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愛希れいかが魅惑のヒロインを演じる~ミュージカル『マタ・ハリ』観劇レポート<愛希れいか×田代万里生×東啓介ver.>

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愛希れいか

 
 第一次世界大戦下のヨーロッパに実在した女スパイをタイトルロールに据えたミュージカル『マタ・ハリ』。『ジキル&ハイド』『スカーレット・ピンパーネル』といった作品が愛され続ける作曲家フランク・ワイルドホーンが手がけたこの作品が、初演から3年、再び日本の劇場にお目見えしている。その東京公演二日目の舞台を観た(6月16日18時半の部、東京建物Brillia HALL)。ダブルキャストのうち、この日は、愛希れいか=マタ・ハリ、田代万里生=ラドゥー大佐、東啓介=アルマンの配役。

 ジャワ出身とのふれこみで、エキゾティックな舞でヨーロッパ諸国の観客を熱狂させるダンサー、マタ・ハリ。スターとして、魅力あふれる女性として、人々から熱いまなざしを浴びる彼女には、実は秘められた過去があった。その過去を知るフランス諜報局のラドゥー大佐は、ヨーロッパを自由に旅して回れる彼女に、フランスのためスパイ活動をするよう迫る。一方、彼女はひょんなことから出会った青年アルマンと恋に落ちるが、彼もまた秘密を抱えており――。戦争の悲惨さ、その中で生きる人々の苦しみを、ワイルドホーンの楽曲はドラマティックに描き出してゆく。

※以下、ネタバレを含みますのでご注意ください

春風ひとみ、愛希れいか

 今回の再演においてマタ・ハリ役初挑戦となった愛希は、宝塚歌劇団での下級生時代、男役として『スカーレット・ピンパーネル』で皇太子ルイ・シャルル役(物語のキーパーソンとなる宝塚版のオリジナル・キャラクター)を演じて注目されたという経緯がある。その後、娘役に転向し、トップ娘役としては珍しい宝塚バウホール主演も経験。退団後も『エリザベート』や『ファントム』、『フラッシュダンス』といった作品でヒロインを次々と演じる活躍を見せてきた。ダンシング・スター、マタ・ハリは、彼女の豊富なキャリアが生きる役どころ。踊りの名手として知られてきただけあり、幕開きのダンス・シーンからしなやかかつコケティッシュな腕遣いで客席を魅了。隠してきた過去をラドゥーに知られていることを悟って歌う「わたしは戻らない」では、知られたくない過去を暴かれ動揺し、けれども、これまで通り運命に敢然と立ち向かって闘い生き抜こうとする決意を絶唱する。

田代万里生、愛希れいか

 ヨーロッパ諸国を旅して回り、舞台に生きる様を演じては、宝塚時代に『グランドホテル』で演じたプリマ・バレリーナ、エリザヴェッタ・グルーシンスカヤ役の演技を彷彿とさせる――この作品で愛希は、特別監修を務めた“ミスター・ブロードウェイ”ことトミー・チューンに「ブロードウェイに連れて帰りたい」と評されている。マタ・ハリは生きるために女の武器を活用してきた女性だが、その造形にあたっては、『エドワード8世』新人公演で“王位を捨てさせた女”ウォリス・シンプソンを演じた経験も生かされているようである。

 知られたくない過去がある。そんな過去に抗い、女の武器で闘って生きてきた女性が、アルマンと出会い、心惹かれて心解け、自分の過去を明かしていく。人生に愛など入り込む余地などなく、己が身一つで必死に生きてきた女性が、ありのままでいられる相手と初めて出会い、初めて愛を知る。そんな女性の愛ゆえの変貌を演じて、愛希は実に蠱惑的である。敵方に捕えられたアルマンに一目会うため、本名の自分を“演じて”国境を超える芝居も緊迫感いっぱい。愛に生きる決意を歌うナンバー「二人で生きる」の歌唱は、物語の芯を背負って立つ大ヒロインの風格に満ち満ちている。

田代万里生

田代万里生

 そんな愛希のマタ・ハリに心奪われ堕ちていく男ラドゥー大佐に扮するのは田代万里生。『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフや『マリー・アントワネット』のフェルセン伯爵、『ラブ・ネバー・ダイ』のラウル・シャニュイ子爵といった貴公子的な役どころで魅力を発揮してきたが、今回は初のヒール役挑戦。マタ・ハリへの想いの前に自分を見失って困惑し、その困惑の沼に足を取られてずぶずぶと溺れていく男性像を演じて新境地を見せている。

 アルマンを演じるのは、初演から続投となった東啓介。恋と任務のうちに苦悩する心境を繊細に演じて誠実な魅力を発揮する。田代ラドゥーが東アルマンと対峙するとき、こうあり得たかもしれない自分自身を鏡越しに見ているような葛藤の高まりが感じられる。そして、二人が愛希マタ・ハリと描き出す三角関係、そのバランスがとてもよい。最終的に田代ラドゥーが体現することとなる“嘘”と、東アルマンが体現することとなる“真実”、その両者の間で揺れるマタ・ハリという構図があざやかにあぶり出される。

東啓介、田代万里生

東啓介

 Kバレエカンパニー出身の宮尾俊太郎が、やはりマタ・ハリに執着し続けるドイツ高等将校ヴォン・ビッシングを演じて底知れぬ凄みを発揮。二幕冒頭では、愛希マタ・ハリと宮尾ビッシングの関係が濃厚に描き出される魅惑のダンス・シーンがある。

 愛希マタ・ハリをそばで見つめ、支え続ける衣裳係アンナに扮するのは春風ひとみ。愛希にとって月組娘役の大先輩にあたる春風もまた、実力派として宝塚バウホール公演『サウンド・オブ・ミュージック』に主演した経験の持ち主である。二人が交わすやりとりは、宝塚の娘役出身者同士の心意気、その心の交流を感じさせるところがある。

春風ひとみ

 激動の運命を経て、愛希マタ・ハリが己が人生に見出す真実。それは、舞台上の自分を見守る観客への愛である。その愛がいかなる深みをもつものであるかは、ぜひ劇場での彼女のパフォーマンスのうちにご覧いただきたい。さまざまな含み、ニュアンスをたたえたラスト・シーンの余韻が心に深く残る舞台である。

ミュージカル『マタ・ハリ』2021年公演_舞台映像 6月~7月 東京・愛知・大阪にて上演!☆ライブ配信有

取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=岡千里(オフィシャル提供)

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