日本が宇宙ビジネスの遅れを取り戻すために
現在の世界の宇宙ビジネスの中で、日本の存在はかなり小さい。また世界一の宇宙ビジネス大国のアメリカでは民間主導でビジネスが拡大しているが、日本は官需依存の構造から抜け出たとは言い難い。そのほか研究開発費が少ないなど課題も多い。
とはいえ、日本でも「宇宙スタートアップ」はすでに100社に達し、その中には世界に先駆けて技術開発した会社も含まれる。上場して資金調達する会社も増えている。日本の宇宙ビジネスの先行きに過度に慎重になる必要はないが、競合が激しいのは事実だ。価格競争が顕著な事業分野もある。やみくもに事業領域を広げたり、深掘りしたりするのは得策ではない。宇宙ビジネスの個々の事業領域を理解して、戦略的なアプローチをとることが重要だ。
世界のロケット打ち上げ数は増加傾向だが日本は……
世界のロケット打ち上げ数は増加傾向にあり、2012年の77回と比べて10年後の2022年は過去最高の178回だった。1位のアメリカは84回で、そのうち7割強の61回が民間のSpaceXによるものだ。2位の中国は62回で、長征シリーズを中心に、複数の民間企業もロケット打ち上げに参入している(「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」経済産業省 2024年3月)。
一方、日本のロケット打ち上げ数は年間3、4回程度、2018年のような多い年でも6回で、2022年はゼロだった。ロケットの打ち上げ数だけでその国の宇宙ビジネスの実力や技術力が決まるわけではない。それでも、宇宙関連機器の製造を除けば、ほとんどの宇宙ビジネスが宇宙空間を活動の場としており、地球と宇宙空間との間の輸送は、宇宙ビジネスの重要分野だ。
そしてロケットは、宇宙空間への現在唯一の人や物資の輸送手段だ。その意味で、特にアメリカと比べて極端に少ない日本のロケット打ち上げ数は、日本の宇宙ビジネスの出遅れを端的に表すと言えよう。
なお、世界の打ち上げ数増加の背景には、打ち上げコストの低減がある。大型ロケットの打ち上げコスト(単位質量あたりの打ち上げコスト)は、1980年代のスペースシャトルでは、US$54500(約850万円)/キロ程度だったが、2010年に初打ち上げのSpaceXのFalcon9はUS$2720(約42万円)/キロにまで低減した(‘How SpaceX lowered costs and reduced barriers to space’:Wendy Whitman Cobb 2019年3月1日)。
さらに2018年に初打ち上げのFalcon HeavyではUS$1500(約23万円)/キロにまで低減した(‘Cost of space launches to low Earth orbit’:Our World in Data)。打ち上げコストの低減により、世界では宇宙へのアクセスはより容易になりつつある。
宇宙開発は国家主導から民間主導へ
かつて宇宙ビジネスは国家主導で行われていた。しかしアメリカのNASA(National Aeronautics and Space Administration:航空宇宙局)がスペースシャトルの退役後を見据えて2005年にCOTS(Commercial Orbital Transportation Services)を導入したことで流れが変わった。
COTSとは、国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)への物資の輸送を担う民間の宇宙ベンチャー企業の育成プログラムを指す。ロケットなど低軌道への輸送システムの開発を支援する。支援された企業は、NASAから先端技術の継承と資金補助を受けられる仕組みになっている。
2006年に行われたCOTSの第1回目の公募で選ばれたうちの1社が、イーロン・マスク率いるSpaceXだ。その後も様々な民間企業が宇宙ビジネスに参画し、2020年にはスペースシャトル退役後アメリカでは9年ぶりに、SpaceXの有人宇宙船Crew DragonがISSへ到着した。
アメリカにおける宇宙ビジネスの主役はスタートアップ
世界の宇宙ビジネスの市場規模はUS$384B(約58兆円)。全体の4分の1が政府予算、約4分の3が民間衛星・打ち上げ関連(‘2022 Global Space Economy at a Glance’:BryceTech)。アメリカは世界の宇宙ビジネス市場の約半分を占めると推定される。
市場拡大の牽引(けんいん)役は、‘new space’と呼ばれるスタートアップだ(逆に政府機関の計画に沿って事業を行う企業体を‘legacy space’あるいは‘old space’と呼ぶ)。宇宙スタートアップのなかでも、アメリカのSpaceXはとび抜けた存在だ。SpaceXのロケット打ち上げ数は世界全体の約半分である一方、衛星を利用したインターネット接続Starlinkなどに事業分野が広がっている。
アメリカでは2020年ごろからSPAC(Special Purpose Acquisition Company : 特別買収目的会社)制度を利用した宇宙スタートアップの上場が相次いだ。これには、リチャード・ブランソンが設立した有人宇宙旅行のVirgin Galacticやロケット打ち上げでSpaceXに次ぐRocket Lab、衛星から地球のデータを収集するPlanet Labsなどが含まれる。
日本でも宇宙スタートアップが育ちつつある
経済産業省によると、日本の宇宙産業の現在の市場規模は約4兆円(経済産業省ホームページ)であり、世界市場の中での存在感は小さい。日本の宇宙開発は、伝統的に政府機関主導の下、legacy spaceの三菱重工業、三菱電機、川崎重工業などの大手重工メーカー・大手電機メーカーを中心に進められてきた。
最近は、日本でも宇宙スタートアップが育ちつつあり、その数は約100社に達する(日本経済新聞 2024年5月13日)。それらの中で、世界トップレベルの観測衛星である高精細小型SAR衛星を開発したQPS研究所など、株式市場に上場して資金調達する会社が増えつつある。
宇宙ビジネスの事業領域は幅広い
宇宙ビジネスの事業領域については、明確な定義やコンセンサスがあるわけではない。しかし一般的には、ロケットや人工衛星の打ち上げを含む輸送は言うに及ばず、宇宙関連機器の開発・製造や宇宙空間を利用・活用したビジネス、さらには宇宙空間での活動を地上でのサービスや製品に反映させたビジネスなど、宇宙に関連する政府および民間の企業体による経済活動全般を指し、具体的には以下の項目が含まれる。
宇宙関連機器の開発・製造
ロケットや人工衛星などの飛翔体および衛星データを取得するための基地局の開発・製造。H2Aロケットの打ち上げには100万点の部品が必要で1000社のサプライヤーが関わる大規模な事業。最近は価格競争が顕著。
輸送
ロケット打ち上げ数で日本は劣後。輸送能力の向上とコスト低減が課題。日本でもスタートアップによる小型・中型ロケット開発への参入が見られる。
小型衛星コンステレーション
安価な小型衛星を小型ロケットにより大量に打ち上げ、多数の小型の人工衛星を連携させて一体的に運用する仕組み。地球観測や通信衛星の分野で、衛星ブロードバンド通信など新たな価値や機能を生み出す成長分野。
通信衛星
通信の高速・大容量化に伴い、通信衛星ビジネスは静止軌道から低軌道に移行。小型衛星数百から数万機を軌道上に配備するメガコンステレーションをSpaceXやOneWebなどが推進。競争は激しい。ただし現在、高速・大容量・セキュアな通信ニーズに対応するため、低軌道衛星間での光通信技術の導入が必要であり、各国で技術実証が行われている。日本ではJAXA(Japan Aerospace Exploration Agency :宇宙航空研究開発機構)およびNICT(National Institute of Information and Communications Technology:情報通信研究機構)が実証事業を実施。ここは日本が強みを持つ分野。
地球観測衛星
地球観測衛星は、リモートセンシング技術を使って地球の様々なデータを測ることを目的とした人工衛星。目的に応じて色々なセンサー(測定器)を搭載。気候変動、都市開発、農業の分野での利用が市場の約半分を占める。
衛星測位システム
スマホアプリで利用できる位置情報システムは、軌道上の測位衛星によって提供されている。アメリカのGPS(Global Positioning System)もそれらのひとつ。日本でも、準天頂衛星システムが運用されている。今後位置情報が高精度になることにより、高齢者の見守りや自動運転など様々なシーンでの活用が見込まれる。
軌道上サービス
軌道上には故障した人工衛星や打ち上げに使われた上段ロケット、爆発・衝突して発生した破片などの宇宙ゴミ=スペースデブリが存在しており、これらを回収するサービスを提供するビジネス。また人工衛星の軌道修正や燃料補給など、人工衛星の長期運用をサポートするサービスも出てこよう。
宇宙旅行
現在宇宙旅行は三つのタイプに分類できる。サブオービタル旅行は、宇宙空間に数分間滞在して無重力体験をしたのち地球へ帰還する。オービタル旅行は、地球を周回する軌道に入る旅行で宇宙空間に長く滞在。三つ目は深宇宙旅行で、地球の周回軌道を越えて、月や火星を目的地とする。アメリカのVirgin Galacticがサブオービタル旅行のタイプのツアーを販売している。Virgin Galactic は2023年に、この会社として初めて有人の商業宇宙飛行を成功させたが、この時乗客は3名おり、チケット代金としてそれぞれUS$450000(葯7000万円)を支払った(BBC News 2023年6月29日)
宇宙資源探査・開発
月や小惑星での宇宙資源の探査・開発を目的とする事業。アメリカのアルテミス計画では、日本を含む国際パートナーと協力し、有人月面着陸および基地の建設を目標とする。基地を設ける理由は、燃料としての活用も可能な「水」を見つけて宇宙開発に役立てること。
宇宙関連機器の開発・製造は価格競争が顕著
宇宙ビジネスの遅れを取り戻すために、ロケットの開発・製造に資源や投資を集中し、打ち上げ数の増加を最重要目標とするような政策やビジネスのやり方は、賢明とは言えない。ロケットを含む宇宙関連機器の市場は価格競争に陥っているからだ。
以前はロケットの開発・製造技術は一部の政府機関が独占していたが、今や技術は成熟化が進み、民間や国際間で広がっている。競争激化と技術革新でコスト低下が進み価格は低下。先述の通りSpaceXのFalcon Heavyの打ち上げコストは1キロあたり1500US$(約23万円)だが、2024年2月17日に打ち上げに成功した日本のロケット、H3は1キロあたり77万円程度と推定され(H3 TF2 Press Kit:JAXA)、コスト面だけを見ると苦戦することも予想される。
もちろん今後宇宙ビジネスの領域が広がって宇宙空間で活動する企業の数が増えてくれば、人や物資を運ぶ輸送の役割は今にも増して重要になる。安全保障の観点からも、ロケットを始めとする輸送関連機器の研究・製造・開発は続けなければならない。それでも、コストの低下により宇宙関連機器は技術面、機能面、品質面での差別化がしづらくなっており、必然的に価格競争に陥るリスクが増す。
なお日本は小型衛星の開発・製造が得意なので、小型衛星コンステレーションはビッグ·チャンスだという見方もある。しかしこの分野もSpaceXやAmazonなど早期にこの分野に参入したプレーヤーが、衛星軌道の割り当てで先行者利益を得る構図となっており、後発組はハンディを負いながら競合しなければならない。
注目すべき3分野:地球観測、軌道上サービス、月面開発
では、現状をふまえて宇宙ビジネスはどのように発展していくのだろうか。
注目すべき分野を3つ、今後の展望とあわせて紹介する。
(1)地球観測
気候変動や安全保障などの環境変化により、リモートセンシング衛星を用いた地球観測のニーズが増している。観測したデータの活用例としては、洪水の被害規模予測、経済活動の分析・可視化、水道管の漏水リスク管理などマクロからミクロまで多岐にわたる。
最近は世界中で民間企業による地球観測衛星コンステレーション計画が進展しており、これらの企業には日本のスタートアップのアクセルスペース、QPS研究所、Synspectiveも含まれる。コンステレーション化により、観測からデータ利用までの時間が大幅に短縮されて機動性が増し、安全保障やビジネスでの用途が拡大している。
現在は気候変動、都市開発、農業の分野での利用が市場の約半分を占める。しかし今後、衛星から得られたデータの分析や二次利用で付加価値が高まれば、それらを利用する産業や企業の拡大により、需要は着実な増加が見込まれる。
(2)軌道上サービス
宇宙空間の利用の拡大により、今後宇宙空間での様々な問題や課題、難点などが続出することが予想される。これらの諸問題に正面から向き合い、ソリューションを提供するサービスや製品は、当然ながら有望なビジネスになり得る。
すでに顕在化している問題として、使用済みの人工衛星などが軌道上に滞留するスペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題がある。スペースデブリの除去を手掛ける日本のスタートアップのアストロスケールは、その技術が欧米に先行しており、世界的に注目を集めている。2022年には衛星同士の衝突回避の研究について欧州宇宙機関(European Space Agency:ESA)と契約を結んだ。
軌道上のサービスはスペースデブリの除去にとどまらない。衛星への燃料補給に始まり、修理・交換や寿命延長サービス、さらには軌道上での製造組み立てや宇宙での太陽光発電など、様々な軌道上サービスの構想や実証や実用化が国内外で絶え間なく進められていくと考えられる。
(3)月面開発
アルテミス計画はアメリカが提案する月面探査計画であり、日本も2019年10月に計画への参加を表明している。日本は最初の8ヶ国の署名国の1つである。現在各国の分担に従って、JAXAによる官主導ビジネスや官民協力プロジェクトなどが立ち上がっている。
この計画は立ち上がり当初は官主導で推進されるが、将来の月面利用の本格化に際しては、民間主導への転換が予想される。そのため、計画が立ち上がった現在のタイミングで月面開発ビジネスへの関与をスタートさせることには意味があると考える。
政府は2024年3月28日に「宇宙技術戦略」を策定した。民間企業を主体とした商業化に対する開発支援の道筋を示すことが、この戦略の目的だ。中でも「月面探査・開発」は、宇宙科学・探査分野の大きな柱だ。アルテミス計画で参加各国が実施する月面開発の中で、民間事業者が地球上での技術を発展させて宇宙転用することにより、新たな産業の創出を目指している。
政府は本気だ。宇宙スタートアップのispace(アイスペース)が2023年10月に、経済産業省が実施する「中小企業イノベーション創出推進事業」において、予算額120億円の補助対象事業として採択(テーマは「月面ランダーの開発・運用実証」)されたことは、政府の月面開発に対する期待の大きさを表しているといえよう(日経クロステック 2024年4月3日)。
執筆者:フロンティア・マネジメント株式会社 沖野 登史彦