「シンゾーン」染谷さんの原点は自宅で縫製を行っていた『VAN』のジャケット【アメトラをつくった巨人たち。】
「本連載1回目のゲストでもあった勝さんが、『和商インターナショナル』の部長時代、その下で『マーガレット・ハウエル』を担当した染谷課長。現在は“大人のための日常着”をコンセプトに、今年で25周年を迎える『シンゾーン』を率いる染谷さんを紹介します。もう40年も前のことになりますが、ぼくは『マーガレット・ハウエル』の生産管理全般を担当して28歳で独立するまで、本当にいろいろと勉強させていただきました。狭い業界のなかの細いお付き合いではありましたが、昨年末、OBOG会にて久しぶりに染谷さんと席が隣になり、同じ釜の飯を食った時代を思い出し、『和商』からは2人目になりますが、この連載に出てほしいとお願いして、快諾してもらいました。ぼくのサラリーマン時代、最後の直属上司です」
「シンゾーン」代表取締役・染谷裕之さん|1955年生まれ、千葉県出身。大学卒業後の1978年にアパレルキャリアを始動し、「マーガレット・ハウエル」のブランドチーフなどを経て、1991年に独立。2001年には“デニムに合う上品なカジュアル”を掲げ、家族とともにセレクトショップ「シンゾーン」を設立。ウィメンズのベーカーパンツに代表される数々のヒット作を生み出し、現在はリブランディングや竹素材のブランド「テイクス」など、新領域にも精力的に挑戦し続けている
デニムに合う、上品なカジュアルを求めて
日本におけるアメカジムーブメントの礎を築き上げたリビングレジェンドたちの貴重な証言を、Ptアルフレッド代表・本江さんのナビゲーションでお届けする連載企画。今回ご登場いただくのは、大手セレクトショップの黎明期を支え、現在はウィメンズ市場において“ヴィンテージ×ハイエンド”という独自のスタイルを確立した「シンゾーン」の染谷裕之さんだ 。
染谷さんの服飾への目覚めは、意外にも警察官だった父を支えた母の内職にあった。母が当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった「VAN」のジャケットの縫製を自宅でしていたという。
「小6時分、内職のなかにあったネイビーのブレザーをこっそり羽織り、鏡を見て『かっこいい』と思ったのがすべての始まりでした。そこから『メンズクラブ』を隅から隅まで読み耽り、アイビーやトラッドの知識を独学で学んでいきました」。
中学卒業後の春休みには、地元・松戸にあった「サントロン」という縫製工場へアルバイトに通った。そこで手にした最初の給料で買ったのは、念願だった「VAN」のボタンダウンシャツだった。
「高校時代はバリバリのアイビーでした。弁当代を半分貯金して、年に2回の『VAN』の武道館セールに通うのが無上の楽しみでね。半年貯めても1、2個しか買えないから、ものすごく吟味しました。やっとの思いで買った綿パンは、一回履くたびに自分で丁寧にアイロンをかけていましたよ」。
1978年、大学卒業と同時にアパレル業界へ。奇しくも「VAN」が倒産したその年、「バラクータ」や「ピーターストーム」などの名だたるインポートを扱う「デスモンドインターナショナル」に入社した。そこで一流を“見る目”を養い、1983年には「和商インターナショナル」へ転籍。ブランドチーフとして国産ビジネスの荒波に揉まれることになる。
「展示会の運営から納期管理、さらには支払い回収の交渉まで、アパレル商売のいろはをここで叩き込まれました。当初はライセンス品の完成度が低く、サイズが小さすぎたり納期が遅れたりと問題山積で、一年分の在庫を抱えた絶望的なスタートでしたが、あの過酷な4年間があったからこそ、経営者としての骨格が作られたのだと思います」。
1991年に独立しOEM会社を設立。次第に自社ブランドへとシフトしていく。「レディスはメンズより市場が3倍大きい。自分が信じるアイビーの価値観を、女性に向けた新しいカテゴリとして提案したいという思いがありました」。
家族と歩んだ、「シンゾーン」の再定義
2001年、染谷さんは妻と、ロンドン留学から帰国した長男・真太郎さんとともに、表参道の路地裏に「シンゾーン」第1号店をオープンさせた。
「“デニムに合う上品なカジュアル”が唯一無二のコンセプトでした。当時はまだ珍しかったヴィンテージの『リーバイス』に、『ジミー チュウ』などのハイブランドのピンヒールを合わせる。そのミックススタイルこそが、ぼくらが提示した新しい上品なスタイルの答えでした」。
接客のあり方にも徹底してこだわった。冷徹な態度の店が多かった当時、あえて店内にソファを置き、お茶を出す“おもてなし”を導入した。
「ブランド名も『真太郎のゾーン』という意味を込めつつ、温かい心の場としておもてなしを大切に、という想いを込めました。商品をクールに見せつつ、接客はホットに。単なる小売店ではなく、顧客が徐々に発見するストーリーを大切にするコミュニティを作りたかったのです」。
ショップは瞬く間に服好きの女性たちの支持を集めた。特に象徴的だったのが、2013年のハンドブック発行や、あえて広告を打たない口コミによる浸透だ。
「流行を追うのではなく、スタイルを作ること。デニムと白Tシャツとパールという究極にシンプルなスタイルを、いかに日本の感性でリミックスして洒落て見せるか。それがシンゾーンの打ち出しでした」。
絶望の淵で、守り抜いた信頼と品質
順風満帆に見えた2000年代後半、最大の危機が訪れる。主力スタッフ5名の離脱と、倒産寸前の資金繰り悪化だ。
「正直、会社を売ることまで考えました。一部上場企業の社長に会いに行きましたが、最終的に破談。あの時が人生で一番絶望した瞬間でしたね」。
そんな窮地を救ったのは、染谷さんの誠実さが生んだ人徳とブランド力だった。家主や仕入れ先が、染谷さんの再起を信じて家賃の減額や支払い条件の緩和を申し出たのだ。
「お付き合いをさせていただいていた商業施設や企業の方々など、温かいみなさんの心づかいで支えていただいてピンチを乗り越えられました。自らの不徳を恥じると同時に、人との繋がりのありがたさが身に沁みました」。
逆境のなか、起爆剤となったのはスタッフたちが現場で考案したカットオフデニムだった。
「スタッフたちが一生懸命考案したカットオフデニムが爆発的に売れ、V字回復のきっかけとなりました。続いて、ベイカーパンツやチノパンツなどのヒット作が生まれ、それをきっかけに再び、自分たちが信じる価値を再構築していったのです」。
以来、染谷さんは「オリジナル商品のシーズン内セールをしない」という業界でも異例のスタイルを貫いている。
「頻繁なセールは顧客の信頼を損なう。本当に良いものを長く大切に、10年20年と着てもらうためのものづくりを大切にしてきました」。
新たな航路。竹がつなぐ持続可能な未来
業界歴48年を経て今、染谷さんの関心は新たな素材へと向かっている。それが、竹から生まれた繊維を使って服を作る「takes.(テイクス)」だ。
「当初は周囲から消極的な意見もありましたが、竹素材の持つ驚くべき機能性をモダンなファッションへと昇華させたい、人々を健康にしたい。そう願ってファッションの新たな価値に挑戦しています」。
近年、長男の真太郎さんが別事業を立ち上げ、自身の道を歩み始めたことも、染谷さんにとっては一つの原点回帰となった。
「方向性の違いでお互いの道を歩み始めましたが、彼も彼のやりたいことを突き詰めている。ぼくはぼくで、もう一度『シンゾーン』のリブランディングに挑む決意を固めました」。
そんな活動は服づくりに留まらない。「リーバイス」とのパートナーシップや、「バング&オルフセン」と音楽を融合させるプロジェクトなど、その好奇心は留まることを知らない。
「大人の女性に長く愛用できる上質なものを届けるため、これからも誠実なものづくりに取り組んでいきたいですね」。
誠実なものを、次の世代へ
染谷さんが貫いてきたのは、単なるウィメンズ服の販売ではない。むしろ「男性的なこだわり」を女性のマーケットに持ち込み、時間を編むようにクオリティを追求してきた。
「ファッションって、結局は“中身”が大事なんですよ。見た目のかっこよさはもちろんですが、長く着た時に『あぁ、やっぱりいい服だな』と思ってもらえる中身の質。その人自身が気づかなくても、服に詳しい人が見た時に唸るような縫製。そこに妥協はしたくない。やっぱり服って面白いですよね。僕は人々をファッションの力で笑顔にしていけるんじゃないかと信じているので、新しいファッションの可能性に挑戦してきたい。そのために、できるかぎり現役を続けていきたいと思っています」。
VAN、アイビーに魅せられた青年期を経て数々の名ブランドをインポート
こっそり羽織ったネイビーブレザーをきっかけに「ヴァン」に魅せられた染谷少年。その後、「バラクータ」や、「マーガレット・ハウエル」など名だたるインポートブランドに関わり、過酷な業務を乗り越えながら、知見とノウハウを積み重ねていった。
アイビーをきっかけにファッションに目覚めた染谷さんにとって、憧れの存在であったアメリカ。彼にとっては聖地でもあったUCLAなどの大学にも行っていたという。
かのマーガレット・ハウエル本人を連れて、熊本観光をした際の一葉。
2001年に独立して立ち上げたレディスブランド「シンゾーン」
「シンゾーン」の躍進を決定づけたのがベイカーパンツの誕生だ。「女性が綺麗に履けるワークパンツを突き詰めました。カジュアルな工場ではなく、あえてウールのスラックス工場で縫い、ハイウエストでセンタープレスを効かせる。結果、8年で6万本を超える異例のヒットとなり、ブランド不動の屋台骨となりました」と染谷さん。カットオフデニムやスラックスも、特にその美しいシルエットが服好きの女性の心を捉え、定番アイテムとして愛用され続けている。デニムパンツ2万8600円、ベイカーパンツ2万3100円、スラックス2万3100円(シンゾーン表参道本店TEL070-1389-5295)
「シンゾーン」店内で無料配布されているシーズンルックをまとめた制作物は、あえて多くを語らずスタイルで見せる。そのクオリティの高さは、業界内でも評判だ。
イチから開発した竹の繊維を100%使用してプロダクツを展開する〈テイクス〉は、「シンゾーン」の新境地だ。その肌触りは抜群。半袖1万1550円、長袖1万3750円(シンゾーン表参道本店TEL070-1389-5295)
染谷さんがいまでも心酔するトラディショナルな愛用品
20年前に「ひと目惚れのように出会った」ボッテガ・ヴェネタのカシミアコート。「一生着たい」と思える、つくり手のこだわりを感じる逸品。
「構築的な本格派を探していた」と語るグッチのヘリンボーンスーツ
約30年前に手にしたSHIPS別注の「オールデン」。良質なコードバンの輝きは、今もドレスとカジュアルを縦横無尽に行き来する。
約45年前に購入した「スタンバリー」のニットとジャケット。「ぼくから長男、そして次男へと受け継がれ、今も現役」という、家族の記憶を繋ぐ誇らしい1着。
本江MEMO
「いまから40年ほど前、80年代の半ば頃、どちらかといえば武骨なアメカジ系シャンブレーシャツにチノパンツスタイルがメインだったぼくが、イタカジ?に影響されてヨーロッパ系に強い『和商インターナショナル』に転籍。下のアイテム群は、当時扱っていたブランドで、『こんなシャツを着てみたり、こんなネクタイをしてみたりしていた』という懐かしきアーカイブです(笑)。誌面に載っているぼくと染谷さんとの写真は当時の人気音楽番組のひとつ『夜のヒットスタジオ』で収録の際。華々しいフジテレビに行くからと、鼻息荒く気合いを入れた『ステファン キング』のシャツが何より思い出深いのです」