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藤巻亮太、「3月9日」リリース20周年記念『THANK YOU LIVE 2024』 記念日にふさわしいメモリアルなライブをレポート

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藤巻亮太

THANK YOU LIVE2024
2024.3.9 日比谷野外音楽堂

この歌が生まれてから、3月の中のありふれた1日が、たくさんの人にとって特別な1日に変わった。名曲「3月9日」のリリースから20周年となる2024年3月9日に行われた、藤巻亮太の『THANK YOU LIVE 2024』。20年間のどこかでこの歌に出会い、自分の歌のように大事にしてきた、様々な年齢層の観客で日比谷野音はいっぱいだ。天候は晴れ。午後3時の開演時間ちょうど、「3時9分の開演となります」とアナウンスが入る。粋な趣向に応えて起こる拍手が、日差しのようにあたたかい。

いつものバンドメンバーといつもの笑顔。一足先に季節を先取る「Sakura」から始まったライブは、「日日是好日」「まほろば」と、アップテンポの楽曲を連ねてぐんぐん飛ばす。雨でも晴れでも日々 日日是好日、という歌詞はどんな天候でも使えるから便利だよなと、余計なことを思うのはやはり今日が晴れだから。藤巻亮太の歌詞には天気や季節、景色の描写がとても多いから野外ライブに良く似合う。出かけてみよう自然の中へ。自らエレクトリックギターをばりばり弾いてバンドをリードする、今日も自然体で絶好調の藤巻亮太。

「見てくださいこの青空を。野外で音楽を聴くにはぴったりの、気持ちのいい青空が顔を出してくれました」。

時折風が強まって音が流れる中、「Sunshine」から始まるセクションは、太陽の光と熱を感じるゆったりと大らかな曲が並ぶ。アコースティックにギターに持ち替えて歌う「シーズンドライブ」には三寒四温の春の心境が、柔らかいピアノの音色が導く「太陽の下」には夏の夜のイメージがある。1曲ごとに季節が変わり、時刻が変わる。時折吹く冷たい風で木々が揺れて音が流れる。あたたかい手拍子と手振りで観客が一体になる。

「自分が経験したすべてが、自分の音楽にいろんなものをくれたのかなと思います」。

自らの原点である山梨、レミオロメン、そして今に至るまでの様々な心理を振り返る口調はとても穏やか。流れる季節が彼の心に落ち着きと丸みをもたらしたのは間違いない。しかし歌に込めた熱と激しさ、情熱はたぶん変わらない。「北極星」から「Wonderful & Beautiful」「粉雪」と冬が深まり、「茜空」で春を迎える“しっとりセクション”の歌と演奏には、若さゆえの苦みと痛みが濃厚に感じ取れて心がざわめく。時折空を見上げながら、ハンドマイクで歌う「茜空」のみずみずしい切なさ。花鳥風月に時々の心を託す、藤巻流の歌づくりは古びない。

コロナ、戦争、天変地異。世界で起き続ける大きな出来事と、ささやかな日々の日常とを繋ぐもの。遠くのことは考えられなくても、小さな幸せを共有できればそれでいい。実感を込めたMCに続く「小さな幸せ」からの4曲には、底辺に深く流れるメッセージが共通するように感じる。ひときわ気迫のこもった歌が聴けた「小さな幸せ」は、個人的にこの日のベスト歌唱の一つ。太く強い安定感抜群のバンドに支えられた「電話」の一体感、特にアウトロの盛り上がりはすさまじい。そしてサイケデリックなダンスロック「東京」から、プログレめいた複雑な構成とラウドな演奏で圧倒する「大地の歌」へ、バンドが一体となったアグレッシブな演奏が続く。突然冷たい風が強くなった。ステージ後方の白布が激しくはためいている。

「涼しくなってきましたが、大丈夫ですか。ここから体を動かして、盛り上がっていきましょうか」。

ここから行くのに新曲かよ、と自らツッコミを入れて、初披露された「桜の花が咲く頃」。目黒川を歌い込み、外国人観光客の賑わいを描く、写実的な歌詞に明るくはずむリズムとメロディが良く似合う。ここから一気にラストスパート、全員参加のジャンプと手拍子が壮観な「南風」、陰って来た日差しの代わりに七色のライトが輝きを増す「雨上がり」、そして「スタンドバイミー」。藤巻亮太の原点、レミオロメンの楽曲には永遠の若さと勢いを閉じ込めたタイムカプセル。いつどこで聴いてもあの頃の新鮮さと感激が生々しく蘇る。さぁ、残すは1曲、

「みなさんの明日からの健やかな日々を願って。20年分の思いをこめてお届けします」。

「3月9日」がなぜこんなに特別な1曲になったのか。友人の結婚式のために作られた極私的な1曲が、楽曲の普遍的な魅力、バンドの魔法、ドラマのタイアップ、カラオケ、結婚式、卒業式を通じて、まだインターネットが普及しきらない時代に、たぶん草の根で広がっていった叩き上げの名曲。どの季節に聴いてもいいが、やはり3月9日に聴く「3月9日」は格別だ。揺れる手、歌う声、冷たい空気、暮れなずむ青空、春の予感。心の中のフレームに収めたい、思い出の写真。

アンコールではなんと、さらなる新曲も聴かせてくれた。アコースティックギターとハーモニカの弾き語りで歌う「ありのままの君へ」は、高校生をはじめ若い世代へ期待を託す藤巻流のエールソング。さぁここから歩き出そう。バンドメンバーを呼び込んで最後にもうひと盛り上がり、「朝焼けの向こう」もまた藤巻亮太らしいまっすぐで熱い応援歌だ。歌い終えて拍手、歓声、ラインナップ、挨拶。それは記念日にふさわしい、メモリアルなライブだった。

しかし彼は帰らない。最後に、“歌う「3月9日」はいかがでしょうか?”と、アコースティックギター1本で、メインボーカルを観客に託して歌われた「3月9日」。それはある意味、「3月9日」の本当にあるべき姿だったかもしれない。青い空は凛と澄んで。普段から歌っているわけでもないのに、口を動かせばほぼ歌えることに自分で驚く。満面の笑顔で伴奏する藤巻。様々な年齢層の、様々な人間が声を一つに歌う姿。

2024年3月9日、「3月9日」は20歳の誕生日を迎えた。歌は聴き手とともに年を取り、次の世代へ受け渡される。陽の落ちかけた日比谷公園は指がかじかむほどに寒かったが、そこには春の近さを感じさせるあたたかさが確かにあった。

取材・文=宮本英夫 撮影=Ryo Higuchi

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