観光客が増えるほど地元は崩壊する?世界遺産を蝕む「オーバーツーリズム」が奪う住民の暮らし【眠れなくなるほど面白い 図解 世界遺産】
行列のウラ側で オーバーツーリズムが奪うもの
世界遺産に登録されると、国内外で知名度が一気に高まり、「いつか行ってみたい場所」として注目を集めます。観光客が増えれば地域経済が潤い、雇用が生まれるれ、保存や修復の資金も確保しやすくなるなど、さまざまなメリットがあります。
しかし、観光客の増加はいいことばかりではありません。受け入れの許容範囲を超えて観光客が集中すると、地域住民の暮らしや環境、文化にまで影響が及びます。こうした状況をオーバーツーリズムと呼びます。オーバーツーリズムになると、まず影響を受けるのが地域住民です。物価の上昇や交通渋滞、騒音、ゴミ問題などが生じます。それまでは地域住民向けに商売をしていた店舗でも、観光客向けの商売のほうが採算が合うようなら、品ぞろえをお土産物中心に変えます。そうして、住民が暮らしにくい街になれば、地域の文化や景観も変わります。人が住む世界遺産では、住民の生活が成り立たなくなること自体が、遺産の価値を揺るがしかねません。街並みや文化が均質化すれば、観光客の満足度も低下し、結果的に観光地としての価値を損ねることにもつながります。
そう考えると、大切なのは観光客の「量」ではなく「質」かもしれません。人数を増やすのではなく、一人当たりの滞在日数を増やし、文化財や自然への理解を深める仕組みを整えることが重要です。オーバーツーリズムはどの観光地にも起こり得る課題ですが、とりわけ注目度の高い世界遺産では表面化しやすい問題です。訪れる側と迎える側、双方が豊かになり、未来へ価値を手渡せる観光の在り方が問われています。
ヴェネツィアが抱える課題
オーバーツーリズムが深刻な世界遺産の例が、イタリアの「ヴェネツィアとその潟」です。観光客の増加により住居がホテルに転用され、パン屋や八百屋など生活必需品店がお土産物屋に変化しました。さらに民泊の拡大で家賃が高騰し、旧市街に住み続けられなくなるなど住民が減っています。混雑に加え、ゴミやトイレ、下水問題も深刻です。2021年には新規ホテル建設を禁止しましたが、違法民泊などの課題は解消されていません。
オーバーツーリズムが引き起こす問題
【住民生活への影響】騒音や混雑による生活ストレスの増大生活必需品店の減少交通渋滞 など【環境への影響】野生動物の生態への影響自然環境の破壊ゴミ、排水の増加 など【文化への影響】地域文化の画一化本来の宗教的、歴史的意味の希薄化観光客がイメージする伝統文化の固定化 など【経済構造への影響】観光業への過度な依存外資参入による地域外への利益の流出民泊の増加による住宅市場の歪み など
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 世界遺産』監修:宮澤 光
【監修者紹介】
宮澤 光(みやざわ・ひかる)
NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員。北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。跡見学園女子大学非常勤講師。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。