天井に火が回るまでの「3分間」で生死が決まる。海上自衛官出身のプロが教える、パニックでも使える“投げる”初期消火法とは?|グローアップ『はじめの火消し』
火災が発生してから、炎が天井をなめ、部屋全体が火の海と化すまでわずか「3分」。その極限状態において、人は冷静な判断を失い、重い消火器を正しく扱うことすら困難になります。
「火を消すことではなく、大切な人のもとへ生きて帰ること」
そう語るのは、元海上自衛官として、そして現役の消防団員として火災の最前線を知り尽くす株式会社グローアップの倉本泰治さん(以下、倉本)です。本記事では、守るプロがたどり着いた「投げるだけ」の革新的な初期消火法と、その製造を担う障がい者スタッフたちが「最強の戦力」として発揮する驚異の手仕事、そして消火剤が「肥料」に変わるという世界初の技術に迫ります。
奈良県大和高田市から世界へ。命を守る現場で今、何が起きているのか。常識を覆す防災の最前線を紐解きます。
異業種からの挑戦と『はじめの火消し』との出会い
ーーまずは、倉本さんがなぜこの事業にチャレンジしたのかという背景からお聞かせください。
倉本)株式会社グローアップの代表である米田も私も、もともとは他の業界の人間でした。その業界は、お客様からお預かりしたものを100%正確に、きれいに仕上げることが“当たり前”の仕事です。できて当たり前。いわば「100点満点から、いかに減点されないように動くか」という引き算の仕事でした。もちろんやりがいはありましたが、どこかで“お客様に直接感謝される仕事がしたい”と感じていたのも事実です。
ーーそこから、どのようにして『消火剤』というまったく異なる分野へ飛び込むことになったのでしょうか。
倉本)実は、現在の『はじめの火消し』の原型であり、昭和58年に世界で初めて開発されたという消火剤の広告物を私たちが担当していました。
私にとっては、1つの仕事であったものの転機は、当時101歳だった私の祖母に何気なくこの製品の話をしたことでした。「それはすごいな」と心底感心してくれた祖母の姿が、私の胸にストンと落ち、こんな風に心から「ありがとう」と言ってもらえる、足し算のモノ作りをしようと決めたんです。
ーー工場として選ばれたのは、奈良の大和高田市ですね。ここにもこだわりがあったのでしょうか?
倉本)大阪出身の米田と私にとって、奈良には当初あまり縁がなかったのですが、工場を探していた時にたまたまこの元スーパーの跡地が残っていて。敷地も広くて、価格も折り合いがついた。「工場にもってこいだ」ということでスタートしたそうですが、実際にここに来てみると、地域の人たちの記憶が詰まった場所だったんです。
株式会社グローアップ 倉本泰治さん
命を守る「3分間」の壁と、元自衛官・消防団員の視点
ーー『はじめの火消し』の機能面について伺います。こうした消火剤の価値、その中での『はじめの火消し』の価値はどんなところにあるのでしょうか?
倉本)火災において、最も重要なのは“初期消火”です。火が天井に達するまでにかかる時間は、わずか2分30秒から3分。カップ麺ができるのを待つ間の、あの短い時間です。天井に火が回ってしまったら、もう消火器一本では太刀打ちできません。
私は消防団として東京都足立区で活動しているのですが、ボヤも含めて信じられない数の火災が起きています。現場に駆けつけたときには、たった数分で手が付けられないほど延焼していることも珍しくなく、そのたびに「もっと早く、誰でも使える道具があれば」と悔しい想いをしてきました。
ーーだからこそ『はじめの火消し』のような“投げるだけ”という形が重要なんですね。
倉本)消火器は、いざという時に重くて持てなかったり、安全ピンを抜く手順を忘れてしまったりすることがあります。でも、この『はじめの火消し』はボトルを火元に投げ入れる、誰でも直感的に使えると言うのが大きなポイントです。
もちろん消火能力にも自信を持っています。消火器実験(第2模型)で使用する木組みで屋外にて消火実験もしています。誰でも直感的に使えてかつ消火能力も高い、それが『はじめの火消し』です。
ーー消火した後のことまで考えられているとお聞きしました。
倉本)「再発火のしにくさ」はとても重要視しています。木材火災の場合、水で表面を消しても、芯に火種が残っていれば数分後にまた燃え上がってしまいます。ですが、『はじめの火消し』の薬剤は特許を取得しており、アンモニアと炭酸カリウムの反応で窒素ガスや炭酸ガスを出し、酸素を遮断しつつ冷却も行います。実際に消防職員の方に試してもらった際にも、その点について非常に感心していただきました。
さらにおもしろいのが、この薬剤の副産物です。社内実験ではありますが、アンモニアなどの成分が植物に良い影響を与えることで、消火薬剤を200倍~300倍に希釈をして弊社花壇に撒いたところ、植物が長い間イキイキとしており、肥料にもなることが実証されました。火を消した後の環境に負荷をかけないどころか、再生を助けることにもなっている、この商品の技術力には絶対の自信を持っています。
障がい者スタッフとともに歩む、丁寧なモノ作り
ーーグローアップの工場には、多くの障がいのあるスタッフがいらっしゃると伺いました。
倉本)現在スタッフは全員で8名ですが、そのうち4名が障がいのあるメンバーです。障がい者雇用率50%です。もともと工場長がジョブコーチの資格を持っていて、支援の経験が豊富だったこともありますが、私たちにとって彼らは「補助」ではありません。第一線の「戦力」なんです。そのうち1名が現在現場運営リーダーとしてジョブコーチの資格も取得し第一線で活躍しています。
ーーどのような作業を担当されているのでしょうか?
倉本)ボトルへの充填、キャップ締め、シュリンク包装、箱詰めから発送まで、作業はすべて障がいのあるスタッフが担っています。これが本当に、驚くほど丁寧で早いんです。
ーー倉本さんから見て、彼らの働きぶりはどう映っていますか?
倉本)彼らは自分の仕事に、とてつもない誇りを持っています。「今日は注文が少ないからゆっくりでいいよ」と言っても、「いや、作ります!」と。自分が作ったこの一本が、誰かの命を救うかもしれない。その使命感を、私たち以上に純粋に持っている。
逆に、私たちは作ってくれた商品を売るのに必死です。良い意味で止めても作ってくれるのでどう世の中に届けていくかを必死に考えています。
防災を自分ごと化し、奈良から世界、そして未来へ
ーー今後の展望について伺います。『はじめの火消し』という製品を広めるだけでなく、防災意識そのものを変えていきたいという想いを感じます。
倉本)防災は、皆の意識の中でどこか「誰かがやってくれるもの」になりがちです。ですが、本当に身近な人にこそ“自分ごと化”してほしいと心から思っています。
我が家では、地震や火災が起きた時の「ミッション」として、出口を確保する担当や、ブレーカーを落とす担当を家族で決めています。もともと私は海上自衛隊に所属していた経験からの教訓ですが、役割があると人はパニックにならずに動くことができます。日頃から「私はこう動く」という会話を家族でするだけで、生存率は劇的に上がります。
国や地域など、広い世界で物事を考えるのは難しいですが、それぞれの家庭のような小さい世界であれば自分の役割を実感することができると思います。
ーー製品の「肥料になる」という特性を活かして、世界への貢献も考えていらっしゃると伺いました。
倉本)世界中で森林火災が深刻化しています。そうした際の消火活動は、ヘリコプターで真水・海水を撒くのが主な方法です。ですが、海水は塩害で土をダメにしてしまいます。弊社の消火剤であれば、火を消すだけでなく、先に撒く事により火の延焼を少しでも抑えることが可能です。
残念ながら、まだ制度や認定の壁に阻まれて実現していませんが、この奈良の大和高田から、いつか世界の森林火災を救い、地球の緑を守りたい。それがグローアップのメンバー全員の壮大な夢になっています。
ーー世界を守ることもできる、壮大な想いを感じると同時に、初期消火という何かあったときの身近な対応についても意識が高まりました。
倉本)『はじめの火消し』を広め、皆さんに「火事になったら火を消すな、生きるために投げろ」と言いたいです。火災に気づいたとき、もし天井に火が届きそうなら、迷わず逃げてください。でも、逃げる時に足元に火が迫っていたら、このボトルを叩きつけてください。あるいは、薬剤を染み込ませたタオルを被って逃げてください。
私たちのゴールは、火を消すことではありません。皆さんが「生きて、大切な人の元へ帰る」こと。そのための「はじめの一手」を、僕らはこの奈良の地で、最高の戦友たちと共に、これからも作り続けていきます。
ーーありがとうございました。