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東大生が遊郭に入り浸っていた?学生街のすぐ隣にあった明治の「根津遊郭」

草の実堂

東大生が遊郭に入り浸っていた?学生街のすぐ隣にあった明治の「根津遊郭」

江戸・東京の遊郭と聞くと「吉原」が有名ですが、その吉原に次ぐ規模だったといわれる遊郭が、文京区の根津にありました。

数十軒もの妓楼が立ち並び、夜になっても誰も眠らないほど繁盛していたので「不寝(ねず)の街」と呼ばれた『根津(ねず)遊郭』です。

根津遊郭は、現在の東京大学本郷キャンパスからも近い、根津神社界隈に広がっていました。

そのため、帝大生や医学生などの書生たちにも身近な遊興地として知られ、中には学業そっちのけで通い詰める学生もいたといいます。

そんな、明治時代の根津遊郭にまつわる逸話とその後を探ってみました。

画像 : 客待ちをする吉原遊廓の遊女 public domain

根津遊郭に通った帝大生たち

現在放送中の、NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』は、明治時代に実在した日本初のナースたちの物語なのですが、彼女らの実習の舞台となっているのが「帝国大学医科大学附属病院」(現在の東京大学医学部附属病院)です。

ドラマの中では、その帝大病院に、服毒して心中未遂をはかった青年と遊郭の女郎が運び込まれるという事件が起こります。
実はその事件、ドラマの原案伝記小説にも登場するのです。

当時、本郷の帝大病院のすぐ近くにある根津遊郭・八幡楼の花魁が、客と心中しようとカミソリで喉を切ったものの死にきれず、病院に運び込まれてきたという章があります。

その場面では、ナース見習いたちの会話を通して、主に次のような内容が語られています。

相手の客は帝国大学の学生だったらしい。
遊郭の心中事件には、客の身勝手による無理心中も多い。
根津遊郭には帝大生も多く通っていて、学業の妨げになるとして文部省が移転を考えている。
医師の中には、医学生に月に二回は遊郭へ行くよう勧める人もいる。

こうしたやり取りからは、根津遊郭が帝大生や医学生にとって身近な場所であり、同時に学業や風紀の面で問題視されていたことがうかがえます。

画像:東京医学校本館(現在の東京大学医学部の前身)public domain

東大生・森鴎外の小説にも遊女に入れ込んだ医大生の話が

また、明治42年(1909)に発表された森鴎外の小説『ヰタ・セクスアリス』にも、根津遊郭に通い詰める医学生が登場します。

作中では、安達という医学生が、根津遊郭の八幡楼のお職(上位クラスの遊女)と深い関係になります。
遊女は安達が2〜3日顔を見せないだけで癇癪を起こし、安達もほとんど授業に出ないほど八幡楼へ通い詰めていました。(こちらにも登場する「八幡楼」は、根津遊郭の中でも有名な大店だったそうです)

安達を心配した友人の古賀は、なんとか引き止めようとします。しかし作中では、

「女の磁石力が強くて、安達はふらふらと八幡楼へ引き寄せられて行く」

と描かれ、どうしても止めることができません。

さらに安達は、

「今日は母に泣かれて困った。母が泣きながら死んでしまうというのを聞けば気の毒ではある。しかし女も泣きながら死んでしまうというから、為方がない」

と語り、やがて退学へ追い込まれてしまいます。

森鴎外は明治6年(1873)に東京大学医学部の前身にあたる第一大学区医学校へ入学しました。

もちろん『ヰタ・セクスアリス』はフィクションですが、作中に実名で登場する根津遊郭や八幡楼の描写からは、当時の学生たちにとって根津遊郭が身近な存在だったことがうかがえます。

画像:東京帝国大学 public domain

学生街に近すぎた遊郭は明治21年に移転

根津遊郭は、江戸時代中期の宝永3年(1706)、根津神社の社殿造営に集まった大工や職人を相手にする居酒屋ができたことに始まるといわれています。

やがて店では女性が接客するようになり、次第に私娼が集まる非公認の遊里、いわゆる岡場所へと変化していきました。

しかし天保13年(1842)水野忠邦による「天保の改革」でこうした岡場所は取り締まりの対象となり、根津の遊女たちは新吉原へ移されます。

明治5年(1872年)ごろの東京の吉原遊廓 public domain

その後、慶応年間になると幕府の許可を得て再び遊郭が設けられ、根津はふたたび繁盛するようになりました。

明治3年(1870)には新吉原にならって総門を構え、根津八重垣町の両側には桜の木が200本ほど植えられ、夜にはぼんぼりが灯されて華やいだ雰囲気になりました。

その根津遊郭のそばに、東京大学が創設されたのは明治10年(1877)のこと。
大学から遊郭までは徒歩で行ける距離にありました。そのため、学生の間で遊びの体験話などが広がり、夜な夜な全国から集まった優秀なエリート大学生たちが通うようになったそうです。

あまりにも大学生が入り浸るため、このままでは学業の妨げになってしまうと問題になり、明治21年(1888)には根津遊郭は廃止、移転してしまいます。(元々は期限を決めて営業していた遊郭だったとも)

中には吉原に移動する店もあったものの、多くは「洲崎」(現在の東京都江東区東陽町)の埋立地に移転。

この土地は、戦後復興期には『洲崎パラダイス』と呼ばれ、吉原と肩を並べるほどの赤線地帯として栄えました。

東大生と結婚した根津遊郭の遊女も

根津遊郭と東大生のエピソードで有名なのが、小説家・翻訳家・劇作家などで知られる坪内逍遥(つぼうちしょうよう)です。

画像 : 坪内逍遥(つぼうち しょうよう)public domain

逍遥は、安政6年(1859)岐阜県美濃加茂市に生まれ、明治9年(1876)に開成学校に入学、東京大学予備門を経て、明治16年(1883)に東京大学文学部政治科を卒業しました。

逍遥は、東大在学中(卒業後という説もあり)同級生に誘われて、根津遊郭の大八幡楼を訪れます。

そこで、遊女「花紫」に出会いました。
花紫は非常に気品のあるもの静かな女性だったそうで、逍遥は一目惚れをしたのか大八幡楼に3年間も通いつめ、卒業後に花紫と結婚しました。

逍遥はそれほど裕福ではなかったそうですが、何度も何度も遊郭に通い詰めるほどの登楼代や、花紫の身請け金をどのように工面したのかは謎です。

結婚するにあたり、花紫は元西条藩士の鵜飼常親の養女となり「セン」と名乗りました。

東大生だった逍遥と遊女の花紫の結婚は、世間から相当誹謗中傷されたましたが、生涯妻を愛し続けたと伝わります。

画像:明治時代の花魁 public domain

地獄太夫の再来?根津遊郭の「幻太夫」

また、根津遊郭の大松葉楼には、「幻太夫」という名高い遊女がいました。

幻太夫は、部屋の床の間に達磨の掛け軸をかけ、棚には観音菩薩・勢至菩薩・閻魔大王の像を置いていたと伝えられています。

遊女には珍しい切り下げ髪に、背中一面へ阿弥陀像を刺繍した着物をまとい、裾には紫雲に乗る天人、ドクロや卒塔婆の模様などをあしらうという独特の装いで評判となりました。その姿から、室町時代の伝説的な遊女・地獄太夫を意識していたともいわれています。

そんな幻太夫に魅せられた一人が、「残酷絵」で知られる浮世絵師・月岡芳年でした。
明治16年(1883)頃には大松葉楼へ足繁く通い、幻太夫のために額画を描いて成田不動へ奉納したという逸話も残っています。

一方で、その後の幻太夫については、小指を切って想い人へ送った、同輩の遊女たちと上海へ渡ったなど、真偽の定かでないさまざまな噂も語られました。

数多くの浮世絵師がその姿を描いていることからも、幻太夫が当時の人々の関心を集める存在だったことがうかがえます。

画像:根津遊郭の「幻太夫」(真ん中)月岡芳年 public domain

根津遊郭は「深川洲崎遊郭」へ

明治21年(1888)、根津遊郭は洲崎へ移転し、「深川洲崎遊郭」として開業しました。

その後、洲崎は2度の大火に見舞われながらも発展を続け、大正時代末期には300軒ほどの妓楼がひしめく一大遊興地となります。

戦後は「洲崎パラダイス」とも呼ばれ、売春防止法が完全施行される1958年(昭和33年)まで、吉原と肩を並べる歓楽地として知られました。

現在の東陽一丁目周辺には近代的な建物が並び、当時の面影を伝える建築物はほとんど残っていません。

参考:
『坪内逍遥の妻 大八幡楼の恋』矢田山聖子『当世書生気質』坪内逍遥 他
文 / 桃配伝子 校正 / 草の実堂編集部

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