Yahoo! JAPAN

和楽器が奏でる新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』サントラ  尾上菊之助の思いを具現化した新内多賀太夫にインタビュー

SPICE

新内多賀太夫

尾上菊之助主演で2019年12月に新橋演舞場で上演された新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』のサントラ配信が2021年5月5日(水)から開始される。原作の世界観を古典歌舞伎のさまざまな要素と融合させて評判となった舞台は、ディレイ・ビューイング、テレビ放送、DVDとブルーレイを通しても多くの人の知るところとなり、サントラを望む要望が多く寄せられたという。

その楽曲は、映画で有名な名曲を歌舞伎の舞台に馴染むよう編曲したものと、新たに曲を書き下ろしたものとに大別される。配信されるのはそれぞれ3曲ずつ計6曲、編曲は風の伝説』『王蟲との交流』『鳥の人、作曲がナウシカのテーマ』『クシャナのテーマ』巨神兵のテーマだ。

手がけたのは新内節冨士元派七代目家元であり、邦楽だけでなく西洋音楽にも造詣が深く劇伴制作でも活躍している新内多賀太夫だ。制作秘話を含め、多賀太夫が曲に込めた思いを聞いた。

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』舞台写真


■ナウシカは篠笛、クシャナは箏

「大前提として思ったのは、歌舞伎を知らないナウシカファンに納得してもらえる音楽にしたいということで、それは菊之助さんも同じでした」

その菊之助にはあるこだわりがあった。それは使用する楽器はすべて和楽器にしたいというもの。

「オーケストラの金管楽器と木でできている和楽器とでは音圧が違います。耳慣れた久石譲さんのあの曲のダイナミックさを和楽器でどう出すことができるか……。多重録音で音に厚みをもたせたり、高い音の出る篠笛を使って派手にしたりすることで一つひとつ問題をクリアしていきました」

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』舞台写真

使用した楽器は大きくわけて笛、尺八、胡弓、箏、三味線の5種類で、それぞれ複数のものを使い分けている。まず行ったのは、民族やキャラクターを象徴する音の色分けだ。

「風の谷の住人であるナウシカは篠笛のイメージ。優しくて凛としていながら色気も感じさせる菊之助さんのナウシカにふさわしい音色にしたいと思いました。そこで繊細で美しい音色でありながら、男性に負けない強く太い音を出せる女性にお願いしたところ、これがぴったりでした。またナウシカには巫女に通じるものを感じていたので巫女鈴を取り入れ、それだけだと音が寂しいのでもう少し強い音の出るスレイベル(直訳するとそりの鈴。馬具から発展した楽器)を重ねています」

『風の伝説』、『ナウシカのテーマ』を改めて聴くとその効果がよくわかる。

同じ風の谷のキャラでも尾上松也が演じたユパの音楽には音に深みのある縦笛の尺八だ。

新内多賀太夫

「『風の伝説』の一番盛り上がるところには中低域の尺八です。ユパが遠くから見守ったり直接助けたりしながら篠笛のナウシカを支えているような旋律の動きを意識しました」

中村七之助が演じたトルメキア王国の皇女クシャナは箏。

「力強く、きらびやかに、とにかく派手にしたいと思いました。その後ろに聞こえるのは胡弓で、胡弓には虫の哀しい叫びを託しました。お箏がそれを踏みつけるかのように華やかに流れるという構成。自然の悲哀はこの作品の大切なテーマのひとつですが、それには胡弓の音色がぴったりですから」

哀感漂う胡弓の調べは西洋のどの楽器にも代えがたいものがある。そしてそこには次のような思いも託されていた。

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』舞台写真

「幼少期から兄たちに虐げられて来た彼女は、自分を見るかのように疎まれる存在である虫を嫌っていたのではないか……。だから華やかなお箏の背景に胡弓があったらおもしろいだろうと思ったんです」

■和洋の融合と意外性の効果

和楽器による演奏をこだわりとしているものの、実は例外がある。

「描かれているテーマのひとつに人間対機械という構図があります。和楽器で表現している人間に対して、機械的な音がほしいと思いました。そこで現代音楽っぽい機械音をチェロで弾いてもらうことにしたんです」

それが『巨神兵のテーマ』だ。

「まず能管で怪しげな雰囲気を出してもらい、そこにベースのように低い音でダンダンダンダンダンとお箏を鳴らし、奥の方でチェロがギィーという機械音を響かせる。奏者はひとりですが、重ねて録音し3人分くらい弾いてもらいました」

ナウシカがメーヴェで宙乗りをする場面に使用されるのが『鳥の人』。当然、篠笛が活躍することになるが、ネックとなることがあったそうだ。

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』舞台写真

「フルートなどの西洋楽器と違って穴を指で直接押さえる篠笛で、原曲のメロディをあの速さで演奏するのはすごく難しいんです。なので音を少し間引きました。実は録音した音源は厳密に言えばちょっと音がヨレているところがあるんですが、躍動感たっぷりですごくよかったので敢えて1テイク目のそれを使いました。ただまさかこの曲が夜の部でああいう使われ方をするとは思いませんでした」

この舞台は映画の先の物語も含めた宮崎駿原作の漫画全7巻を、歌舞伎の“通し狂言”として上演したもの。つまり昼の部、夜の部を通して物語が完結する大作なのである。昼の部はナウシカがメーヴェに乗って飛び立ち幕となる。

そして夜の部。登場人物紹介を兼ねて物語の前半を観客に知らしめるプロローグで、廻り舞台とせりを効果的に使ったナウシカの登場シーンでも『鳥の人』が流れたのだ。

「これは宙乗りの曲という認識でしたから、ナウシカが舞台後方からゆっくりと回転して真ん中に現れ、そこに『風の谷のナウシカ』というタイトルが映し出されたのを目にした時は驚きました。そしてそれがとてもうまくはまっていたのでうれしかったです。演出のG2さんに感謝しています」

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』舞台写真

これらの曲に加え、いわゆる歌舞伎につきものの黒御簾音楽などさまざま音を含めると関わった曲は200曲以上。

「ナウシカの世界観を壊してはいけない一方、歌舞伎でなければいけない。そのバランスは難しく、お稽古風景を拝見して、曲の速さを調節したり、楽器構成を変化させたりとずっと試行錯誤の繰り返しでした。正直、ちゃんと幕が開けられるのだろうかと直前まで思っていました」

■ナウシカの世界観の中でせりふに寄り添う

そんな中で常に心がけていたのは「せりふが立つようにする」ということだった。

新内多賀太夫

「他の劇伴をつくる時はキャラクター重視でそのイメージでまず曲をつくってしまうのですが、今回は台本を読み込みました。そしてこの役者さんならこんなふうにせりふを言うだろうというのを想像し、その邪魔にならないように気をつけました。役者さんが感情を乗せてせりふを発した時に、そこに何となく音楽が寄り添っているほうが歌舞伎の場合はいいと思ったんです。そうはいうものの、この5文字に10秒もかけるのか! ということもあり、一筋縄ではいきませんでした」

スタッフ、キャスト一丸となっての努力の甲斐あって舞台は大成功。サントラを望む声まで上がった。

「歌舞伎では珍しいことですから本当にうれしいです」

制作の過程では苦しみと同時に喜びも大小さまざまあったようだが、何より忘れられないのは初日昼の部の幕開きの光景。プロローグから本編に入りテーマ曲が流れた時だ。

「客席がわーっとなって拍手が起こったんです。あの時にこれでよかったんだと思えました」

そして今、音源だけを聞いていると、その場面はもちろんのこと原作、映画、歌舞伎それぞれにおける心に残るシーンが目に浮かんでくる。

「そんなふうにこれが相乗効果となって、それぞれの世界が広がっていったら何よりうれしく思います」

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』舞台写真

取材・文=清水まり  撮影=塚田史香

【関連記事】

おすすめの記事