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放流体験を通して<ウナギ資源>を考え直す 日本の食文化「土用の丑の日」の裏で起きていること

サカナト

ウナギの蒲焼(提供:PhotoAC)

先日、ウナギの稚魚を放流する地域のイベントに参加してきました。

川に放流されたウナギに向かって子どもたちが「大きくなってね」と声をかける姿が微笑ましく、子どもたちにとってはこの体験を通じて命の大切さを感じる良い機会であったと思います。

しかし、ふと疑問がわきました。放流されたウナギは一体どれくらいの数が成魚になるのだろうかと。

この疑問をきっかけに、ウナギの放流事業について調べてみると、ウナギ資源の保全について私たちが考えるべきことは想像以上に多いことがわかりました。

万葉集にも登場するほど日本人になじみ深い魚

日本人とウナギの関わりは非常に古く、縄文時代の貝塚から骨が出土しているほどです。

奈良時代に編纂された『万葉集』に、大伴家持が夏痩せした友人に「ウナギを獲って食べなさい」と勧める歌が詠まれており、古くから滋養強壮に良い食材として知られていたようです。

江戸時代には現在のような蒲焼のスタイルが確立され、庶民の味として広く親しまれるようになりました。

このように、ウナギは日本の食文化に深く根付いた特別な存在なのです。

なぜ放流が必要なのか? 絶滅の危機に瀕するニホンウナギの現状

私たちが普段何気なく食べているウナギが、今、食卓から消えようとしているのを知っていますか。

長年、日本の食文化を支えてきたニホンウナギですが、その資源量は激減しています。これが、ウナギの放流事業が進められる背景でもあります。

ウナギ(提供:PhotoAC)

1960年代には3000トンを超えていた天然ウナギの漁獲量は、1970年以降は下がり続け、2023年の漁獲量は55トン。深刻な状況を受け、2014年国際自然保護連合(IUCN)はニホンウナギを「絶滅危惧IB類(EN)」に指定しました。

これは「近い将来、野生での絶滅の危険性が高い」ことを意味する深刻な状態なのです。

さらに2025年、野生動植物の過剰な国際取引を規制するワシントン条約の事務局は、ニホンウナギを含む食用ウナギの取引を規制すべきだというEU(欧州連合)からの提案を「採択を勧告する」と評価しました。

ウナギ資源減少の主な原因は?

ウナギ資源減少の主な原因としては、次の3つが考えられています。

シラスウナギの過剰な漁獲

特に稚魚であるシラスウナギの乱獲が問題視されています。

現在、私たちがスーパーや飲食店で口にするウナギの99パーセント以上は養殖されたものです。

しかし、ウナギは人工環境で卵から育てる「完全養殖」の商業化がまだ実現していません。そのため、養殖に使う稚魚はすべて、冬に沿岸へやってくる天然のシラスウナギを捕獲することに依存しています。

つまり、シラスウナギを獲りすぎると、親となって産卵するウナギの数が直接的に減ってしまい、資源の再生産サイクルそのものを破壊することに繋がるのです。

河川や沿岸域の生息環境の悪化

ウナギは、産卵のために海へ下り、成長するために川を遡上するという、海と川を行き来する回遊魚です。

しかし、その生活経路の途中にダムや堰といった人工物が建設されることで、ウナギの移動が妨げられてしまいます。

特にウナギは一般的な魚道(魚が遡上するための通り道)をうまく利用できないことが多く、上流にあるはずの広大な生息域にたどり着けなくなっています。

また、河川の護岸がコンクリート化されることで、ウナギが昼間に隠れるための石垣などの住処が失われたり、エサとなる生物が減少したりすることも、ウナギが生きにくい環境を作り出す一因となっています。

地球温暖化に伴う海流の変化

ウナギの故郷マリアナ諸島(提供:PhotoAC)

ニホンウナギは、はるか遠いマリアナ諸島西方沖で産卵します。そこで生まれた仔魚(レプトセファルス)は、自力で泳ぐ力はほとんどなく、「北赤道海流」という海の流れに乗り、その後日本方面へ向かう「黒潮」に乗り換えることで、長い旅を経て日本の沿岸にたどり着きます。

しかし、地球温暖化の影響でこの海流の流路や強さが変化することが懸念されています。

もし海流の分岐点がずれると、仔魚がうまく黒潮に乗れずにフィリピンなど別の方向へ流されてしまい、日本に到達できるシラスウナギの数が激減してしまうと考えられているのです。

こうした背景から、減少したウナギ資源を回復させるための手段のひとつとして「放流事業」が古くから行われ、近年改めてその重要性や効果が問われるようになっているのです。

ウナギを放流する目的と疑問の声

ウナギの放流事業には、放流したウナギが子孫を増やすことによる個体数の増加、それによる漁獲量の安定化、地域住民などにウナギの資源保全に関心を持ってもらうなどの目的があります。

ウナギの放流事業により、地域住民の資源保全の意識を向上させるといった目的は達成できるかもしれません。

しかし、「ウナギを増やす」という点については、疑問を投げかける専門家が増えているようです。

実際に、放流による個体数の増加に関する明確なデータは未だ存在せず、放流事業を続けることには懸念の声もあがっています。

「ウナギを放流しても増えない」と言われる3つの課題

現在の放流事業には、次の3つの課題があります。

産卵場所への回遊と再生産が確認されていない

放流されたウナギが、はるか遠い産卵場所(マリアナ海溝西側)まで無事にたどり着き、産卵して次の世代を増やすことができているのか、科学的にはっきりと確認されていません。

長期的な漁獲量増加への効果が不明確であること

放流によって短期的に漁獲が増える可能性はあります。

しかし、それが資源全体の回復や将来にわたる安定した漁獲量の維持に繋がっているかはわかっていません。

生態系や遺伝的多様性への悪影響リスク

養殖育ちのウナギは、野生のウナギに比べて自然環境で生き抜く能力が低い傾向にあります。

そのようなウナギが大量に放流されると、エサや生息場所をめぐって天然ウナギと競合するだけでなく、交配によってウナギ本来の遺伝的な多様性を損なってしまう危険性も指摘されています。

これらの課題から「放流すればウナギが増える」という簡単な問題ではないことが分かります。

ウナギを絶滅から守るために私たちができること

近い将来、ウナギが食卓から消える可能性もあるかもしれません。そうならないためにも、私たち一人ひとりができることを考え、行動する必要があります。

まずは、ウナギがなぜ、どのようにして減っているのかを調べて、関心を持つことが大切ではないでしょうか。そして、実際にできることを考えてみました。

「土用の丑の日」の習慣を見直す

「土用の丑の日だから食べる」という習慣も大切ですが、その前に「本当に今、食べたいか」を考えてみませんか。

うな重(提供:PhotoAC)

ウナギを食べることは日本人にとって大切な伝統のひとつです。しかし、ウナギの資源量は減少傾向にあり、回復を目指すにしても時間を要することが明らかになっています。

人間による乱獲が絶滅に繋がった生きものが存在する中で、「伝統だから」といって無責任に食べ続けることは自然にとって望ましくありません。

少なくとも、ウナギは特定のタイミングに大量消費をするべき資源ではないと言えるのではないでしょうか。

「放流=増える」ではないことを理解する

地域の放流イベントは、自然を考える良い機会です。しかし、ウナギに限らず、魚を放流するだけで資源量が回復するわけではありません。

もし参加する場合は、その放流事業の意味や懸念について一度考えてみませんか。

放流した魚たちがどこで育ち、どのように帰ってくるのか──生態系への影響はないだろうか──など調べてみると、より意義のある放流体験になるのではないでしょうか。

ウナギの未来のために、正しい知識を行動へ

今回のウナギ放流体験を通して、資源保全について深く考えるよい機会となりました。

大切なのは、「放流すればウナギが増える」という単純な思い込みではなく、科学的事実を知って資源保全を考えることです。

「今食べられればいい」という目先の利益だけでなく、「子や孫の世代にもウナギを残したい」という長期的な視点を持つことの大切さに気づかされました。

まずは、ウナギの課題を多くの人に知ってもらい、一人ひとりが資源保全に関心をもつことから始めていきましょう。

(サカナトライター:河野ナミ)

参考文献

2025 水産庁 水産研究・教育機構-令和6年度国際漁業資源の現況ニホンウナギ

水産庁-ウナギをめぐる状況と対策について(令和7年6月)

環境省-ニホンウナギの生息地保全の考え方(平成29年3月)

日本経済新聞-ウナギ「全種規制へ」勧告 ワシントン条約事務局が最終評価

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