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『美味しんぼ』から40年。いまだ見果てぬ「究極のパラパラチャーハン」──映画研究者・三浦哲哉さんの【あの人のチャーハン】

NHK出版デジタルマガジン

『美味しんぼ』から40年。いまだ見果てぬ「究極のパラパラチャーハン」──映画研究者・三浦哲哉さんの【あの人のチャーハン】

青山学院大学教授で映画研究が専門の三浦哲哉さん(49)。近著『自炊者になるための26週』が広く読まれ話題を呼んでいます。三浦さんは子どもの頃、どんなチャーハンを食べていたのでしょうか。チャーハン観に影響を及ぼしたという、小学生時代にむさぼり読んだ漫画『美味しんぼ』や「究極のパラパラチャーハン」、「男の料理」などについて聞きました。

NHK出版公式note「本がひらく」連載「あの人のチャーハン」よりご紹介。(※本記事用に一部を編集しています)

『美味しんぼ』がインフラだった小学生時代

「食」についての文章にファンが多い三浦哲哉さん /撮影・編集部

──三浦さんは「食」に関する本や文章を多く書かれていますが、初めてチャーハンを作ったのはいつ頃ですか。

大学に入って、福島から東京に出てひとり暮らしを始めた時ですね。自炊の入門書を買って、ひと通り覚えようかなと第1章から真面目に取り組んだんです。その中にチャーハンがありました。でも、あまりうまくいかなかったですね。

──うまくいかなかったとは?

思い描いていたような、パラパラな感じにならなかった。

──パラパラが念頭にあったということですか?

そうですね。僕が大学に入った1995年は『料理の鉄人』(フジテレビ系)の全盛期で。はまって見てました。たぶん全放送見ているのではないかと思います。

周富徳さんの「えびマヨ」を真似してソースにジンを入れてみたり。感化されやすいんでしょうね(笑)。

──1億総グルメを招いたといわれる、漫画『美味しんぼ』は?

小学生の時に連載が開始されたので、自分はど真ん中世代ですね。ずっと読んでいました。近所の床屋に全巻揃っていて、ちょっとした教育インフラ状態(笑)。体感ですが、クラスの男子の4人に1人は全巻制覇していましたね。

小学生が、食べたこともないのに「フォアグラよりあん肝の方がおいしい」なんてしたり顔でしゃべったり(笑)。
チャーハンの知識もやたらありました。炎を御さないといけない、って(笑)。

炎を御さないといけない

出典:原作・雁屋哲、作画・花咲アキラ 『美味しんぼ』4巻「直火の威力」 (小学館)

──『美味しんぼ』4巻の「直火の威力」ですね。若い料理人が中華街の重鎮たちに料理を審査される話で、あれを読んだらチャーハンはパラパラでないといけないって刷り込まれますよね。

「飯の一粒ずつが充分に火にあぶられて、香ばしくなければならない。これじゃチャーハンではなく、西洋のピラフだ」ってダメ出しされますからね。

──「必要なのは強い心」だとも。チャーハンを作るのにそこまで必要!?って思いますけど。逆にだからこそ当時の男の子たちは夢中になったんでしょうか?

そうですね。頂上を目指して、超人探究する世界が少年心をくすぐったんだと思います。梶原一騎のスポ根に近いですよね。

──なるほど。『巨人の星』や『あしたのジョー』に通ずる世界ですね。

出典:原作・雁屋哲、作画・花咲アキラ 『美味しんぼ』4巻「直火の威力」 (小学館)

──この頃、「炎と闘う男の料理」としてチャーハンがブームになりました。強い火力の業務用のガスを自宅に引いたり、鍋振りに熱中する男性が少なくなかったようです。何が魅了したのでしょう?

やはり炎を御したい(笑)というか、火にかかわることに本能的に惹かれる部分があるんだと思います。

2019年にアメリカで暮らしましたが、普段の料理は作らないけれど、「バーベキュー道」を追求する男性たちが結構いました。バーベキューの本もたくさん出ています。

あと、中華料理屋で火柱がぶわっと立ち上る瞬間って、見ていて血が沸き立つじゃないですか。鍋を振り立ち向かいたい欲求もあると思います。それは僕にもありますよ。

──「人類と炎」、根源的なテーマにつながりそうですね(笑)。その後、「男の料理」ってどうなっているのでしょうか。

僕はいま49歳ですが、「男の料理」は世代が違う。上の世代の話って感じがします。

僕が社会に出た時は90年代末の氷河期でロスジェネ世代と呼ばれ、「グルメ」という言葉に鼻じらむ思いがありました。

社会全体が貧しくなっていき、地球環境の問題もいっそう切実になってきた。さらに東日本大震災もありました。
『美味しんぼ』のような究極を目指す世界から一巡して、30代頃から反省というか考え方を改めていく傾向が僕ら世代に共通しているかもしれません。ナンバーワンを目指すのではなく、足元を見つめ直して、オンリーワンの価値を再発見するというような。

「ヘルシー・チャーハン」と「ギトギト・チャーハン」

三浦さんの、食べたくなる本と料理したくなる本 /撮影・石田かおる

──子どもの頃、家ではどんなチャーハンを食べていましたか?

母は料理好きでなんでも作ってくれました。ただ健康志向で、野菜多めで塩分や調味料は控えめな料理でした。
だからチャーハンも味気ないというか、まずくもないし、うまくもない。

餃子やハンバーグもやたら野菜が多くて、「肉汁じゅわ」っていうのにすごい憧れましたね。
マクドナルドの100%ビーフのパティを食べた時、つなぎとかがなくて「ハンバーグって、こういうものだったのか」って思いました(笑)。肉だった、と。

──外食でチャーハンを食べることは?

近所の中華料理屋さんにたまに食べに行きましたが、それがたまらなく嬉しかったですね。チャーハンはラーメンとセットでしたが、味が濃くてギトギトで。すごくおいしく感じられた。

──家とは対極にあるチャーハンですね。

家のチャーハンとの振り幅に衝撃を受けましたよね。店のはラードをたっぷり使い、うま味調味料もきっちりきかせていたんだと思います。

少し「悪い味」っていうんですかね。母があまり食べさせたくない類いのものなんだろう、というのも子ども心にうっすら感じて。

──その背徳感がいっそうおいしくさせるんですよね(笑)。

目が見開かされるような「究極」はあるのか

大学生の時に初めてチャーハンを作った /撮影・編集部(以下同)

──先ほどのお話で、大学生の時に初めてチャーハンを作って、あまりうまくいかなかったということでしたが、その後は?

自分なりにいろいろ工夫したつもりなんですが、長い間、どこかずっと欲求不満が残る感じがありました。
コツや裏ワザの情報はいっぱいあって、例えばご飯を炒める前に卵と混ぜておくなんていうのもやりました。でも、よしできた!という達成感は微妙に得られないというか。

──TKG(卵かけご飯)方式ですね。パラパラにならなかったですか? 味の好みは人によって分かれるかもしれませんが。

そこそこのパラパラにはなっているはずなんですけど……。
チャーハンってあれこれ試しても、「完成形はこれか!」みたいな感動に到達したことがないんですよね。
もちろん、そこそこおいしいんですけれども。

──期待値が高いとか?

そこが逆によくわからないんですよね。米のパラパラ状態も含めた「究極のチャーハン」ってあるんですかね? この店に行って頼んだら「ゴール」みたいな。

名前の挙がるような店に食べに行くと、確かにおいしいしパラパラもしている。チョモランマもあれば富士山もある。
どの店もそれぞれの店なりにおいしいし、すごい調理技術なんだろうな、とも思うんですけど、それらを超越する「目が見開かされるような究極」ってあるのか。そもそも感涙にむせぶほどおいしくなる料理なのかが、どうもよくわからないんですよね。

──そのへんは私もモヤモヤしている部分です。そもそも「パラパラ」ということについて確たる共通認識があるのかなと疑問に思うことがあります。「しっとりチャーハン」といわれる店のチャーハンもそれなりにパラパラしているし、「パラパラチャーハン」の店のチャーハンにもしっとりした部分はある。パラパラなだけだとパサパサになってしまうし、そもそもチャーハンのおいしさは「パラパラ」だけで決まるものでないですしね。

ゴールが見定めがたいがゆえに、ロマンの追求が終わらないのかもしれませんね。西遊記の天竺みたいになって。

──作り方を巡る「チャーハン論争」が終わらないのもそういうことなのかもしれませんね。

紅麹で「赤いチャーシュー」を作る

──ところで、今日は家チャーハンをごちそうになれるということで楽しみに伺いました。どんなチャーハンでしょうか。

「赤いチャーシュー」のチャーハンです。「赤いチャーシュー」にはロマンがあるんですよ。僕の「心に残るチャーハン」とつながりますし。中国の「紅麹」の風味もぜひ味わっていただきたいです。

※9月公開予定の中編に続きます。
「赤いチャーシュー」を巡るロマンと思い出。ファミレスやコンビニでおいしいものが簡単に食べられる時代にあえて自炊を提案する理由や、おいしさの「2つ感覚」、決め手になる「匂い」の科学など知られざる最前線についても伺います。

プロフィール

映画研究者 三浦哲哉
青山学院大学文学部比較芸術学科教授。専門は映画批評・研究、表象文化論。1976年、福島県郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。著書に『自炊者になるための26週』(朝日出版社)『LAフード・ダイアリー』(講談社)、『食べたくなる本』『サスペンス映画史』(みすず書房)、『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店)、『映画とは何か──フランス映画思想史』(筑摩選書)など。

取材・文

石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。

題字・イラスト:植田まほ子

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