【発達障害】計算が苦手…実は「算数障害」だった 子どもとの向き合い方を当事者の父が明かす
発達障害のひとつ「算数障害」を持つ人の割合は5〜7%、40人クラスであれば2~3人程度が該当する。我が子が算数障害と診断された経験から出版社をたちあげたデザイナーの水木志郎さんに話を聞いた。
【図解】「算数障害」どんな状態か?【専門家の解説つき】「簡単な暗算でも指を使っている。もう小学校2年生なのに……」
「『あと15分よ』と時計を見せても理解できないのはどうして?」
親としては、「子どもの努力不足。ちゃんと取り組んでよ」といら立ったり、「今は苦手だけれど、そのうち分かってくるだろう」と考えたりしてしまいます。
しかし、その「困った」は、脳の特性である発達障害のひとつ「算数障害(ディスカリキュア)」かもしれません。算数障害の発症率は5~7%。40人クラスであれば2~3人程度にあたる割合です。
この記事では、「我が子が算数障害」と診断された経験から出版社をたちあげたデザイナー・水木志朗さんに、前後編でお話を伺います。
今回の前編では、ご自身の育児経験や子どもが算数障害だと分かってからの対応を聞きました。
優等生に育てるはずが……はじまりは不登校だった
▲我が子の不登校の背景には、もっと深い困りごとが隠れていた(写真はイメージです:アフロ)
水木さんのお子さんは、小学校高学年のときに初めて学校へ行けなくなりました。当時、水木さん夫妻はその理由を「自分たちの子育てのせい」と受け止めていたといいます。
「親としては、勉強もスポーツも頑張ってほしいという気持ちはありました。厳しくしたつもりはありませんが、『できれば優等生でいてほしい』という親の期待を込めすぎた声かけをしてしまっていたかもしれません」
当時は、算数障害はもちろんのこと、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD、学習障害(LD)といった発達障害の可能性はまったく頭になかったといいます。
「子どもに合わない関わり方をしていたのかもしれない」。そう考えた水木さんは、夫婦で話し合い、子育ての軸を「親の価値観」から「子ども主体」へと大きく切り替えました。
学校のサポートにも助けられ、子どもは半年以上の欠席のあと再び登校を始めます。
しかし、それで本当の問題が解決したわけではありませんでした。後になって、もっと深い困りごとが隠れていたことが明らかになるのです。
受診・診断と二次障害
子どもは中学校でも再び学校へ行けなくなり、そのまま不登校に。
保健室登校や教育相談など、できることを一つひとつ試しましたが、どれも解決には至りませんでした。
修学旅行や卒業式などの行事も欠席。卒業証書は、校長室で受け取りました。先生やスクールカウンセラーなど、誰にも発達障害と指摘されることなく中学時代を終えました。
当時、水木さんはデザイナーとして独立し、事務所を構えていました。妻と二人で子どもの様子を見守り、落ち着いたのを確認してから仕事へ向かう。そんな緊張感のある日々が続いていたといいます。
「振り返ってみると、本人は中学校特有の“スクールカースト”や空気を読んで人間関係をつくる環境に、疲れを感じていたのではないかと思います。『周りと同じような普通の子でいてほしい』という親の願いも、結果として本人を追いつめていたのかもしれません」
子どもは精神的に不安定になり、家庭内でも気持ちを激しくぶつける行動が見られるように。水木さん夫妻はその姿を見て、「これは単なる不登校では説明がつかないのでは」と感じるようになりました。
▲気持ちの浮き沈みや問題行動は、発達障害による困りごとを抱えて起こる「二次障害」が原因だった…(写真はイメージです:アフロ)
その後、子ども本人の希望もあり医療機関を受診。そこで伝えられたのは、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD、そして算数障害という診断でした。
気持ちの浮き沈みや問題行動が見られたのも、ASDやADHDに伴う二次障害と考えられます。
二次障害とは、発達障害のある子どもが、学習や生活上の困難によって心理的・行動的な不調を起こしてしまう状態を指します。
「ASDやADHDについては本を読んで知っていましたが、いざ診断を受けると、やはりショックでしたね。算数障害に至っては、初めて耳にする言葉でした」
しかし冷静に考えてみると、水木さんには思い当たることもありました。
生活での具体的な困りごと
▲「算数障害」の子どもは「計算」が苦手なだけではなく、日常のさまざまな場面で困りごとを抱えている(写真はイメージです:アフロ)
「小学校2年生になっても指を使って計算していたので、つい注意したことがあります。それに、『12時に◯◯へ行く』と分かっていても、ギリギリまで別のことをしてしまう。『30分前の11時半にには着替えて……』と逆算して見通しを立てることができないのです。日程的なスケジュール管理も苦手でした」
他にも、生活の中での困りごとはありました。たとえば、バスに乗ると何故か不機嫌になってしまうのです。原因は、「乗車賃をすばやく計算してその場で小銭を支払う」のが苦手だったからです。
「たとえば180円を払う場合、私たちはお財布の中の小銭を見て『100円玉+50円玉+10円玉3枚』や『50円玉3枚+10円玉3枚』など必要な金額を用意しますよね。しかし、うちの子にとってはその組み合わせをつくる作業が、とても負担だったようです」
さらに、お金そのものの価値を直感的に捉えにくい様子も見られました。
千円札と1万円札の差がイメージしづらく、中学生にとっては大金といえる金額を、好きなフィギュアや洋服にためらいなく使ってしまうこともあったのです。
しかし水木さんの子どもの場合、「勉強が苦手」という単純な話ではありませんでした。
英語など算数以外の教科は得意で、記憶力も良かった。ドリルを繰り返せば算数でもテストで悪くない点数が取れていました。
だからこそ、周囲の大人も「少し算数が苦手なのかな」くらいの認識にとどまっていたのだといいます。
「親ができるサポート」と「知ること」
子どもが発達障害の診断を受けてから、水木さん一家は大きく変わりました。
まず、良い精神科医に出会えました。二次障害に対しカウンセリングや薬などを上手に使い、少しずつ精神的に安定して過ごせるようになり、家庭の空気も落ち着きを取り戻していきました。
同時に、生活の中の“算数障害ならではの困りごと”が明確になり、親が具体的なサポートを考えられるようになったといいます。
たとえば、残り時間を把握するため、残り時間が視覚的に分かりやすいタイマーを使い始めました。
また、カレンダーの「今日」のところに手作りで移動可能な枠をつけ、スケジュールを「見える化」。日付の感覚がつかみやすくなりました。
お金の価値は、好きなものに置き換えて教えました。子どもが好きな漫画は1冊がだいたい700円~800円。「1万円は、漫画が10冊以上買えるくらいの価値なんだよ」と伝えるとイメージしやすくなったといいます。
子どもは通信制高校に進学し、オンラインと通学を組み合わせながら、自分のペースで学べる環境で、新しい生き方ができるようになりました。
「中学校までは『今日は学校に行くの? 行かないの?』と毎朝確認しなければならず、親としても本当にしんどかった。でも通信制高校に入って、その負担が軽くなりました。環境によってこんなにも違うのだと実感しています」
水木さんはこの経験を通して、目に見えない障害を“知る”ことの大切さを強く感じたといいます。
理解されづらい特性が、どれほど本人を追いつめ、どれほど親を悩ませるのか。その気づきが、一人のデザイナーだった水木さんを、ある大きな挑戦へと駆り立てていくのです。
【「算数障害」をテーマにアノマーツ出版の代表・水木志朗さんにお話しを伺う連載は前後編。今回の前編では、我が子が算数障害と診断された体験と、その後の対応についてお聞きしました。次回の後編では、算数障害の専門家による解説とともに、算数障害をテーマにした絵本について伺います】
取材・文/中村 藍
写真/柏原 力
【参考】
算数障害とはなにか(日本LD学会)
絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文 ユウコアリサ・絵 熊谷恵子 ・解説)
『算数障害がわかる本 解けない理由と支援のしかた(熊谷恵子 ・監修)