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マルコ水産 ~ おいしいのりを食べてほしい!田島の海苔師の物語

備後とことこ

マルコ水産 ~ おいしいのりを食べてほしい!田島の海苔師の物語

福山市の特産品のひとつが「のり」です。内海町には2024年現在のり業者が7社あり、盛んにのり養殖がおこなわれています。
かつては広島県内にも多くののり産地がありましたが、現在も続いているのは内海町の田島と走島町だけです。

そもそものりはどうやって作られているのか、どのようなこだわりがあるのかなどを聞きに、3代にわたって田島でのりを作っているマルコ水産を訪ねました。

マルコ水産の製品いろいろ

マルコ水産の店舗を訪れると、多くの製品が並んでいます。まず目を引くのは、福山ブランドにも認定された佃煮です。
その名も「海苔師の生のり佃煮<極(きわみ)>」。

その年最初に収穫した「一番のり」を生のまま使い、小豆島の醤油と香川の和三盆糖、そして鞆の本みりんで煮て作った佃煮です。

筆者がイメージするのりの佃煮は、濃い味つけでご飯がいくらでも進むもの。しかし、この佃煮は違います。
調味料はおそらく最小限。だからこそ、のりの風味が生きています。

口にした途端、じわじわと沁みわたってくるのりの旨味に、数秒間すべての動きが止まりました。

これ以外にも、<極>をベースに味のアクセントとなる柚子胡椒や山椒などを加えた佃煮や、ニ番のりを使ったお手頃な「海苔師の生のり佃煮」があります。

2023年12月にテレビで紹介され、瞬く間に日本中にファンを作った焼のりが「田島海苔師の焼のり 新海苔PREMIUM」です。出すとすぐに売れてしまうそうで、この日も最後の1つが残っていただけでした。

その年最高ののりだけを選りすぐって作った特別な焼のりには、抜群の風味と旨味が凝縮しています。

巻き寿司やおにぎりにするならこちらもオススメ、と教えてもらって筆者が購入したのは「田島海苔師の焼のり 大判10枚」。こちらも香りが高く、のりの旨味がたっぷりと感じられました。

味付のりも豊富です。

まずは定番の「六切り味付のり」。

海苔師の塩のり-オリーブオイル仕立て-」にも注目してください。

さっぱりとしたオリーブオイルと塩をまとったのりは、おやつにもお酒のおともにもピッタリ。あまりにもおいしいので、フタを開けたらすぐ閉めることを自分に課しています。そうしないと、あっという間になくなってしまいますから。

マルコ水産のWebサイトにはのりを使ったレシピが多数掲載されていて、次はどれを試そうかなとワクワクしてしまいます。

マルコ水産の製品は、内海町の店舗のほか、ふくふく市や道の駅などでも購入可能です。

▼ワインバー田丸屋ではマルコ水産ののりを使っています。

旨さの秘密は「育苗」にあり

「マルコ水産ののりは、なぜおいしいのですか」。
そう訊ねた筆者に、マルコ水産の3代目海苔師、兼田寿敏(かねだ ひさとし)さんは「育苗にこだわっているからです」と答えました。

育苗中ののり 写真提供:マルコ水産

秋から冬がのりの季節

のり作りの季節は、海水温が下がる秋から冬です。海藻の一種であるのりは、海の中で胞子から発芽し、細胞分裂を繰り返して成長します。

▼のり生産のようす

10月初旬 胞子(たね)つけ

網を回して胞子をつける 写真提供:マルコ水産

のりの胞子が入った水槽で、水車をグルグルと回して網に胞子をつけていきます。
胞子は肉眼ではわからないほど小さいため、きちんと網についているか、程よい間隔でついているかを、マルコ水産では顕微鏡で確認します

顕微鏡で胞子のつき具合をチェック 写真提供:マルコ水産

網についた胞子が少なすぎても多すぎても、のりはうまく育ちません。
胞子が程よくついていることを確かめたら、海水がのりの生育に適する23℃以下になるのを待って、網を冷凍庫で眠らせます。

10月下旬 育苗

のりの干出 写真提供:マルコ水産

10月下旬ごろ、海水温が23℃を下まわると、胞子がついた網を沖に出します
米作りでいうと、田んぼに植える苗を育てる段階にあたる、育苗のステップです。

目に見えないほどの小さな胞子を、5mmから1cmの芽になるまで育てます。
育苗中のおよそ20日間は、毎日網を洗って干す「干出(かんしゅつ)」を繰り返します。

干出の目的は、育苗中にどうしても網についてしまう雑草のような珪藻類(けいそうるい)を枯らすこと。もともと潮の満ち引きがある磯に生えていたのりは、しばらくの乾燥に耐えられますが、珪藻類は乾燥に弱いのです。

育苗中は、芽の細胞がどのように育っているか、毎日顕微鏡で確認します。
乾燥耐性を持っているとはいえ、まだまだ小さな芽であるのりにとっても、乾燥は過酷な条件です。そのため、細胞のようすをしっかりと見ながら、天候に合わせて干出の加減をコントロールしています。

この育苗が、マルコ水産の一番のこだわりです。

白かった網が育ったのりの芽で黒くなる 写真提供:マルコ水産

芽が程よい大きさにまで育ったら、洗浄して脱水し、再び冷凍します。

11月下旬 本張り

網を1枚ずつ広げる 写真提供:マルコ水産

海水温が18℃以下にまで下がると、本張りが始まります
網を漁場に張ってのりを大きく育てる、米作りでいうと田植えにあたるステップです。

およそ20日間で、小さな芽だったのりが収穫できる大きさにまで育ちます。
シーズンの最初に収穫するのりは「一番のり」や「一番摘み」と呼ばれる、やわらかくて風味がよいのりです。

のりの収穫 写真提供:マルコ水産

収穫したのりをそのまま工場へと運び、洗浄・異物除去・熟成の後、成形して乾燥すると、板のりの完成です。
シーズン中ののり工場は24時間フル稼働。お正月も、のり作りに追われます。

のり作りについて、さらに詳しいお話を聞いてみましょう。

3代目海苔師、兼田寿敏さんにインタビュー

おいしいのりを作るためのこだわりなどについて、マルコ水産の営業部長、3代目海苔師(のりし)の兼田寿敏(かねだ ひさとし)さんにお話を聞きました。

のりは毎年一年生

──のりの生産から製品化、販売までを一貫して手掛けるのですか。

兼田(敬称略)──

そうです。たいていの海産物は、水揚げした姿で流通していくものですが、のりは違います。生産者が工場を持って、工場で乾燥して製品にまでするのです。
だから旨いのりを作ろうと思ったら、大事なポイントが山のようにあります

どんな品種を選ぶかに始まり、胞子つけの技術、育苗の技術、のりを育てる技術、収穫後に工場で乾燥させる技術。すべてがそろっていないと旨いのりはできませんし、どこかで失敗したらやり直せません。
そのなかでも、私たちが一番大切にしているのは育苗です。小さいときにどれだけ手をかけるかで、のりの味が決まります。

──それで、毎日顕微鏡でのりの細胞を観察するのですね。

兼田──

育苗のなかでも一番神経を使う日が、発芽から6日目です。胞子から発芽したのりは毎日細胞分裂を繰り返して、細胞の数を2つ・4つ・8つと増やしていくのですが、それまでひとつの方向にだけ伸びていたのりは、6日目を迎えると初めて縦方向に細胞分裂します。大きなストレスがかかるのか、この日がのりの一生のなかで一番弱い日です。

のりが一番弱い日 資料提供:マルコ水産

兼田──

この日にいつもと同じように干すと、のりは死んでしまいます。ですから、マルコ水産では6日目は基本的に干さないようにしています。

6日目にのりを干さなくてもいいようにするためには、このときまでに網に余計なものがついていない状態にしておかないといけません。つまり、ここから逆算して、網をどういう状態に持っていくかを考えながら育苗をしています。

しかし、のり作りのチャンスは年に1回だけです。毎年天気も違うし、海水温も湿度も違う。ですから、毎日同じ時間だけ乾かせば良いというわけにはいきません。付着しているものの量によっても、干すべき時間は変わります。私たちはのりの状態を見極めながら、そのときのベストのタイミングで網を干しています。

祖父兼田四郎(かねだ しろう)の代から始めたマルコ水産は60年の歴史がありますが、たった60回ののり作りの経験しかない。私の父である社長の兼田敏信(かねだ としのぶ)は40年やっていますが、40回しかのりを作っていないんです。私は家業を継いでまだ6年。わずか6回の経験のなかで、何が大切なことなのかを掴まなければ、のりを作れません。

私たちは「のりは毎年一年生」といっています。毎年初めてのことばかり経験しながら、なぜそうするのか?を考えて作業しています考えながらやらなければ、無駄な時間が過ぎるからです。

空から見たのりの網 写真提供:マルコ水産

一番のり、二番のりとは?

──のりを作るのにそこまで手がかかるとは、恥ずかしながらまったく知りませんでした。これからは、大切にのりを味わいます。ところで「一番のり」が風味がよいとのことですが、二番のりや三番のりもあるのですか。

兼田──

はい。のりというのは、不思議な生き物で、一番弱い6日目を過ぎるとあるとき細胞の先端をピッと切って、胞子のように飛ばすんです。そしてこの飛んだ細胞がまた網につく。これが二次芽です。そしてこれがまた育ったらピッと細胞を飛ばし、三次芽、四次芽ができます。

二次芽のでき方 資料提供:マルコ水産

兼田──

最初に芽を出した親芽が葉を伸ばして光合成をしている間、二次芽は親芽の葉のかげに隠れていますが、最初の収穫をすると二次芽にも光が当たるようになって葉が伸びてきます。これがニ番のりです。

ですから、うまく二次芽、三次芽をつけられると、シーズン中何度も収穫できるのですね。

そして、段階的に芽がつくためには、二次芽や三次芽が付着できるスペースが網にないとだめなんです。

──だから、最初に胞子を網につけるときに、つけすぎないように気を配るのですね。なるほど!

兼田──

ただ、一番のりはやわらかくておいしいのですが、水分を多く含むので乾燥が難しいんです。そしてぴかぴか光る、きれいなのりに加工しにくい。ですから、ぴかぴかに光るのりを作るために、親芽をわざと枯らして二次芽から育てるという考えもあります。

けれども、海苔屋の私たちが消費者のためにできることは、一番おいしいのりを食べてもらうことです。のりってこんなにおいしいんだよと伝えるために、私たちは大切に一番のりを育てています。

写真提供:マルコ水産

──だからマルコ水産ののりは、おいしいのですね。

マルコ水産の今昔

──おじいさんの代から60年のりを作っているとのことでしたが。

兼田──

うちがのりの養殖を始めるきっかけになったのは、水呑町の海苔師です。埋め立ての前、水呑は遠浅の海で、のりをたくさん作っていました。水呑から有明海まで養殖技術の指導に行っていたくらいの、大産地だったんですよ。

祖父は戦時中に満州でその水呑の海苔師と一緒になり、戦後に田島でもできるのではないかと技術を教わりました。それが、田島ののり養殖の始まりです。

水呑でおこなわれていたのは、浜に支柱を立てて網を張る、支柱式の養殖です。潮の満ち引きによって、自然に網が海水に浸かったり出たりするんですよ。

しかし、埋め立てによって支柱が打てるような海がなくなりました。それでのり養殖をやめた人も多かったそうです。

今、田島では、深さのある海で錨(いかり)を使い、網を固定してのりを養殖する浮き流し式をとっています。田島は昔から定置網漁が盛んなところなのですが、その定置網で発達した技術を応用しています。

漁網作りも定置網も、田島にはすごい技術があった、だから今もその技術を使ってのりを養殖できるのです。

──いろいろな要素が重なって、今ののり作りがあるのですね。ところで、のりは分類学的にいうと紅藻類、アマノリ類の生物ですよね。生物種でいうと「アサクサノリ」だと思っていたのですが。

兼田──

昔はアサクサノリを養殖していたのですが、現在は「スサビノリ」が主流になっています。また、そのスサビノリのなかにも、やわらかくて細いものとか、少し固めで成長が早いとか遅いとか、さまざまな品種があります。

──のりの色の違いも、品種の違いですか。

兼田──

品種によっても多少は色が違いますが、のりの色を決める大きな要因は海水中の栄養塩、とくに窒素です。栄養豊富な海で育ったのりは黒っぽいいい色になりますが、栄養が足りないと本来つくはずの色がつきません。

実は近年、海の栄養が不足していて、いい色をしたのりが採れる期間がどんどん短くなっています。それだけではありません。チヌ(クロダイ)による食害も深刻です。2023年、2024年と顕著に影響が出てきています。

──えっ、チヌがのりを食べるのですか。

兼田──

はい。チヌは昔からずっとこの辺りにいる魚ですが、今までこれほどの食害はありませんでした。これまで磯には海藻が生えている「藻場(もば)」がありました。藻場はさまざまな生き物のすみかにもなり、餌にも、産卵の場にもなります。光合成をして二酸化炭素を吸収する役割も担っています。チヌはこの海藻を食べていたのです。

しかし、最近この藻場が消えている。海の生態系が変わっています。餌がなくなったチヌが、のりを食べにくるようになりました。

チヌを避けるための専用の道具を父が発明し、商品化もしてきました。それでなんとか回避できていたのですが、今はこの道具を使ってもチヌが来ます。

漁場によっては、チヌにのりを食べ尽くされてしまい、1枚ののりも作れないほどです。

のりを守るために、今は1日中、船で網の周りを回って、チヌを追い払っています。大変なコストですが、そうしないとのりが採れないのです。

2代目海苔師、兼田敏信社長が考案したギョニゲール 資料提供:マルコ水産

──驚きました。海の環境がそれほど変わっているとは。

兼田──

毎日海に出ている私たちは、海の変化を肌で感じています。温暖化によって北上してきた「アイゴ」という魚が海藻を食べ尽くしていることが、藻場消失の原因ではないかと仮説を立てています。今は自分たちでできる食害対策に手を尽くしつつ、関係各所に相談したり有識者に見解をたずねたりして、新たな対策を講じようとしているところです。

のりを守り、田島の漁業を守るためには、海の環境の変化をなんとか食い止めなければいけません。そのためには、できるだけたくさんの人で考える必要があります。

それで、私たちは「マルコ新聞」を発行して、お客様に届けています。まずはのりと田島の環境に関心を寄せてくれる人を増やしたいのです。

マルコ新聞 資料提供:マルコ水産

おいしいのりを未来に残すために

マルコ水産のおいしいのりには、驚くほど多くの手間がかかっていました。
こののりを未来に残すためには、海の環境を守っていく必要があります。

一番好きなのりの食べ方はなんですかと、兼田さんに訊ねました。
おいしい焼のりをそのまま食べるのが一番ですね。あとね、焼のりを少しだけ温めて、すりおろしたわさびを挟んでピッと折って、醤油を少しつけて食べながら酒を飲むんです。
これがね、実に、旨いんですよ」

この先もずっとこの食べ方ができるようにと、願わずにはいられません。

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