっても鮮度抜群の生乳にこだわったオラッチェソフトクリーム450円。乳化剤などの添加物を加えず溶けやすいため一気に食べ終えよう。
伊豆丹那の酪農王国 オラッチェ(いずたんなのらくのうおうこく オラッチェ)
住所:静岡県函南町丹那349-1/営業時間:10:00~16:00(土・日・祝は9:00~17:00)/定休日:水(祝の場合は営業)
岩城製茶
手に取りたくなるパッケージは、旅のみやげに好適
寒暖差があり、過度の日照も少ない丹那盆地の自然環境を生かし、やさしい味わいながら香りのよいお茶を生産・販売。農薬を使わない循環型農業に徹し、作物の生育に適した土づくりにも力を注いでいる。和柄を組み合わせたパッケージデザインは3代目岩城東秀(もとひで)さん自ら考案したものだ。
●10:00~16:00、日・祝休。静岡県函南町畑26-1
☎055-974-1218
丹那断層公園
地震の記憶を伝える国指定天然記念物の断層
昭和5年(1930)11月26日に発生したマグニチュード7.3の北伊豆地震。震源は丹那盆地付近直下で、震度6を記録した函南村(当時)では多くの家屋が倒壊するなど甚大な被害があったとされる。一帯の地形模型が設置された公園内では地表に残る断層の横ズレ跡を明瞭に観察でき、解説板や写真展示も充実。
丹那断層公園
住所:静岡県田方郡函南町畑字上乙越253-4
Vivra Vivre
町内屈指の景観を前に過ごす至福のランチタイム
6000坪ものガーデン越しに、富士山や駿河湾を望む眺望自慢のレストラン。新鮮な自然農野菜などを用いたピッツァ、パスタ、カレーを食べ終えたら、スイーツ片手にのほほ~んと過ごしたくなる。屋外ガーデン席と室内テラス席はペット同伴可。
Vivra Vivre(ビブラ ビブレ)
住所:静岡県函南町平井12-1/営業時間:11:00~14:30LO/定休日:月・火(祝の場合は営業、翌水休)
伊豆畑毛温泉 富士見館
明治創業の気取りのない温泉旅館
体に優しいアルカリ性で、ぬるめの名湯として古くより知られる伊豆畑毛温泉。浴室はじっくり浸かれる低温(32~34℃)のほか、中温(37~38℃)、高温(40~41℃)の3つの浴槽からなり、常連も多い。日帰り入浴は600円(7:00~17:00・18:00~20:00)。
伊豆畑毛温泉 富士見館(いずはたけおんせん ふじみかん)
住所:静岡県函南町畑毛226
かんなみ仏の里美術館
篤い信仰心により里人が守った地域の宝
平安時代作の薬師如来坐像(写真右)や鎌倉時代作の阿弥陀三尊像(国指定重要文化財/写真左)など、町内桑原地区で長きにわたり守られてきた仏像24体を一堂に展示。暗闇に浮かび上がる仏像を前にすると、思わず厳粛な心持ちになる。
かんなみ仏の里美術館
住所:静岡県函南町桑原89-1/営業時間:10:00~16:30/定休日:火(祝の場合は翌平日休)
レストラン Kiya
定食や洋食メニューが豊富で注文に迷うほど
看板メニューは丹那牛乳を使用したベシャメルソースに生ズワイガニを加えた丹那のカニクリームコロッケ。西伊豆・土肥(とい)の天日塩により甘みと風味を引き出している。「箸で持てる限界までクリーミーに仕上げています」とシェフ兼店長の山本治さん。
レストラン Kiya
住所:静岡県函南町大土肥211-6/営業時間:11:00~20:00(平日は14:30~16:30休)/定休日:無
柏谷横穴群
宅地に囲まれた公園を中心に横穴墓跡が点在
斜面に横穴を掘り、死者を埋葬する墓室とした「横穴墓」。町民憩いの場である柏谷公園内や周辺には、古墳時代後期の6世紀末から律令(りつりょう)時代の8世紀末頃に造られた横穴墓跡が、東西600m・南北250mにわたって点在する。その数は300基以上とされ、県内最大規模を誇る(一部が国の史跡に指定)。
●見学自由。静岡県函南町柏谷676-1柏谷公園内ほか
トラノコ洋菓子店
週末のみ営業のテイクアウト専門店
こぢんまりとした店舗には、色とりどりのキュートな焼菓子やマロンクリームの中に栗が丸々入ったモンブラン740円などの生菓子が所狭しと並ぶ。ちょうのクッキー130円など定番菓子のほか、季節感を重視した限定菓子も気になるところ。ギフトの相談にも応じてもらえる。
トラノコ洋菓子店
住所:静岡県函南町平井861-50/営業時間:11:00~18:00/定休日:月~木
【耳よりTOPIC】格安価格で気軽に温泉を持ち帰れる
住宅地で不意に目にした「函南町営温泉スタンド」。温泉分析書には56.5℃のナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉とあり、誰でも購入可能だ。近くの日帰り温泉『湯~トピアかんなみ』にも引き湯されている。
●50ℓ 80円、100ℓ150円。利用時間8:00~20:00、無休。静岡県函南町柏谷145-1 ☎055-978-7100(函南町健康づくり課)
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2024年5月号より