発案者は超ベテランの鉄道ファンだった! 地域を救う「病院列車構想」とは【コラム】
日本が自然災害に再々見舞われることは改めて指摘するまでもないでしょう。地震、台風、局地的集中豪雨……。
鉄道は災害の被災者になるケースが多いのですが、一方で鉄道を活用した災害に負けない地域づくりの取り組みも進んでいます。
その名も「病院列車構想」。大規模災害の発生時、被災地最寄り駅まで列車で医療関係者や必要な資機材を輸送。列車内を診察室や簡易手術室に仕立て急患を治療します。被災地の医療機関で十分な治療を提供できない場合は、列車を〝動く病院〟にして安全な地域まで患者を搬送します。
病院列車構想の推進母体として、2023年に活動を開始した「Rail DiMeC(RDMC)研究会(鉄道の災害医療への活用研究会)」は2023年11月と2024年9月の2回、災害弱者を被災地外へ搬送する訓練や、緊急車両の鉄道コンテナによる長距離輸送に挑戦、一定の成果を得ました。
本コラムは病院列車とは何かに続き、災害時の列車活用の可能性、さらに鉄道が災害復旧に果たす役割を考えます。
阪神大震災で500人の命を救えた可能性
最近の大規模災害時、さまざまな災害医療チームの活躍が報じられます。代表選手が「DMAT(ディーマット=災害派遣医療チーム)」です。
医師、看護師を中心に編成され、災害現場のほか、多くの負傷者が発生した事故現場に急行して救急救命に当たる、専門的な訓練を受けた医療チームです。「DMATのスタッフや資機材を道路に代わり鉄道で輸送する」のがRDMCの基本です。
思い返したいのは1995年1月の阪神・淡路大震災。6000人を超す死者・行方不明者を出した大規模災害では、発災地の阪神エリアで十分な医療が提供できず、傷病者の被災地外への搬送が遅れるという課題が浮き彫りになりました。
仮に十分な初動医療体制を取れれば、避けられた災害死は500人規模に上ったともいわれます。
「1人でも多くの命を助ける」
震災を教訓に「1人でも多くの命を助けたい」を目標に、2005年4月に発足したのが日本DMATです。先行するアメリカやフランスをお手本に、厚生労働省が主導。事務局は東京都立川市の国立病院機構災害医療センター、西日本の拠点は神戸市の兵庫県災害医療センターに置かれます。
DMATが存在感を示した一例が2016年4月の熊本地震。全国から約2000人の医師や看護師が熊本に参集しました。現地への移動手段は中部以北は基本空路ですが、近畿や中四国からは陸路。多くの場合、スタッフが自らハンドルを握って現地入りしました。
これまでDMATをオンレール輸送する発想はありませんでしたが、鉄道に知見を持つ早稲田大学の梅津光生名誉教授(医療レギュラトリーサイエンス研究所顧問)が医師や看護師の鉄道利用を発案しました。
神戸市営地下鉄海岸線の車内で模擬手術
2023年に活動を始めたRDMC、同年11月のDMAT近畿ブロック訓練では、神戸市営地下鉄海岸線列車内での模擬医療行為に挑戦。重傷、中等症、軽傷を想定した模擬患者を地下鉄で搬送しつつ、車内に模擬手術室を仮設して走行する列車内でも簡易手術が可能なことを確認しました。
次いで、RDMCは2024年9月の内閣府の大規模地震時医療活動訓練に技術アドバイザーの形で参加。訓練では、JR貨物などが関西圏から関東圏へ救急車などの緊急車両を鉄道コンテナで輸送しました。
当初、任意団体だったRDMC研究会は2025年、一般社団法人として法人格を取得。代表理事には梅津先生が就任しました。
RDMC研究会の今後の活動計画では、車種ごとに異なる緊急車両の鉄道コンテナへの積載方法を極力マニュアル化。調査研究活動では、医療、防災、物流といった関係各分野の知見を集めて、鉄道の災害医療への活用手法をガイドラインの形でまとめます。
鉄道愛の原点は68年前の国鉄大船駅にあり
筆者が病院列車構想を知ったのは2024年10月、東京都内で開かれた日本鉄道賞の表彰セレモニーです。推進母体のRDMCは選考委員会特別賞を受賞。会場で梅津先生にごあいさつ、後日の取材をお願いしました。
【参考】
新型特急「やくも」のトータルデザインに大賞 「病院列車構想」は特別賞 藤井七冠も選考委員務めた「日本鉄道賞」(東京都渋谷区)【コラム】
https://tetsudo-ch.com/12983397.html
年をまたいでほぼ1年ぶりの再会時に知ったのは、梅津先生の鉄道愛です。先生から見せられたのは、1958年8月に国鉄大船駅ホームで撮影された1枚の写真。当時のスカ線(国鉄横須賀線)は戦前からの主力だった32系電車が地方線区に去り、70系電車の全盛期を迎えていました。
大船駅でのショットに写るのは、70系電車に併結された荷物電車(クモニ13)への荷物積み卸し風景。荷さばきの様子を熱心に見詰める当時8歳の少年こそ、幼い日の梅津先生でした。
偶然の1枚は半世紀余を経過した2011年、鉄道趣味誌の「去りゆく鉄道風景」という特集に掲載されました。
梅津先生は、大学は早稲田大学理工学部機械工学科に進学。大学院、そして社会に出てからは工学と医学を融合した「医工学」のトップランナーとして、人工臓器の研究などにまい進します。
現在は、早大と東京女子医科大学が2008年に共同で創設した先端生命医科学センター(TWIns)内の医療レギュラトリーサイエンス研究所の顧問に就任。RDMC研究会の代表理事も務め、多方面に活躍します。
日本にとって永遠の課題といえる国土強靱(きょうじん)化。大学での半世紀の研究教育と少年時代からの鉄道趣味、さらにRDMCに集う学界、医療、産業界といった広範なネットワークを統合して形にするのが、社会が梅津先生に期待する役割といえます。
陸には病院列車、海には病院船
ここまで書き上げてニュースをチェックしたら、「政府が2026年1月から病院船の運用を始める」の情報が目に止まりました。
病院船は大規模災害の発生時、医師や看護師が乗船して被災地近隣の港に派遣され、けが人を船内で治療したり、被災地外に運びます。国が民間カーフェリーを借り上げる形で運用するそうです。
病院列車と病院船、目的や機能は共通です。沿岸部は船、内陸部は列車と機能を分ければ災害に負けない国土づくりは、より実践的になるように思えました。
記事:上里夏生