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びわ湖毎日はなぜ大阪マラソンに統合されるのか?日本最古の大会が幕

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井上大仁Ⓒゲッティイメージズ

28日号砲「びわ湖」の名は残る?

日本で現在開かれている主要マラソン大会で最古となる「びわ湖毎日マラソン」が2月28日のレースで76回の歴史に幕を閉じる。福岡国際、東京と並んで国内男子マラソンの3大レースと呼ばれ、数々の名勝負を生んできたびわ湖は、大阪マラソンに発展的に統合される。なぜ歴史ある大会が区切りをつけることになったのだろうか。

大阪マラソンと統合されるのは2022年から。大会名はまだ仮称だが、「第10回大阪マラソン・第77回びわ湖毎日マラソン統合大会」とする方向のようだ。このままいけば、歴史ある「びわ湖」の名前は残ることになる。


びわ湖は1946年、「全日本毎日マラソン」として大阪で産声を上げた。琵琶湖畔で大会が開かれるようになったのは62年から。これまでは主に3月に開催され、五輪や世界選手権の男子の最終選考会になることが多かった。

88年には瀬古利彦が実質一発選考だった福岡を回避し、びわ湖でソウル五輪代表に選ばれたこともある。2000年以降で見ると、6選手がびわ湖の結果から五輪代表に選ばれた。

市民マラソン隆盛の時代にあらがえず

国内のトップだけではなく、かつてはアベベ・ビキラ(エチオピア)やフランク・ショーター(米国)ら、世界の超一流選手も走ったレースが、なぜ幕を閉じるのか。

いくつもの理由が複雑に絡み合うが、一つは「時代の流れ」である。昔はマラソンと言えば、鍛錬を積んだ競技者だけが走るものだったが、今や趣味でマラソンを走る人も多い。

そのため、びわ湖のように出場資格が厳しく、トップ選手しか走らない「エリートマラソン」よりも、1万人を超える「市民マラソン」の方が主流になってきた。統合先である大阪マラソンも市民マラソンであり、ボストンやロンドンなど世界的な大会もエリートと市民の複合大会である。

世界的に市民マラソンの人気が出る中、びわ湖のようなエリートマラソンは協賛社集めに苦労するようになった。さらに、同時期に東京マラソンが開催されるため、有力選手は賞金が高く、記録の出やすい東京に集まり(びわ湖は湖畔を走るため風の影響を受けやすい)、必然的にびわ湖の影が薄くなってしまった。そうなると、さらに協賛社集めに苦労するという悪循環になった。

主催の毎日の体力低下も

さらには、主催者である毎日新聞社の「体力」が厳しいことも大きな要因だ。戦前は朝日新聞社との2強と言われたが、1970年代の経営危機や読売新聞社の部数増加により、徐々に社としての体力が衰えてきた。全国紙でありながら、現在の部数はブロック紙の中日新聞を下回っており、びわ湖を支えていくだけの力が残っていなかった。

そして、びわ湖が統合される大阪マラソンは、業界トップの読売新聞社が共催。毎日新聞社としてはライバル社と呉越同舟になるのも、不思議な縁である。

この記事の冒頭に、来年以降もびわ湖の名前が残りそうだ、と書いたが、読売新聞社は「毎日」の名前が残るのを嫌がっていると聞く。ライバル社とすれば当たり前と言えば当たり前だが、もし、その意見が通るようなら、びわ湖の名前も残らない可能性もある。

しかし、大阪マラソンでびわ湖の伝統はどのように受け継がれるのだろうか。

現在、大阪マラソンにもエリートレースはあるのだが、規模は小さく、国内外のトップ選手は出場していない。このエリートレースを拡充していくのだという。現在は五輪や世界選手権の選考会にはなっていないが、今後は選考会の一つになる見込みだ。

そこにびわ湖のノウハウや人材がいかされていく。歴史ある大会は出身地である大阪に戻り、新たな大会として伝統をつないでいくことになる。

最後になったが、今年の大会には日本歴代4位となる2時間6分45秒の記録を持つ高久龍(ヤクルト)、2018年アジア大会金メダリストの井上大仁(三菱重工)らが出場予定。そうそうたる面々が最後の大会を彩ることになる。

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記事:鰐淵恭市

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