ファッションの分野からアーティストへ転向。服飾の技術を活かしながら生み出される、山口大樹のファンタジックな世界。
ビジュアルで魅了する各界のクリエイターに迫るTHE VISUAL PERFORMER。今回は3月に渋谷で個展を開催したばかりのアーティスト・山口大樹さんが登場。ストーリーを感じさせる作品を絵画や立体作品などで表現する山口さんは、もともと歩んでいたファッションの分野から、数年前にアーティストへと転向。服飾の技術を活かしながら生み出される、ファンタジックな世界の原点とは。
写真/個展会場にて。インタビューのために持ってきてもらった立体作品。左は実際に被れる王冠型の作品、赤いドラゴンのぬいぐるみは高さ50センチほどもある。
自分が見てきた物語の世界の一部を作品として表現している
今年3月、渋谷パルコにある「OIL by 美術手帖ギャラリー」で個展を開催した山口大樹さん。ギャラリーの壁一面に大小の絵画が並び、その鮮やかで楽しげな作品に多くの人が足を止めて見入っていた。美術大学ではテキスタイルを専攻し、ファッションの道を歩んでいたが、手作業でしかできないことを極めようと数年前にアートの世界へ。服飾の技術や知識と、持ち前の色彩感覚が存分に発揮された作品は、キャンバス、ぬいぐるみ、紙粘土の立体など多岐にわたる。ジャンルを軽やかに行き来する山口さんに、最新の個展からその創作の源について話を聞いた。
── 今回の個展のテーマについて教えてください。
今回は、過去3年間の作品を展示しました。ただ、もともと明確なテーマがあったわけではなく、展示が決まってから「核となるものが必要なのではないか」と考え始めました。しかし、なかなかしっくりくるテーマが見つからず、とにかく描き続けることで答えを探していました。その過程で、自分の作品に対する基準が変化し、より厳しい目で見るようになりました。そうして作り上げたものを今回発表したのですが、実際に展示をしてみて、ようやく「こういうことだったのか」と気づいたことがあります。それは、もともと好きだったファンタジーやSFの物語、映画の影響が、自分の作品にも表れているということです。キャラクター的な要素や空想のモチーフが含まれていて、ある意味、自分が見てきた物語の世界の一部を作品として表現しているのかもと感じました。決まった意思やコンセプトがあって作っているというよりは、できあがったものが勝手に動いているという感覚ですね。
── 子どもの頃から空想の世界に惹かれていたんですね。具体的にはどんな作品が好きでしたか?
「かいじゅうたちのいるところ」の作者モーリス・センダックや、もともとファッションが好きだったので、特に高校生の頃は、ファッションデザイナーのクリストファー・ネメスから影響を受けました。ちょっと奇抜だけど、世界観がかっこいいファッションデザイナーの人が好きで。ほかにベルンハルト・ウィルヘルムのような、自分の世界観があり「これ普通に着れるのかな?」というようなものを作っている人にも憧れました。そういう影響が、自分の作品にもあるかもしれないですね。今作っているものがどこからインスピレーションを受けているかをひと言で説明するのは難しいのですが、いろいろ見てきたものが合わさっている感覚です。
── ファッションに興味を持ちつつ、アートの道に進んだ理由はなんだったのでしょう?
服の仕事に携わってみて、服は量産しなきゃいけないという考えがずっとあって。でも、自分は一点一点を自分の手で作るほうが好きだなと思うようになりました。デザイン画を描いているときに「絵を描くのが楽しい」と感じることが増えて、一枚ちゃんといい絵を描けるようになりたいと思うようになりました。そんなときにフランシス・ベーコンの作品を見て「こんなすごい絵が描けたらいいな」と思ったのも大きかったですね。それで、大学を卒業してから少しずつ絵を描き始めました。
──個展の作品ではアクリル絵の具や布を使ったり、額装を自作するなど、さまざまな素材や技法が使われていますね。どのように選んでいるのでしょうか?
その時々で手近にあるものを使っています。例えば、ぬいぐるみなら、もともと自分が着ていた古着に、古着店で見つけた「作品にしたい」と思った服を加えたり。額も、発注すると費用がかかるので「じゃあ自分で作ろう」と思って近所のホームセンターで素材を探したり。思いついたらまずやってみる、という感じですね。
──個展のステートメントの中で、「環世界」というキーワードが出てきました。環世界はどういった経緯で出てきたのでしょうか。
「環世界」は、生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した生物学の概念です。動物はそれぞれ種特有の知覚世界をもって生きており、普遍的な時間や空間も、主体にとって独自に知覚され、その感覚をもとに行動しているという考え方です。アーティストも、それぞれの視点で表現を行います。僕の場合、雲の形に動物を見たり、壁の染みに顔を見たりするように、蓄積された記憶をたどりながら絵を描いています。それが僕にとっての「環世界」であり、見聞きした事物の投影として確かに存在するものなんです。「環世界」という言葉自体は、昨年展覧会のテーマを考えているときに読んだ本のなかで見つけました。ダニやイソギンチャク、ツバメなど、生物それぞれに時間の流れや感じ方が異なるように、人間にも個々の世界があるのでは、と思ったんです。
── お客さんの反応はいかがでしたか?
いろいろな感想をいただきました。「気持ちが軽くなった」とか「色使いが楽しい」と言っていただけたことが嬉しかったですね。制作中はネガティブになることもありますが、描き上がるとなんとなく浄化されたような気分になるんです。その感じが伝わったのかなと思っています。アートを見ることや、作品を作ることが、自分にとって楽しいことであり、癒やしなんです。あまり物事を楽しめるタイプではなかったのですが、作品を描いているときは夢中になれました。
── これまでの経歴について伺います。山口さんは多摩美術大学のテキスタイルデザイン専攻を卒業されていますが、美大に進学したきっかけは何だったのでしょうか?
高校時代に先輩に連れて行ってもらった古着店がきっかけで洋服に興味を持つようになり、そこから雑誌を読んだり、先輩にいろいろ教えてもらったりして、服を作りたいと思うようになりました。進学を考えたときに服飾の専門学校も候補にありましたが、親や先生から大学に行くことを勧められ、美術大学の中でも服作りに関わることができるテキスタイル専攻を選びました。
── 服作りは高校生の頃からしていたんですか?
高校2年生のときに、クライ・ムキの本に載っていたメンズジャケットのパターンを使って、家にあったバスタオルやシャツを解体してジャケットを作りました。手縫いと、母のミシンを使って見よう見まねで作ったのが最初の作品ですね。
── テキスタイル専攻では、どのような勉強をされたのですか?
大学では染めや織りをひと通り学びましたが、とにかく縫うのが好きだったので、縫製ばかりしていました。高校生のときに作ったジャケットの延長で、自分なりに作れるものを追求していた感じですね。
── 卒業後はアパレル関連に進まれたそうですね。
最初は地元のスーツの補正会社でアルバイトをしていました。当時はコム・デ・ギャルソンに入りたかったので、他の企業は受けずに1年間バイトをしながら準備し、翌年応募したんですが落ちてしまって。また1年後に再挑戦し、アルバイトとして入社することができました。
── ファッションへの思いが伝わったんですね。コム・デ・ギャルソンではどんな仕事をされていたんですか?
レディスとメンズのコレクションの縫製を担当していました。メンズはシャツ、レディスは細かいパーツを手縫いで作ることが多かったですね。精密な作業が求められるので、技術はかなり磨かれました。
── そこからアートの道へ進まれたのはなにかきっかけがあったのでしょうか?
ギャルソンで働きはじめてから、日々見ている世界があまりにも目まぐるしく、社員になると制作する時間が確保できないと感じました。それで退職し、アーティストの村上隆さんが運営する会社、カイカイキキに入りました。ギャラリーやグッズショップで働きながら、アーティストの作品に触れる機会が増え、アルバイトを続けながら自分の制作を優先させるためにどうしたらいいか考えて、アーティストへの道を本格的に始めるきっかけになりました。
── その後、2019年の初個展や今年の発表へとつながっていったんですね。個展を終えた今、一番やりたいことなんですか?
早く次の展示をやってみたいですね。今回は、特にストーリーを決めて作ったわけではないのですが、次はひとつの展示のなかで、物語を見ているような感覚になってもらえるようなものにしたいです。それから絵本を描くのもやってみたいです。とにかく、作ること自体が好きなので、どんどん作品制作に集中していきたいです。
ARTEMIS
個展のメインとなったF100号サイズの作品。下絵はなく、何度も色と図形を描き重ねて出てきた形からモチーフを定めるそう。
FROG PRINCESS RIVER CRUISE
具象画のようだが形は曖昧で掴みどころがなく、よく見ると下にも別の形が隠れているのに気づく。描くことで形が生まれてくるという山口さんの制作スタイルが垣間見える。
FANG
Wilsonのヴィンテージ服を使った王冠型の立体作品。2018年制作。古着店で見つけた服を「作品にしたい」と購入することもあるそう。
TWISTED DRAGON RSJ
スタジアムジャンパーを解体して作られたドラゴン。革を割いて三つ編みにしたり、ジャンパーの袖口を脚にするなど、素材の違いが生かされている。
MIND FLAYER
2月にアパレルショップで展示販売していたというキーホルダーは端切れなどを使っているそう。手縫いのステッチや布の組み合わせに技術が光る。