【発達障害】わが子が「算数障害」だった… 父が明かす「絵本」に込めた想い〔専門家の解説あり〕
「算数障害」は発達障害のひとつ。クラスに2〜3人はいる割合とされるが気づかないまま思い悩む親子も多い。専門家の解説とともに当事者の父で算数障害がテーマの絵本を出版した水木志朗さんに話を聞く
【図解】「算数障害」どんな状態か?【専門家の解説つき】不登校を繰り返した我が子が、実は「算数障害」だった──。デザイナーで、アノマーツ出版・代表の水木志朗さんはそう語ります。
算数障害は、学習障害(LD)のひとつ。子どもの5~7%、つまり40人クラスであれば「2~3人程度」いる割合とされていますが、気づかないまま思い悩む子どもや親は少なくありません。
水木さんも「どうして我が子は、算数だけが他の教科に比べて極端に苦手なのだろう」と悩む父親の一人でした。
紆余曲折を経てたどり着いた診断は、水木さんの人生を大きく動かす転機になります。
児童文学作家、イラストレーター、さらに算数障害研究の第一人者とともに、絵本『すうじのないまち』を刊行。なんと自ら出版社を立ち上げての挑戦でした。
なぜ、一人の父親が絵本をつくり、社会へ伝えようとしたのか。その背景にある思いを、専門家の解説とともにお届けします。
「子どもの発達障害が分かったときは正直、しんどかったですね。なかでも算数障害についての本はとても少ない状態でした」「書店に行っても並んでいるのは専門書ばかり。情報が少ない時に専門書はとても勉強になりましたが、つらいときには自分の頭が追いつけないこともありました。専門書につなげる一歩手前の入り口になる本があったらいいのかも」
絵本を出版しようと決めた理由を、水木さんはそう語ります。
絵本がひもとく「算数がつらい理由」
▲子どもが算数障害と診断。知識を得ようと書店に行っても「算数障害についての本が非常に少なく情報を入手するのが難しかった」と語る水木さん。
勉強が苦手なわけではないのに、時間のイメージができなかったり、小銭の支払いで混乱したりと、日常のささいな場面でつまずく我が子。
水木さんは、親として「どう助ければいいのか」と模索する日々が続いたと振り返ります。
デザイン事務所を構え、書籍デザインにも携わってきた水木さんは、自身の経験を活かして「算数障害」をテーマにした絵本の制作に着手します。
自ら出版社を立ち上げ、児童文学作家の濱野京子さん、美術作家のユウコアリサさん、編集者の池田春子さんと共に、みんなで悩みながら、今年2025年に、絵本『すうじのないまち』を刊行したのです。
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主人公は、「さんすうなんて、大きらい!」と感じている女の子・レイナ。
おばあちゃんが焼いてくれた20個のクッキーを家族4人で仲良く食べようとしますが、レイナはうまく分けられず、リビングを飛び出してしまいます。
すると、レイナの部屋へやってきたおばあちゃんが昔話を語りだして……。
▲絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文 ユウコアリサ・絵 熊谷恵子 ・解説)より
水木さんが絵本という表現方法にこだわった理由は、親しみやすさにあります。
「絵本なら、親子で一緒に楽しみながら読むことができます。当事者の子どもが読めば、『ぼくもレイナみたいに感じることがあるよ』と自分の気持ちや困難さを説明する助けにもなるかもしれません」
「算数障害」とはどんな状態か
「筆算の位がそろわない」
「計算の手順が覚えられない」
「計算は得意なのに、文章題になると急に解けなくなる」
……こうした姿に心当たりがある家庭も多いのではないでしょうか。
『すうじのないまち』には、レイナを主人公にした物語に加え、算数障害の専門家である熊谷恵子先生(筑波大学名誉教授)の解説が掲載されています。
▲絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文 ユウコアリサ・絵 熊谷恵子 ・解説)より
熊谷先生によれば、算数障害は、発達障害の中の学習障害(LD)に含まれる特性の一つ。
計算や数の理解が特に難しい状態です。ADHD(不注意や多動性)やASD(対人関係やこだわり、イメージする力の特性)を併せ持つこともあります。
算数につまずく根本的な原因は、認知能力のバランスです。情報をインプットして処理し、アウトプットする過程にアンバランスさがあり、学習に困難が生じるのです。
たとえば「数詞」(「さん」という読み方)、数字(「3」)、意味(「●●●」)が結びつかないと、計算方法を習得したり文章題を解いたりするのは難しくなります。
▲絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文 ユウコアリサ・絵 熊谷恵子 ・解説)より
また、順序を表す「序数性」、量を表す「基数性」の理解も大切です。数を数えるときに「1,2,3,5……」と途中の数字を飛ばしてしまうという序数性の困難があったり、反対に、順番はわかるけれど、数が表す量がイメージできなかったりします。
他にも、計算に必要な情報を一時的に保持する「ワーキングメモリ」、計算を順序立てて処理する「継次処理」、全体をまとめて処理する「同時処理」など、算数にはさまざまな能力が必要です。
算数障害は「困難」が伝わりづらい
学習障害(LD)には大きく「読字障害(ディスレクシア)」「書字表出障害(ディスグラフィア)」「算数障害(ディスカリキュア)」の3つがあり、読字障害なら「音読が苦手」、書字障害なら「漢字が覚えられない」など、比較的“見えやすい困難”で表れます。
しかし、算数に関連する能力は、とても抽象的。困難さを当事者である子ども自身が説明するのは難しく、周囲もなかなか理解してあげられません。
しかも「積み重ねの教科」である算数の場合、どこかでつまずくと、学習全体に影響が出やすいのです。熊谷先生は、「とくに小学校1~2年生で周囲の大人が気づいて対応することが、社会生活に必要な算数の考えを身につける上で大切」と説明します。
小学校高学年になるほど、子どもは苦手さを隠しやすくなり、周囲も気づきにくくなることも。放置すれば、自己肯定感の低下や不登校につながってしまうリスクもあります。
「数や計算の苦手さには、必ずその子なりの理由があります。検査など少し手間はかかりますが、できるだけ早く適切な支援に繫げていくことが大切です」(熊谷先生)
もちろん、どんなタイミングでも遅すぎるということはありません。水木さんの子どもも、診断を受けたのは高校生のときでした。
子どもの特性に合ったサポート
「優等生に育てたい」から、「子どもの特性に合ったサポート」へ。困り事の裏にある「算数障害」に出会い、水木さんの子育の価値観は大きく変わりました。
その背景には、自身の「反省」があったといいます。
▲絵本『すうじのないまち』では、主人公・レイナが算数障害の困りごとと向き合い、家族が受け入れサポートする姿が描かれている
「子どもが中学生くらいまでは、僕もどこかで『普通』にこだわっていました。でも、親が子どもの特性を受け入れない限り、子どもが自分の力だけで困難に対応していくことは難しいと気づいたのです」
わたしたち親世代は、「苦手は克服しなければ」という感覚を刷り込まれて育ってきました。けれど、もうそれは手放していいと水木さんは続けます。
「困難さを無理に乗り越えさせるより、子どもに合った環境を一緒に考える姿勢が大切だと感じるようになりました」
また、不登校で悩む親子にとっては「孤独にならないこと」が重要だと話します。
「不登校の時期に一番つらかったのは、親子が社会から切り離されてしまうことでした」「孤独は家族内の衝突やストレスを生みます。親の会に参加したり、子どもの趣味のイベントに一緒に行ったりと、何かしら外の世界との接点を保つと家族内の風通しも良くなる。学校以外で子どもを認めてくれる場所があると、それが親子の心の安定にも繫がります」
子どもと社会を本でつなぐ
子どもが発達障害の診断を受けるまで、「多様性」というテーマを深く意識したことはほとんどなかったという水木さん。
しかし今では、その考えも大きく変わりました。むしろ「発達障害や、様々な困りごとを知ること」こそ、社会を生きやすくする第一歩だと感じるようになったといいます。
水木さんが立ち上げたアノマーツ出版は、「困りごとのある人や家族と社会を、本でつなぐ」というコンセプトを掲げています。
「発達障害の困りごとは、当事者だけが理解していればいいわけではありません。クラスメイトや友だちなど、周りの子が知っているかどうかで、学校生活は大きく変わります。知識があれば、行動も変わる。子どものうちから多様性に触れることは、のちの価値観を豊かにしてくれるはずです」
当事者である水木さんのお子さんも、お父さんの活動を応援しているのだそうです。
水木さんはこれからも、児童書を通じて、さまざまな発達の困りごとを社会に伝えたいと考えています。
【「算数障害」をテーマにアノマーツ出版の代表・水木志朗さんにお話を伺う連載は前後編。我が子が算数障害と診断された体験と、その後の対応についてお聞きした前編に続き、今回の後編では、算数障害の専門家による解説とともに、算数障害をテーマにした絵本について伺いました】
取材・文/中村 藍
写真/柏原 力
【参考】
算数障害とはなにか(日本LD学会)
絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文 ユウコアリサ・絵 熊谷恵子 ・解説)
『算数障害がわかる本 解けない理由と支援のしかた(熊谷恵子 ・監修)