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【横浜市青葉区】平和への願いを歌声に込め ウクライナ避難民合唱団が5月28日、フィリアホールの慈善コンサートに出演

タウンニュース

スタジオで練習を重ねるウクライナ避難民合唱団「ウクライナ日本芸術」

 ロシア軍がウクライナの首都キーウを含む広範に地上侵攻を仕掛けた日から丸4年が経過した。本記事起稿時点(5月13日)で、長引く戦争をどのように終わらせるのか、具体的な道筋は不透明のまま。

 戦禍を逃れるため、祖国を離れて避難をしているウクライナ人は全世界に約600万人いるとされる。ウクライナのオデーサ市と姉妹都市提携を結んでいる横浜市も積極的に避難民を受け入れてきた。時間の経過とともに、「緊急避難」から「長期滞在・定住」へと支援のフェーズは移り変わってきている。

 日本ウクライナ芸術協会(代表・澤田智恵さん)が設立したウクライナ避難民合唱団が2024年から市内を拠点に活動を続けている。この内5人は緑区内で暮らす避難民で、彼らは5月28日(木)、青葉区内で開催されるウクライナ孤児支援のチャリティーコンサートで歌声を披露する。異国の地でどのような日々を送っているか、ウクライナ人として世界に何を発信していきたいか、本番を前に合唱団メンバーたちにインタビューを行った。(協力:澤田さん)

 青葉区内のスタジオで練習を重ねる合唱団。カラフルな刺繍が施されたウクライナの民族衣装「ヴィシヴァンカ」を身にまとう。侵攻から1カ月後には長期化が確実視され、命の安全のため避難を選んだ彼らは、祖国に思いを馳せ、歌う。

スームィ州出身・ナタリヤさん

 ウクライナ北東部、ロシアとの国境から約25Kmに位置するスームィ州ショストカで夫婦で暮らしていたナタリヤさん(70代・女性)。侵攻が始まった直後について、「この町はロシア軍に包囲され一時的に封鎖状態となった」と緊迫した当時の状況を振り返る。首都・キーウへの「通過点」となることから標的にされた。自警団や一般市民による決死の抵抗でロシア軍の補給線を断ったことで幸いにも占領は免れたという。

 ナタリヤさんは22年末、日本にいる娘を頼って緑区に避難してきた。「最初は戸惑いました。全てが違っていました」

日本で結成

 緑区は、ウクライナ避難民が市内でも特に多いエリアだったことから、23年2月から月に1度、情報交換や困りごと解決のための集いの場として「MIDORI CLUB」(横浜YMCA主催)が十日市場地域ケアプラザで開かれるようになった。この場にウクライナ支援のための演奏活動を行っているバイオリニスト・澤田さんが訪問し、ウクライナの曲を演奏した。すると、母国の音楽を聞いたウクライナ人たちが大合唱。会場はスタンディングオベーションに包まれた。

 演奏後に澤田さんから「合唱団をつくりませんか」と思わぬ提案があり、ナタリヤさんは魂を揺さぶられた。「遠く離れた地で母国の歌を歌えるなんて。雷に打たれたようだった」と言い、思いを共にするウクライナ避難民に呼び掛け、合唱団の活動を始めた。

母国語への誇り

 合唱団のメンバーは11人。20〜70代の女性と70代の男性から成る(現役世代を中心に60歳までの男性は「総動員令」により、原則として出国が禁止されている)。コンサートで披露するのはウクライナの讃美歌『ウクライナへの祈り』。「戦争が始まるまで誰が何語を話そうが気に留めたことはなかった」とナタリヤさん。ロシア語も流暢に話せるが、ウクライナ語を使うようになったという。母国への誇りを胸にウクライナ語で歌声を届ける。

歌うことが「心の支え」日本での暮らし、5年目に戦禍逃れ、緑区で結婚

 西ウクライナの文化の中心地とされる都市・リヴィウから避難してきたヴォロディミルさん(70代・男性)とテチヤナさん(70代・女性)。2人はウクライナで知り合い、結婚の話を進めていたが侵攻開始と重なった。リヴィウにも空襲警報が鳴るようになり、国内で結婚することは叶わず22年3月に日本へ避難。しばらく経った23年1月、緑区役所に婚姻届を提出して、晴れて夫婦となった。「今では日本を第2の故郷のように感じている」と口をそろえて語る。

 「日本人は友好的で親切。道に迷ったときも、電車の乗り方が分からないときも丁寧に教えてくれた」とヴォロディミルさん。日本での生活に馴染んできたが、一方で避難生活が長くなったが故の不安も抱えている。

帰れない、不安募る

 「避難できた私たちのことを、避難せず国に残った人たちはどう思っているのだろう。帰ったときに知らない国に変わっているのではないか」と、不安の声を漏らすテチヤナさん。また、4年も経つとその間に亡くなる友人も多く、「帰ったときに彼らはいない。お別れができないまま」と、日本にいることに心咎めを感じることもあるという。

 合唱団としての活動は、そんな不安定な心を支える時間にもなっている。「合唱を通して孤児支援の寄付を集められる。自分も支援活動の一員になれている、という感覚は私たちの心の支えになっている」とナタリヤさんは話す。テチヤナさんも「合唱団の活動なくして日本での生活は考えられない」と言い、練習ができる日を心待ちにして過ごしている。

 ある日、ランドセルを背負った小学生が笑顔で「バイバイ」と手を振ってきた。日本では当たり前の光景だが「うれしくなる」とヴォロディミルさん。ナタリヤさんも「いつか、世界中の子どもが日本の子どものように、命の心配なく安全に過ごせる日が来るように」と願いを語った。

友に手を差し伸べる感覚で日本ウクライナ芸術協会代表・澤田智恵さん

 日本ウクライナ芸術協会が主催する今回のコンサート。収益の一部は孤児支援に活用される。寄付先はウクライナ法務省に1996年に登録された基金「Приятелi дiтей」(子供達の友人達)で、同基金が孤児や前線地域の子どもたちを無料招待して開催するサマーキャンプの費用に充てられる。

 澤田さんはこれまで、キーウをはじめウクライナ各地で現地国立楽団らとコンサートを行い、ウクライナという国やそこで暮らす人々と深いつながりを築いてきた。「私にとってウクライナは身近な存在」と言い、チャリティーコンサートの成功に向けて骨を折るのも「目の前に困っている人がいたら手を差し伸べるのと同じ感覚」と話す。

「好き」でつながる

 しかし世間では、戦争が長期化するにつれてメディアでの報道も減り、人々の支援の気持ちも次第に薄れていった。「支援疲れ」という言葉が使われることもあった。

 それでも変わらず澤田さんがウクライナ支援のコンサートを続ける理由は「好きになってファンになれば、助けたい気持ちはなくならない」という確信があるから。合唱団のメンバーには「あなたたち一人ひとりが生のウクライナを伝えられる大使です」と伝え、「音楽を通してウクライナに興味を持つ日本の方が一人でも増えてくれたらうれしい」と心を燃やす。

 戦争という望まない形で注目が集まってしまったウクライナだが「人々は優しく、土地は肥沃で食べ物が美味しい。『黒海の真珠』と言われる美しい街並みに、刺繍に象徴される暮らしを彩る美的センスなど、この国はポテンシャルがある」と熱がこもる。「かわいそう」ではなく「好き」の感情でつながる支え合いの形を目指してコンサート当日に臨む。

活動への思いを語るナタリヤさん
ヴォロディミルさん(右)とテチヤナさん
ウクライナの魅力を語る澤田さん

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