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ミュージカル『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』開幕に向けて、ホリプロ・堀義貴社長がエンタメビジネスの未来を語る【インタビュー連載・エンタメの未来を訊く!】

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株式会社ホリプロ代表取締役社長・堀義貴氏

新型コロナウイルスの感染拡大で大きな打撃を受けたライブエンターテインメント業界。数々の舞台公演も中止や延期を余儀なくされているが、そんな中、9月11日にミュージカル『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』が開幕する。


2017年の初演でも数多くの演劇賞を受賞した同作は、数多くの舞台作品を手掛けてきたホリプロの堀義貴代表取締役社長が心血を注ぎ実現したもの。未曾有の危機に瀕している演劇界、そして変化を求められるエンターテインメント業界について、一般社団法人日本音楽事業者協会会長もつとめる同氏に話を聞いた。

――ホリプロの企画制作によるミュージカル『ビリー・エリオット』が9月11日に開幕します。そこに至るまで、関わってらっしゃる興行にどんな動きがあったのかを最初に教えていただけますでしょうか?

2月26日から興行の中止や延期がずっと続いてきて、最近ようやくできるようになったものの、現状は50%のキャパでやらざるを得ない状況です。やっても赤字にはなりますが、ただ、経済産業省の補助金もある。「果たしてスタートしていいものなのか?」と考えました。特に『ビリー・エリオット』と『スクールオブロック』は去年から1年以上かけてオーディションとトレーニングからやってきた作品です。ただ、『スクールオブロック』は人の往来が盛んになる夏休み時期と公演期間が重なることなどの理由から中止にしました。『ビリー・エリオット』も中止にする選択肢はあったんですけど、まず主役の男の子4人と相手役の男の子4人が今までやってきたことすべてが無になってしまうのは忍びない。それで7月、8月の公演はキャンセルして、9月からスタートすることにしました。とはいっても公演数も半分で、キャパシティもその半分なので、とてもじゃないけれど製作費の回収なんかできない。だいたい日本の映画なら4本分ぐらい作れてしまうくらいの製作費がかかっていますからね。でも、ある種のチャレンジということでやっています。

――現在は『ビリー・エリオット』のレッスンが進んでいるということですね。

演出も振付も音楽監督もみんな外国の方なので、今日までリモートで演出と振付をやっています。舞台上の安全管理も稽古場から徹底してやっている。新宿のミニシアターでクラスターが出たこともあって、より厳しくしてやっています。稽古やレッスンの間だけでなく、私生活に関しても少しでもリスクを減らすように、キャストやスタッフにお願いしている。とはいってもノンリスクでできるかっていうと、どこまで行ってもノンリスクはあり得ない。お客様にもうがい、手洗い、ソーシャルディスタンスの確保、劇場内での会話は極力控えていただくなどの協力をお願いした上で、それでやろうという話です。

――新宿の小劇場・シアターモリエールでクラスターが発生したという報道は、業界全体にかなり衝撃だったのではないかと思います。

そうですね。ああいうことが起こると、ライブハウスや他の小さい劇場にも多大な迷惑がかかる。テレビで“劇場クラスター”という呼称が使われれば1000人の大劇場にも影響が出てくるし、お笑いのライブがやれなくなるんじゃないかという恐怖も出てくるし、数万人規模の音楽ライブも世間の圧力に負けて無観客でやらざるを得なくなります。

――2月にライブハウスでクラスターが出た時も大きく報道され、7月に小劇場でクラスターが出たときもメディアでは同じような論調で取り扱われたのではないかと思います。エンターテインメントビジネスのレピュテーションリスクと向き合ってきた半年だったのではないかと思いますが、そのあたりはどうでしょうか。

どうしてもマスメディアは表面的に物事を伝えるし、世の中の大半の人がライブハウスにも演劇にも行かないので、そういう人たちは当然そういう見方をしますよね。でも、7月の件と、2月の大阪のライブハウスの件は全然違う。2月は世の中がまったく無防備な時に、そのライブハウスが自ら実名を挙げてくれたからクラスターが見つかったわけで、それは勇気ある決断だったんです。だから、褒められて然るべきなんですよ。その後の経営や風評に影響があるのをわかっているわけだから。緊急事態宣言の後にいろんなところで感染が広まったけれど、名前を出したところはほとんどなく、多くが感染経路不明になっているんですね。こんな勇気のある決断をした人はいないと思うんです。2月26日の決定から、多数の居酒屋や飲食店は休んでなかったけれど、エンターテインメントはほぼ停止して社会に協力してきたわけです。けれど、7月の新宿でのクラスターの件は演劇業界全体で作ったガイドラインに従っていない。このふたつを同時に論じるのは間違っていると思います。やっぱり、少なくともコロナが終息するまではガイドラインを守ってやっていかないと成り立たない。たとえば、制作からお願いする感染症対策を守れないという人には、それじゃ舞台に出演しないでくださいと言うしかない。お客さん側の振る舞いも要求されると思います。お客さんには休憩中もカーテンコールのときも喋らないということを守ってもらわなければいけない。どうしても守れないという人にはしばらく控えてもらうということになると思います。我々がガイドラインに沿って行うのは大前提として、お客さんにもご自身で危険を回避してもらう必要があるということです。

■「ライブ」は舞台の上で生きているから面白い。一方、映像というのは必ず主役にフォーカスしてしまう

――この半年、ライブエンターテインメント業界全体が非常に大きな打撃を受けてきたわけですが、堀さんとしてはどのように見ていらっしゃいますか。

いわゆるチケット収益だけを見たら、市場全体で3000億円とか4000億円というマイナスが出てきていますよね。他人事に思う人もいるかもしれないけれど、それに付随する金額が二倍も三倍もあるわけです。たとえば、最初に仕事がなくなったのは弁当屋さんなんです。出演者やスタッフに手配する毎日何百食という弁当の注文がゼロになった。うちは出演者やスタッフには補償していますけど、弁当は発注しないわけですからゼロのままなんです。ホテルや交通費もそうですね。ライブエンターテインメントの3000億くらいたいしたことないじゃないかと思う人もいるかもしれないけれど、それは大間違いです。東京から移動ができないということになると地方公演がストップするし、そうすると収支のバランスが崩れるので、今後チケット代も上げないといけなくなるかもしれない。

――今後はチケットの値付けや運営に関しても、これまでの慣例や常識をゼロベースで考える必要がある。

デフレ慣れしているからなのか、どこの業界もそうですけど、周りの様子を見て値上げしない人が多い。でも、このまま50%のキャパシティが続くなら、需要と供給のバランスを考えても躊躇なく値上げを検討すべきだと思います。そうしないと制作側が倒れてしまう。「GO TO イベント」のキャンペーンがいつ始まるかまだ詳細は出てきていないのですが、スタートするのであれば、うちの社員には躊躇なく値上げしろと言っています。そして何故値上げしないといけないかをお客さんに丁寧に説明する。音楽にしても、今のやり方でもやっていけるのは大スターばかりです。インディーズのアーティストはCDの手売りもできないし、ライブハウスでの対バンで知ってもらうチャンスもなくなった。このままだとステージ制作で働く人が減っていく。そうなると技術ある人の争奪戦になる。結果として制作費も高くなる。だから、チケット代に手を付けるしかないと思います。経済合理性とか雇用とか、いろいろなことを全部考えると値上げする以外方法がないかもしれない。

――音楽の分野では配信ライブが新しいプラットフォームとして広まっています。舞台も同様ですね。こうした配信への模索についてはどんなふうにお考えでしょうか。

演劇を全然観にこないような人たちが僕のTwitterに「そんなの配信でやればいいじゃないか」とコメントしてきたことがありました。僕としてはそれが一番悲しかったですね。目に見えるものはみなただの映像だと思ってるんだ、と。スポーツの中継を見ているのと同じ感覚なんだなって。もちろん、あれもただ競技をしているところを見せているだけわけじゃなくて、沢山カメラを入れて、解説者入れて、より面白くしている。でも、僕は阪神ファンですからね。野球そのものよりも、7回の裏の甲子園球場でジェット風船が上がったり、ホームランを打った時の音も聞きに行っているんですよ。グラウンドも一生懸命プレーしているし、お客さんも一生懸命応援している。映像だとその一生懸命さの一体感はなかなか見えないんです。「ライブ」というのは舞台の上で生きているから面白いのであって。それに、映像というのは必ずカメラが勝手に主役にフォーカスしてしまうんです。ライブの現場に居れば何をどう見るかは自分で決められる。そういう選択肢をごっそり取ってしまうのが通常の映像配信。思っているよりそんなに単純な話じゃないんです。だから、配信は苦肉の策ではあるけども、それがライブに取って代わるということはあり得ないですね。お試し版くらいにしかならない。これで再投資できるほど潤沢な利益が出せるとは思わないし、舞台の映像配信なんて、その舞台が好きな人しか情報を求めないから、結果ニッチな集まりにしかならない。

――劇場での体験は決して映像配信では代替できるものではないということですね。では、プレミア化する会場チケットとお試し版としての配信チケットの併用のようなモデルはあり得ると思いますか。

できるものに関しては、ですね。ただ、敷居を下げれば上手くいくかと言えば、決してそうではないと思います。より安く見せると、なんで3000円で観れるものを生では1万5000円も払わなきゃいけないんだということになりかねない。お客さんの側にも、ただ観ればいいと思っている人と、そこに到達する努力をする人がいるわけで。一つのライブにもお客さんそれぞれのストーリーがあるわけですよね。フジロックだって、1年に1回しかないものに日本中から集まってくるっていうのは、あそこに到達するまでのストーリーと、制作側にもキャンプ場に集まるオーディエンスにもそれぞれのストーリーがある。ステージ上だけで完結するのではなく、そこに至る行程全部がエンターテインメントなんです。そういう意味では、値段のつけ方自体をもっと変えてしまってもかまわない。地方の人は東京の公演にはなかなか来られないんだから、配信でチケットを売るにしても、みんな一律で3000円じゃなく、地方の人は3000円、東京の人は6000円にしたりするくらいの発想の転換をしないといけない。

――音楽の例ですが、9月に行われるsora tob sakanaというアイドルグループの解散公演は、配信チケットが3000円、会場のチケットは最前列のSS席が68000円、S席が36800円、A席が15800円という値段で販売が始まりました。こういう例が増えていくということでしょうか。

それもあるけれど、この機にダイナミックプライシングを進めていかなければいけないと思いますね。旬の近海物の本マグロを食べようと思ったら、回転寿司のチェーン店の値段では食べられないんですよ。ちゃんとしたお店で食べようと思ったら、仕入れによって値段が変わるし、「今日は高いよ」と言われたらその値段を払う。舞台公演でも、たとえばニューヨークに旅行で観に行った時には躊躇なく何万円も払う人も多いわけです。そういう意味で、僕らが仕入れているのは旬の本マグロですから。正規の値段を変えなかったら、当然争奪戦になる。そうしたら転売サイトで何倍のお金を出すような人だって出てくる。これを機に考え直さないとダメだと思います。

――舞台の映像配信は今後広まっていくと思いますか?

ただでさえ舞台は利益率が低いのに、配信をするのに映像を凝れば凝るほど経費はかかるし、客席はつぶさなければならないし、2000円や3000円の料金のままでは結局本来の利益が吹っ飛ぶ恐れがあるんですね。だからもともとやっていない。あと、少なからずこのコロナ禍で露呈したのは、うちも東宝さんも劇団四季さんも同じですけれど、舞台を配信しようと思っても権利上できないというのがあるんです。ブロードウェイのプロデューサーやアンドリュー・ロイド・ウェーバー本人ならできるけど、僕らは上演する権利を借りているだけだから、映像を収録したり販売したり配信してはいけないという契約になっている。

――権利的な問題があるんですね。

例えば、『デスノートTHE MUSICAL』は僕らのオリジナルの作品だけれど、楽曲が日本のJASRACではなくてアメリカ著作権団体の登録になっているから配信するとものすごく金額がかかってしまうんです。『生きる』に関しては作曲家が日本のJASRACに楽曲を登録しているから配信できる。そういう違いもあるんです。オリジナルを作るということはそういうことなんだという実験のためにやるべきだと僕は思います。『生きる』を配信することについて、現場はコストがかかりすぎると言うけれど、どうせ今年は赤字なんだから、こういう時こそ挑戦すればいいじゃないかっていうのが僕の感覚です。

■オリジナル作品を作って、ロングランで上演していくということがマストになっていく

――現在の逆境を乗り越える長期的な戦略については、どんなふうに考えていらっしゃるでしょうか。

うちは『デスノートTHE MUSICAL』から先んじてオリジナルを作り始めたし、東宝さんもやり始めたし、コロナ禍において最も打撃を受けているのは演劇専業でやっている劇団四季さんだと思うけど、吉田(智誉樹)社長のインタビューを読むと、オリジナル作品を増やそうと考えていると話されていました。そうやって、日本全体の演劇業界のためにも、売れているものを海外から買うのではなくオリジナルを作らないといけないんだという気概になっているのはいいことだと思います。ただ、僕らが『デスノート』を始めた時も今も大きくは変わらないと思うんだけど、日本人が作る日本のミュージカルにはお客様の拒否反応も多いんです。どうせ大したものにならないと思われてしまっている。お客さんのほうにそうした先入観がある。それはブロードウェイ作品のような巨額の予算がかけられないから、どうしてもスケール感に乏しかったり、過去に日本人の作曲家が作ったオリジナルのミュージカルがお客様にとって期待外れだったことも要因になっているからだと思うんです。世界レベルに達していなかった。それでうちは海外から作曲家を連れてきたんです。

――そういった状況から変化していくためにも、腰を据えてオリジナルなコンテンツを作っていく必要がある、と。

そうせざるを得ないと思うけども、今のところは第一段階として原作のあるものでやっているわけですよね。『るろうに剣心』も『デスノート』も『四月は君の嘘』にしてもそうです。その一方で、ディズニーは権利が消えたものを大胆にアレンジして大ヒットさせています。原作料もないし、権利の許諾もいらない。埋もれているパブリックドメインのストーリーを掘り起こしてくるのが一番いい。でもそこでさっきの先入観の話が出てきます。そこでどうなるかと言うと、『デスノートTHE MUSICAL』がそうだったんですけど、初日は7割ぐらいしか売れてなかったチケットが、どんどん評判がよくなって、やがて正規に買えなくなって、転売サイトで何十万円にもなるということがあったんです。だから、オリジナルの作品を作って、それをロングランで上演していくということがマストになっていきますね。それには劇場さん側も、公共の劇場は市民優先とか1ヵ月しか貸さないとか、そういうところから慣例や前例や、妙な平等主義を変えていかないといけない。実際、どこの公民会館も何百億もの予算をかけて会場を作ったのに、ずっと稼働率は2割以下というところが多いのが現状です。そういったことも含めて、いろんなビジネスモデルを根本的に変える必要があると思います。

――舞台を軸にいろんなお話を聞いてきましたが、芸能やタレントという意味ではYouTubeやデジタル分野で活躍されている人も増えてきているのではないかと思います。そういった状況はどう見てらっしゃいますか。

僕らの仕事は人と接触なしには成り立たないんです。でも、人と接触しちゃいけないということが続くならば、インターネットに頼るしかない。外国との行き来もなくなって、これが1年、2年と続けば、日本にいながらにして世界に向けて発信するしかないと思います。必要なら英語も使って。そういったときに、今まで僕らの歴史や経験がそれを考えさせるのを阻害しているところがある。最近では「香水」という曲が良い例だけど、実際にネットで流行ったことにテレビが気付くのにはタイムラグがある。情報の発信基地としてのテレビは、ものすごく遅くなっているんです。だから、ネットで何かをやらなきゃいけないって全員模索している状況ですね。たとえば「リモートドラマ」のようなアイディアが出てくるのはいいことですよね。芝居を観たことのない人がインターネットで芝居を作ればいいと思っています。僕らのような長年やってきた人間の常識にとらわれない、もっと非常識な人が出てくるところに期待を持っています。実際、それぐらいしかないんですよ。お金もないし、権利的なしがらみもあるし、様子を伺いながらやらないと世間から叩かれる。演劇に関して言うと、最初に野田(秀樹)さんが声をあげたことが独り歩きしちゃいましたね。野村(達矢/日本音楽制作者連盟理事長)さんや中西(健夫/コンサートプロモーターズ協会会長)さんと一緒に国会に行って損害の支援を求めたりしていたんですけれど、そのことに関しても「税金を使って救ってもらおうとしているのか」とか「エンターテインメントなんかいらない」みたいな声がネットを中心に出てくる。僕自身も2、3度心が折れました。けれど、まあどうしても誹謗中傷的なコメントをするアカウントはブロックすればいいだけですからね。自分のTwitterもエンターテインメントのひとつとして面白いと自分で思ってやってます。

――そういう状況だからこそ、ネットを使った新しいエンターテインメントのあり方が問われるということですね。

面白がることはいくらでもできるんです。ただ、それがお金になるかどうかはわからない。そういう状況の中では、やっぱり若い世代が組織の中で力を持っていないと新しいものはなかなか出てこない。うちがホリプロデジタル(エンターテインメント)という新しい会社を作ったのも、ホリプロの中にいてはそういうことがなかなかできないからで。うちに関係ないスタッフを集めて、ホリプロの社員は1人か2人しかいないところから作った。そこに所属している景井ひなはTikTokで350万フォロワーがいるんですよ。日本の女性ではフォロワー数1位です。ただそういう分野に関しては、僕はもうわからない(笑)。新しいことにはなるべく口を出さないつもりです。

――最初のお話にもありましたが、『ビリー・エリオット』がクラスターを出さずにロングラン公演を開催できるということを示せれば、いろいろなことを言われてきた劇場公演に関しての非常にポジティブなニュースのひとつになるのではないかと思います。

千秋楽までできたら、舞台も客席も大泣きすると思いますよ。初日もそうで、僕自身、幕が開いて、最初の音が流れてきた時に泣いちゃうかもしれない。この事態を受けて5月に「緊急事態舞台ネットワーク」が発足したんですけれど、その英語名称は「Japan Performing Arts Solidarity Network」と言うんですね。誰かがつけたんじゃないかと思うんですけれど、「Solidarity」というのは団結という意味で、まさに『ビリー・エリオット』にも「Solidarity」という曲がある。そういうことも思い出してしまうかもしれない。最後まで何事もなくいくことを願ってやまないです。それが業界全体の団結力にも繋がると思いますね。

取材・文=柴那典

※この取材は7月30日に行われました。

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