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平将門と藤原純友が武士のルーツとなった理由とは?【日本史】

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平将門と藤原純友が武士のルーツとなった理由とは?【日本史】

受領として地方に下った下級官人たちは、畿内はもちろん、日本各地に拡散して土着し、それぞれ武装勢力に成長します。律令政府の命令に従わず、独自の地方権力として振舞うようになります。

 

その最たる者が「承平(じょうへい)・天慶(てんぎょう)の乱」を引き起こした関東の平将門(たいらのまさかど)と、瀬戸内海の海賊衆を束ねた藤原純友(すみとも)でした。将門などは関東の大半を制し、自ら「新皇(しんのう)」と称して天皇に代わる存在であるとアピールした程です。

 

結局、どちらの反乱も鎮圧されましたが、息の根を止められたのではなく、逆に土地に深く根を下ろし、中央の貴族と社寺に私領を寄進し、荘園管理官となるのです。呼び名は種々ありますが、この荘園管理者が武士のルーツとなるのです。

 

この中から武士団として勇名を馳せたのが清和源氏と桓武平氏でした。

出典:『図解 眠れなくなるほど面白い 日本史』著:鈴木旭

 

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