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アイナ・ジ・エンド、夏焼雅と鈴木愛理、=LOVE野口…… アイドルが深化するシンガーとしての境地|「偶像音楽 斯斯然然」第51回

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アイナ・ジ・エンド、夏焼雅と鈴木愛理、=LOVE野口…… アイドルが深化するシンガーとしての境地|「偶像音楽 斯斯然然」第51回

初のソロアルバム『THE END』で、ボーカリストとして、シンガーソングライターとして、新しい境地を見せたBiSHのアイナ・ジ・エンド。今回は同作を皮切りに、夏焼雅、鈴木愛理、藤川千愛、野口衣織(=LOVE)、三品瑠香(わーすた)、一ノ瀬みか(神宿)など、元アイドル/現役アイドルたちの“シンガー”としての側面を掘り下げる。“アイドルとは? アーティストとは?” 時に大きな論争を巻き起こすこのテーマについても、冬将軍が持論を展開する。

『偶像音楽 斯斯然然』
これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週土曜日更新)。

アイナ・ジ・エンド、初のソロアルバム『THE END』は多方面からボーカリストとして高い評価を受けていた彼女が、シンガーソングライターとしての才華を見事に表現した作品である。唯一無二のボーカルスタイルは、これまでもMONDO GROSSOやSUGIZOといった錚々たるアーティストとのコラボにて、BiSHとは異なる境地を開拓してきた。本作では作詞作曲というアーティスティックな側面にて、繊細な作家性からなる1つの世界観を見事に表している。決して派手な印象はないのだが、聴けば聴くほどに奥ゆかしさを感じることができる作品だ。

同時に、アイドルとは? シンガーとは? アーティストとは? そんなことを改めて考えさせられた。

アイナ・ジ・エンド シンガーソングライターとしての境地

亀田誠治をサウンドプロデューサーとして迎えることによって、オルタナティヴな女性アーティストとしての姿を顕在化させた印象も強く、単刀直入にいってしまえば、どこか椎名林檎を想起させるところも多い。亀田の印象的なベースライン&サウンドメイクもそうだが、西川進(Gt)、皆川真人(Pf)、河村“カースケ”智康(Dr)……といった亀田ワークスではお馴染みのバックミュージシャンもそうした色を濃くしている。ライブサポートには名越由貴夫(Gt)が参加しているというではないか。

アイナ・ジ・エンド - 金木犀 [Official Music Video]

柔らかいメロディの「金木犀」。穏やかなピアノの旋律で優しく包み込むような歌声、と思えば後半は怒涛のファズベースが猛り狂う。淡々としながらも突如スイッチの入ったボーカルの緩急が美しい「ハロウ」。無機質ながらも奇抜なベースのパッセージと突如襲う爆撃ギターは亀田&西川コンビだから成せる業。そうしたオルタナティヴロックのアプローチが印象的でありつつも、「きえないで」のどこか童謡的な旋律、「日々」のアーシーな響き、「死にたい夜にかぎって」のおおらかなアコースティック……という歌謡曲〜ニューミュージック〜J-POPという普遍的な手法の中で、さまざまなボーカルの表情を見せている。表現というよりも、まさに表情というべきもの。楽曲に合わせたボーカルスタイルではなく、そのボーカルこそが楽曲そのものであるという趣きだ。アレンジに関しても、歌に寄り添ったりあえて離れてみたり。必要最低限の音で構築されている。歌、質感、聴き心地……、いろんな意味で、BiSHでは感じることのできなかったアイナの魅力が浮き彫りになっている。

アイナ・ジ・エンド - ハロウ [Dance Movie]

BiSHでは、セントチヒロ・チッチにアユニ・D……、といった個性派ボーカリストの中でのアイナという存在。ソロ作品では当たり前だが、最初から最後まで独壇場である。歌の見せ方も見え方も異なって当然。音楽の方向性も異なる。しかしながら、個人的に1番大きな違いを感じたのは、ボーカルの息遣い、もっというならばディレクションの違いだ。

言わずもがな、BiSHのサウンドプロデューサーは松隈ケンタ。ハードなバンドサウンドを基調としたサウンドプロダクトに定評がある。さらにはそうしたバンドサウンドに合わせたボーカルのディレクションだ。バンドのグルーヴに添うブレスとアクセントの強化、日本詞のイントネーションをズラしながら英詞っぽく聴かせ、そこに“しゃくり”と“がなり”が加わって、WACKらしさともいえるボーカルスタイルが完成される。そうした松隈プロデュースの下、ブリティッシュシンガーのようなスモーキーでハスキーな声を全面に出した、アイナのあの独特なスタイルが生まれた。自分のスタイルが完全に確立された現在、彼女自身が赴くままに歌ったらどうなるか? その答えがこの『THE END』にある。

アイナ・ジ・エンド - NaNa

「NaNa」で聴けるスカしたようなクールな響き、「静的情夜」のアクセントをなくした平らな歌い方はこれまでなかったものであるし、「STEP by STEP」はロック色を見せながらもわざとすっぽ抜けたような力まない歌い方に徹している。どこをどう聴いてもアイナでありながら、BiSHでは見せてこなかった、いや、新たに開花したボーカルスタイルであるだろう。個人的に以前からアイナはBjörkに通じる狂気性があると思っており、そういう意味ではSUGIZOによる「光の涯」の神秘性を放ちながらも隣り合わせにある怖さ、これを聴いてみたかったのだと心底思った。今作ではその狂気性のダークサイドというべき「虹」が持つ和情緒な不気味さ、さらには、アルバム収録曲ではないのだが、ダークウェーヴをオルタナティヴロックで昇華した「誰誰誰」にグッときた。

アイナ・ジ・エンド - 誰誰誰 [Official Music Video]

そして、『THE FIRST TAKE』で聴ける「オーケストラ」は、こうしたソロアルバム制作で得たものを彼女なりに解釈し直したものであろう。ソロ活動での経験値が今後のBiSHにどう反映されていくのか楽しみになる歌である。

アイナ・ジ・エンド - オーケストラ / THE FIRST TAKE

このソロアルバム『THE END』はアイナにとって、BiSHにとっても重要なものであると同時に、シーンにおいても大きな意味を示したといっていい。何を示したのかといえば、アイドルとしての可能性を大幅に拡げたことだ。現在のBiSHがアイドルなのかという捉え方は人それぞれだと思うが、BiSHがアイドルの可能性を拡げたことは間違いない。さらにそのBiSHの中心人物であるアイナが、こうしてシンガーソングライターとしての存在をしっかり知らしめたことは、アイドルが活動し、深化していく1つの完成型を世に示したといっていいだろう。しかも、グループが活動中でのこと、ということも大きな意味があったように思えてならない。ソロ活動がよりグループの活性に繋がっていくことが明白であるからだ。それは、バンドという新たな道で、WACKグループとして初の日本武道館のステージに立ったアユニ・DのPEDROも同じである。

PEDRO / 東京 [日本武道館単独公演 ”生活と記憶”]

夏焼雅と鈴木愛理 ハロプロのエリートはアイドルのレジェンド

アイナが松隈によるボーカル手法ではないところで新たなスタイルを見せた様は、妙な既視感があった。Buono!である。つんく♂による徹底的な英才教育を受けたBerryz工房の嗣永桃子と夏焼雅、℃-uteの鈴木愛理がBuono!結成時に見せた、非つんく♂歌唱。Buono!はハロー!プロジェクト所属でありながら、つんく♂プロデュースではなく、完全な外部制作だった。“1音目の母音の前に「ん」を入れる”といった特徴的なつんく♂歌唱は、一聴してわかる“ハロプロっぽさ”の代名詞であった。Buono!はつんく♂歌唱ではない、現役ハロプロメンバーが初めて世に出た瞬間であった。もちろんBerryz工房と℃-uteの活動中のことであり、当人たちはいろんな意味での使い分けによって、ボーカリストとして急成長を遂げた。

つんく♂イズムを継承しながらもさまざまな活動をしてきた夏焼雅と鈴木愛理は現在、アイドル時代の延長線上にいるような独自のスタイルをそれぞれ貫いている。夏焼は持ち前のガーリーさを全面に出したグループ、PINK CRES.として。鈴木はオールマイティーなソロシンガーという立ち位置を築いた。これもまたアイドルの深化した形である。ボーカルスタイルでいえば、常に成績優秀な℃-uteの中でも優等生だった鈴木はより幅を広げ、三振もするが当たればどデカい場外ホームランを打つBerryz工房において、無欠のチートキャラだった夏焼は持ち前の艶のある美声に磨きをかけている。

シングルベッド / シャ乱Q を夏焼雅(PINK CRES.)が歌ってみた

先日、Berryz工房の徳永千奈美の事務所との契約終了が発表されたが、ハロプロのエリート、ハロー!プロジェクト・キッズ屈指の実力派、夏焼と鈴木の2人が今なおシンガーとして活躍しているのは、ファンにとっても嬉しく、後輩のアイドルにとってみても、指標となる存在であるに違いない。

Heart to Heart 2020 〜Covers〜「桃色吐息」「ささえる人の歌」 鈴木愛理 

藤川千愛 アイドルからソロアーティストへの華麗なる転身

アイドルを卒業し、ソロアーティストとして見事なまでの転身をはかったのは藤川千愛。いい意味でアイドル時代のイメージを払拭しながらシンガー、シンガーソングライターとしての姿を確立させた。アイドルよりアーティストが優れているとかそういうわけではないのだが、どこか少女っぽさのあったグループのイメージから脱却、艶やかさを醸し出す大人の女性アーティストへの華麗なる転身は巧緻を極めたといってもいいだろう。グループ時代から歌に定評のあった彼女だが、実際これほどまでの資質を持ったアーティストだとは思っていなかった。

ありのままで/藤川千愛

完成度の高い楽曲と魂を揺さぶってくるような歌唱はもちろん、ビジュアルイメージを含めた新しいアーティスト像にて、ロックファンやアニメファンをも唸らせる。個人的には以前取り上げたBUCK-TICKトリビュートアルバム『PARADE III 〜RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK』(2020年)への参加という大きな出来事が、彼女の真価を確かなものとしたと考えている。鬼才・藤井麻耀(minus(-)/ex.SOFT BALLET)が彼女の声に惚れ込んで声をかけたこと、BUCK-TICKの中でも近年稀に見る美メロの難曲「形而上 流星」を美事に歌い上げたこと、そして何よりもこのカヴァーが藤川のことを知らないBUCK-TICKファンの中でかなりの高い評価を得たことが大きい。J-ROCK/V-ROCKの中でも特に耳の肥えたファン層の多いBUCK-TICKファン、女性ボーカルには手厳しい女性ファンの多い中でのこの高評価は、藤川とBUCK-TICK、両者を知る私のような人間にとっては、ニヤリとせずにはいられない事案であった。

私に似ていない彼女/藤川千愛

藤川のボーカルの魅力は、透明感や歌姫的な歌唱力で魅せつけていくというよりも、他を圧倒しながらもどこか陰のある頽廃的な部分こそが、聴く者を深く惹きつける部分であるように思う。伸びやかで澄んだ高音と相反するキケンな香り、アブなさをも感じさせるハスキー気味の濁った中低音、ちょっと斜に構えたように吐き捨てるような発音。そうした使い分けが絶品なのである。完成されているような表現力と声色を持ちながらも、まだ驚くべき進化を遂げそうな、そんな可能性すら感じることのできるアーティストである。

うっせぇわ(Ado)/藤川千愛

野口衣織、三品瑠香、一ノ瀬みか 現役アイドルの“歌ってみた”

コロナ禍でのアイドルシーン。制約のある活動は、ライブでの盛り上がりに頼りきれなくなったところがある。言い方を変えるのならこれまで以上に、歌唱力といった実力や技術面が露呈することにもなった。逆に実力派からすれば、その力を存分に見せられる機会でもあるだろう。オンラインでの施策も増え、それこそ『THE FIRST TAKE』に見られるような“歌ってみた”系のコンテンツが増えている。

神宿の一ノ瀬みかは、テレビ朝日『関ジャム 完全燃SHOW』で紹介されたように、海外のカヴァー楽曲でそのディーヴァ級の存在感をアピール。わーすたの三品瑠香はギター弾き語りといったシンガーソングライター的な見せ方もしてきたが、持ち前の強靭さと繊細さのレンジの広さを男性楽曲にて細やかに表現している。両者ともにグループでは伝えきれない、一味違ったボーカリストとしての実力を遺憾なく発揮している。

一ノ瀬みか - Chandelier (Sia) COVER

三品瑠香(from WASUTA)vocal cover of / King Gnu「The hole」

中でも、個人的に注目しているのは=LOVEの野口衣織。当コラムの「スゴいボーカリスト10人」でもピックアップしたが、先日アップされた「うっせぇわ」(Ado)が期待以上の仕上がりだ。

うっせぇわ / Ado Covered by 野口衣織

彼女の魅力はなんといっても楽曲理解度の高さだ。感覚的にこなすわけでもなく、楽曲の持つ世界観と歌い手の魅力を完全に理解しながら、カヴァー元へのリスペクトを込めて表現している。どんな楽曲でも自分のものにしてしまうというボーカリストもいるが、野口の場合は少し違う。原曲のよさを漂わせながら、自分の持ち味の入れ込み方が絶妙なのである。きっと自分なりに研究に研究を重ねているのだろうが、そう感じさせないところも魅力だ。それができる基本的な歌唱テクニックも素晴らしい。正確に精確で丁寧な歌唱。

上記記事では野口のYOASOBI「夜に掛ける」カヴァーをオリジナルと比較すると、彼女の楽曲理解度のすさまじさがありありとわかることを述べたが、今回の「うっせぇわ」もオリジナルと聴き比べれば、野口カヴァーの完成度が尋常ではないことがわかるはず。先の藤川千愛によるオリジナル解釈強めの野生的カヴァーもすさまじく素晴らしいが、ベクトルの違う両者を聴き比べてみるのも面白いだろう。

【Ado】うっせぇわ

記事の冒頭で述べた“アイドルとは? シンガーとは? アーティストとは?” そこに明確な答えなど存在しない。人それぞれの解釈があって当然であるし、そのことで論争になることもあるだろう。しかしながら、それを含めたものこそがアイドルの愉しみ方でもある。音楽と歌、そしてダンスにパフォーマンス、そこに付随したファンが応援すること自体の行為……、そうした総合芸術的なエンタテインメントこそがアイドル的な文化であるし、逆にストイックに音楽だけを聴いてくれというのであれば、それはアーティスト方面からのアプローチであるともいえる。今回取り上げた観点はアイドル文化の中の、そうしたアーティスティックな側面である。気がつけばアイドルとアーティスト、一昔ほどその違いに固執することもなく、当の本人たちはアイドルとアーティストの間を気軽に往来しているのだと感じるのである。

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