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野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その6③」

まるごと青森

野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その6③」

モール温泉と宝の湖

2024年2月18日(日)

朝方、八戸のホテルを出て七戸町へ。目指すは「さかた温泉」だ。青森温泉博士みたいな八戸の友人が、前夜の酒席で「さかた温泉のシャワーの水圧は凄いよ。殺人的だよ。ぜひ試してみて」と言っていたからだった。

その温泉は外から見ると小体(こてい)な造りだが、入ってみれば浴槽が3つもある立派な温泉だった。友人が言っていたシャワーはどこだ? 浴室の角にそれらしいものが湯気にかすんで見えた。だが近づくと「故障中」。

それでがっかりしたかというと、そうではない。私の目は、大きい湯船の真ん中にある円筒に釘付けになっていた。湯から突き出た円筒から、こんこんと温泉が湧き出している。正真正銘の源泉かけ流しだ。入浴料350円のしあわせと言うべきだろう。

湯は淡い褐色。いつものように手のひらで湯の表面を押してみる。滑らかな波紋が広がるが、前の日に入った新郷村の野沢温泉に比べると波紋は低く間隔も狭い。それなのに十分肌にまとわりついてくる。いい湯だ。泉質はアルカリ性単純温泉だという。

この温泉は夜明け前の午前4時半からやっている。そんな時間に来る客はいるのだろうかと思うのだが、いるから開けるに違いない。全国の温泉地には「総湯」とか「公衆浴場」といって、誰でも入ることができる施設がある。でも夜明け前から営業している温泉を青森県以外で見かけたことはない。青森の温泉は私にとって「異界」なのだ。

そこから車は東北町に進路を取った。「四季旬菜 Kin一(きんいち)」の席を予約してある。目当ては「ガニ汁」。目の前の小川原湖で獲れたモクズガニを汁仕立てにしたもので、前日に三戸町の「割烹白山(しらやま)」でいただいたものと同じか違うか、そのあたりに興味があった。

ちょうど昼時で店は忙しそうだった。店の奥から「立て込んでるのでちょっと待ってね」という店主の沼山欽一さんの声が聞こえ、ほどなくして膳が運ばれてきた。ガニ汁は大きな朱塗りの椀を埋めている。モクズガニのうま味をかき集めたような小さな塊がぷくぷくと浮かび、それにニラの緑が絡んで美しい。古の人は小さくて甲羅が硬いモクズガニを前にして「どうやって食べようか」「どうしたら美味しくなるか」と考えたことだろう。行きついたのが生のカニを潰す→漉して甲羅などの硬い物、いらない物を取り除く→過熱して調味する、という方法だった。それがこの土地にいまも残っている。

汁の表面に浮かんでいる小さな塊を口に入れた。「うま味をかき集めたような」と書いたが、それは見た目のことだった。しかし食べてみれば、文字通りカニの身、ミソ、卵それぞれの美味しさがひとつの塊に凝縮されている。

そこに沼山さんがやって来た。

「どうですか?」

「美味い。とても美味いです。ところでニラが入っていますが」

「ニラとガニが合うんですよ」

「お互い引きたて合っていますね」

「そうなんです。ところでうちのガニ汁にはオスとメスの両方が入っています。オスだけとかメスだけとかではうまく寄らないんです。不思議なものですね」

オスとメスを一緒に入れないと、身やミソが固まらないのだという。なるほど不思議だ。長年の経験から土地に生まれた知恵だろう。

この店は天然ウナギのかば焼きを出す。小川原湖はニホンウナギの北限で、漁獲量も限られているから予約制だ。ワカサギは子持ちのメスだけを冷凍保存しているので、いつ行っても卵でお腹がパンパンに膨れたワカサギを食べることができる。

食後、小川原湖畔の道の駅「おがわら湖 湖遊館」を覗いた。「ガニ汁」の缶詰を売っていたので1200円で1缶求めた。缶には温めるときにニラを入れろと書いてある。この辺りではニラが定番のようだ。

これまで折に触れて青森のカニを食べて来た。陸奥湾のトゲクリガニ、太平洋側のヒラツメガニ、そしていまは小川原湖のモクズガニだ。県内では様々なカニが獲れ、地元の人々は季節ごとにその味を楽しんできた。青森は隠れたカニ食い県なのだ。しかしどれも地元で消費されるから、その豊かな食文化は県外でほとんど知られていない。

外に出るとそこは湖水浴場で、この時期に人影はないが、水面に白鳥の群れが浮かんでいた。そういえば白鳥は青森県の県民鳥だった。小川原湖はシジミ、ワカサギ、シラウオ、モクズガニで知られ、中でもワカサギとシラウオの漁獲量は全国屈指だ。地元では宝湖(ほうこ=宝の湖)と呼ばれている。

さてせっかく青森に来たのだから、寸暇を惜しんで温泉に浸かりたい。目指すは近くの東北温泉だ。「日本一黒い湯、植物性モール温泉、美人の湯」を謳っている。パンフレットには「樹木や植物が地中に堆積し、約4000万年前に亜炭の層になり、そこを通過して湧出したのがモール温泉です。鉱物成分より植物成分が多く含まれ」と書いてある。入ってみるとなるほど湯は真っ黒だ。だが見た目と違ってさらさらとしている。

津軽地方の温泉の中には床がごつごつするほど湯の花が豊富なところがある。硫黄などの鉱物成分が多いからだろう。対して南部の温泉では湯の花を見かけない。そして弱アルカリ性単純温泉という泉質が共通している。つまり南部一帯にモール温泉が点在していると考えていいのではないか。

ところで今夜は十和田で「ごど」をいただくことになっている。
「ごど」ですよ。

野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。

◇店舗情報◇

店舗名 さかた温泉 住所 七戸町東上川原20-20 電話 0176-62-6376 店舗名 四季旬菜kin一 住所 東北町大字大浦字立野24 電話 0176-56-4870 店舗名道の駅「おがわら湖 湖遊館」住所 東北町上野南谷地122番 電話 0176-58-1122 店舗名 東北温泉 住所 東北町字上笹橋21-18 電話 0175-63-3715

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