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昆夏美×大原櫻子×海宝直人×村井良大が語る、ミュージカル『この世界の片隅に』 「舞台化されることでまた新しいフィルターを通して新しいものができる」

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村井良大、大原櫻子、昆夏美、海宝直人

日本中が涙した、こうの史代による不朽の名作『この世界の片隅に』。太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々を丁寧に描き、これまで、2度にわたる映画化、実写ドラマ化されてきた。そして、2024年5月に待望のミュージカル化となる。

主人公の浦野すず役は昆夏美と大原櫻子がWキャストで務め、すずの夫・北條周作を海宝直人と村井良大がWキャスト、すず、周作と三角関係になる白木リンを平野綾と桜井玲香がWキャストで、周作の姉ですずにとっては義姉の黒村径子役を音月桂が演じる。音楽を手がけるのは、2014年の渡米からミュージカル音楽作家として10年ぶりに再始動するアンジェラ・アキ。オリジナル楽曲に乗せて、生きることの美しさを描き出す。

すず役の昆と大原、周作役の海宝と村井に公演への思いを聞いた。

――最初に、ご出演が決まった今の率直なお気持ちを教えてください。

:原作を読んで、映像を観させていただいて、これをどうやってミュージカルにするのだろうという期待がありました。新しい試みだと思います。ストレートプレイではなく、ミュージカルでこれを表現する意味を見つけて挑んでいきたいと思います。

大原:ミュージカルでここまでたくさん歌わせていただく作品は初めてです。なので、すごく楽しみですが、少し不安もあります。

海宝:(原作漫画は)とても可愛らしいキャラクターなのに、生々しく生きる姿がすごく繊細に描かれているので、これを映像化するのはとても大変だったんだろうなと感じました。この原作をアニメーション映画化するにあたって、監督はかなりリサーチをして、忠実に作り上げた部分もあれば監督自身の思い入れを込めて描いた部分もあったと聞いたので、映像はそれぞれ“もう一つの新しい『この世界の片隅に』”なんだろうと思います。今回、舞台化されることで、また新しいフィルターを通して新しいものができるのだろうと考えると、きっとこれまで他の媒体でこの作品をご覧になった方もまた新たな解釈やメッセージを舞台から受け取っていただけると思います。それはすごく楽しみであると同時に、ハードルの高いことでもあると思うので、クリエイトする難しさを感じながら、皆さんと一緒に作っていきたいと思います。

村井:数々のメディアで描かれている原作をミュージカル化するとどうなるんだろうと、僕も思いましたし、きっとストレートプレイではなくミュージカルにする理由があるのだとも思います。アニメーション映画は、挿入歌がたくさん入っていて、それがすごく自然でした。なので、この作品は音楽が身近にある作品なのかなと。『この世界の片隅に』の世界観の中で優しい旋律がずっと流れている。そういった空気感を感じたので、ミュージカル化するにあたっても、無理がないのではないかなと僕は思いました。音楽だからこそ伝わるものがあるし、言葉にできないことも歌と歌詞と旋律に乗せることでメッセージを伝えられるのかなと思います。

――今もお話にありましたが、改めて、この原作をミュージカルで表現することの魅力をどう考えていますか?

海宝:先ほど村井さんがおっしゃっていましたが、言葉にできない思いを伝えられるということだと思います。原作を読んだ時もアニメーション映画を観た時も、具体的に何かに感動したとか、何かがあったから泣けたというよりは、全体を通してすごく圧倒されるような感覚がありました。言語化しづらい感動というのかな。そういう意味では、音楽の力でそれをさらに深めていくことができるのではないかなと思います。難しいですが、やりがいがあることだと感じました。

大原:初めて楽曲を聴いた時に、感動して泣いてしまったんですよ。今、海宝さんがおっしゃったように、言語化できないものがこの作品の音楽にはあると思います。メロディーが語るではないですが、アンジェラさんの作り出す音楽の力を改めて感じました。この作品に限らずですが、ミュージカルでは、音楽があることによって、登場人物の心理状況が何十倍にもなってお客さんに届くと思います。それから、戦争というテーマで描かれている本作ですが、音楽があることによってすごく受け取りやすくなっているとも思います。そこがミュージカルの素敵なところだと考えています。

アンジェラ・アキ - この世界のあちこちに / THE FIRST TAKE

:お二人が言ってくださったことが全てだと思います。今回のミュージカルでは、歌い上げる、劇場型の楽曲は実はそんなにないんですよ。ですが、それがこの作品の温度感にすごく合うのだと思います。この原作には、温度がある気が私はしていました。決して沸点が高いお湯ではないけれど、包み込むようなまろやかな温度がある。それが、当時を生きてきた人たちがささやかな幸せを見つけたことと重なってくるんだと感じました。そういった温度感とアンジェラさんが作る楽曲が、私はすごく合っているなという印象を受けました。

村井:日本人は、「実はこう思っていたけれど、その場では言えなかった」ということが多いと思います。ミュージカルでは歌で心の声を伝えることができるので、込み上げてくる感情をストレートに表現できる。それから、先ほどもお話ししましたが、この作品の世界観は音楽や歌と密接な関係にあるので、作品の雰囲気を壊さないままお届けできるのではないかなと思っています。


――昆さんと大原さんはすずに、海宝さんと村井さんは周作に共感する部分はありますか?

:私は不器用なところが似ています(笑)。着物を裁ち間違えてしまったり、“あちゃー”みたいなことをよくすずさんはやってしまうんですが、その気持ちは分かる(笑)。私も一生懸命やっていても、気がついたら間違えていることがあるんです。すずさんはそこもまたかわいらしいですが、私がかわいらしく見えているかはわかりません(笑)。

大原:私は、強いて言うなら前向きなところかなと思います。すずさんは、どちらかというと柔らかい性格で、温かくて、ちょっとおっちょこちょいなところもあってかわいい人だと思いますが、私ははっきりしているタイプなので、性格では似ているところを探すのは難しいなと思います。ですが、(すずは)ホワッとした柔らかさの中にも女性としての強さや前向きさ、明るさ、元気さもすごく感じられるので、そうしたところは近いところはあるのかなと思っています。

海宝:周作はスッとしているように見えて、意外と鈍臭いところがあるんですよ。カッコつけてすずを水原哲がいる納屋に行かせたけど、実は嫉妬していたり(笑)。そうした人間味のあるところにはすごく共感しますし、素敵だなと思います。普段はすずを引っ張っていこうと頑張っているけれども、ちょっとした時に弱みを見せたり、かわいらしいキャラクターだと思います。

村井:周作は、良かれと思ってやったことが実はダメだったということが多いんですよ。すずさんを元気付けるためにしたことが、すずさんにしてみたらいらないことだったり。そこはすごく可愛らしくもあり、優しすぎることがちょっと残念でもあるキャラクターだと思います。あの時代は、“男たるもの”ということが大事な時代でもあったと思うので、周作は珍しいタイプですよね。すずさんにはお兄ちゃんがいたのですが、すごく怖い人で、幼なじみの水原さんも怖い人で、前半には怖い男ばかり出てきますが、後半になってすずさんは優しい周作と出会い、二人で人生を重ねて夫婦になる。戦争下だからこそ、周作の優しさや愛が必要だったのかなと思います。自分で言うのもなんですが、そういう優しい部分は僕と似ているかもしれません(笑)。優しすぎるところがあるので、そこがだめなところでもあるんですが。

――製作発表で、昆さんが「この作品はすずちゃんが居場所を見つける物語」とおっしゃっていましたが、皆さんにとっての居場所は?

村井:うちの事務所ですね。居心地が良くてしょうがない!

大原:私は、やっぱりお客さまがいるステージの上は、私の居場所だなと改めて思いました。

:私は家族。とても仲が良い家族なのでずっと大好きなのですが、去年、お休みをいただいて実家に帰った時に、こんなにも家族が自分を応援してくれてたんだというのを改めて感じて、よりかけがえのない存在だと思うようになりました。自分が今こうして元気に皆さんの前にいることができるのも、かけがえのない家族という変わらない居場所があるからだなと感じています。なので、私の居場所は家族です。

海宝:「人」だと思います。例えば、僕はバンドをやらせてもらっていますが、そのバンドのメンバーだったり、コンサートや公演をご一緒させていただいている人だったり。なれ合うのではなくて、お互いに前に進むために、厳しいこともきちんと言い合える関係を作れているので、そうしたところにいると、自分の居場所はここにあるのかもしれないと思うことが多いですね。

村井:すいません、ちょっと僕の「事務所」は消してもらって。

:あははは(笑)。いいじゃないですか。

村井:みんなが何かいいこと言っているから。事務所だって家族だよ(笑)!

――最後に、皆さんがこの作品で大切にしたいことや届けたいテーマを教えてください。

村井:原作のこうの先生が「今後、戦争の物語を書く予定はあるんですか」という質問をされた時に、「こうした戦争の話を誰か一人が描いたら、その人に任せておけばいいという考えになってしまうが、そうではなくて、我々は全員、この戦争について語る権利と語る義務がある」ということをおっしゃっていました。こうの先生自身も原爆の体験者ではないんですよね。だから色々な人に戦争の話を伝えることをやっていってもらいたいと。そのお話を聞いた時に、僕たちもこうしたミュージカル作品を通して皆さまに知っていただくことを自分たちの義務として行わなければいけないなとすごく感じました。僕たちは戦争を体験していないけれども、こういうことがあったんだとしっかりと念頭におきながら作品に臨む。こうのさんの言葉に背中を押されました。この作品は、戦争を前面に出した作品ではないですが、あの当時に生きた人間を生身の僕たちが舞台上で演じるので、その雰囲気だけでも、戦時下の日本を皆さんに知っていただける機会になるのではないかなと思っています。

昆・大原:全部言ってくださった。

――ちょっとだけでもトッピングを(笑)。

大原:じゃあ…戦時中の話ではありますが、そこに生きている人々には、苦難があったり、人間関係に悩んだり、人間だから思うことというのはいつの時代も同じなんだなと思いました。この作品のテーマを一言でお伝えするのは難しいですが、いつの時代も人は何かと戦って、生きるために前向きにもがき苦しみながらも、「生きるとは何か?」と考え、向き合っているということを私はすごく感じました。

:私はまだこれというものが見つけられていないのですが、むしろ明確なキャッチコピーやどう捉えるのかということがない作品なのかなと思います。この作品をいろいろな角度から見られるというのが醍醐味でもあるのかなと。製作発表でも言いましたが、戦時下であってもそれが日常となっている中で、人々はどうやって生きていかなくてはいけないか、より快適に過ごすためにはどうしたらいいのか。昔の人たちはみんなで助け合って、支え合っていたのだと思います。そうした人たちの生活が淡々と描かれているのがこの作品の魅力だと思うので、テーマはまだ明確には言えませんが、これまでの戦争を題材にしたもので思い浮かべる作品とはまた違う作品になるんだということだけは確信しています。

海宝:原作や映画を観て、キャラクターたちの実在感を僕はすごく感じました。今、僕たちにとっては、戦争はテレビの向こう側で起きているもので、どうしてもリアリティーを感じないところがありますが、この作品は決して生々しく戦争について描いているわけではないのに、淡々と描かれた日常に実在感を感じ、すごく引き込まれました。自分たちと地続きの世界に生きていた人たちの話なんだなとすごく感じるんです。それはすごいことだと思います。僕たちと同じようなことで悲しんだり、苦しんだりしていて、同じように家族になる過程の難しさがあったり、ぶつかることもある。そうした当たり前の人間の営みの背景に戦争があっただけなんだということを感じます。そして、そうした生々しいリアリティーを音楽の力を借りながら描いています。きっと音楽がないとしんどくなってしまうと思うんです。音楽の力によって、お客さまにもより入りやすくなっていると思います。今は、そうしたことを大事に向き合っていきたいと思っています。

取材・文=嶋田真己 撮影=福岡諒祠

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