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高橋政代「iPS細胞を“残酷な希望”で終わらせない。デジタルと仕組みづくりで未来へつなぐ」

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元理化学研究所プロジェクトリーダーで眼科医の高橋政代氏は夫の転勤に伴って渡ったアメリカで神経幹細胞の存在を知った。そこで再生医療の可能性に触れ、以後その実用化に心血を注いできた。2014年には、世界で初めてiPS細胞を移植する眼の手術に成功。難病「加齢黄斑変性」の患者へ網膜細胞を移植した。イギリスのネイチャー誌で大きく取り上げられ、世界が注目する日本人科学者となった。そんな高橋氏に、自身の原点やiPS細胞を使った治療の“今”を聞いた。

アメリカで神経幹細胞の可能性に気づく

みんなの介護 高橋さんが現在の活動を始めるにあたって、どのような道筋をたどったかお聞きできますか。

高橋 私は、京都大学医学部を卒業したあと、大学の同級生だった夫と結婚しました。1995年に夫が留学することになったので、家族でアメリカに渡りました。そして、カリフォルニア州にあるソーク研究所という生物医学系の研究所に入ることになったのです。

そこで当時発見されたばかりの神経幹細胞の存在を知り、治せない網膜の病気に使えるのではないかと思いました。

当時は、幹細胞という概念自体が出てきたばかりでほとんど認知されていませんでした。脳の方は研究が進んでいたので、その研究所には世界中からメンバーが集まっていましたが、眼科医は私一人で網膜の治療をつくれる重大さが理解されていなかった。世界でこの研究の重要さを知っているのは、まさに私だけという状況でした。

そこで初めて、「治療をつくりたい!」という目標ができました。やりたいことがわからないまま生きてきましたから。

帰国後、京都大学で臨床医として働きながら幹細胞の研究を進めました。まず体性幹細胞で実験を重ねたのですが、なかなか結果が出ない。次第に大学の同級生が進めていたES細胞(胚性幹細胞)の研究に力を注ぐようになりました。

ES細胞の根本的な問題は拒絶反応にあった

みんなの介護  ES細胞は胎内にあればヒトとなる細胞。胚を生命と考えた場合、細胞に人間の手を加えることへの反対意見もあったと思います。倫理的観点から厚生労働省の許可が下りなかったとか。

高橋 カトリックでは受精時が生命の始まりであると決められているので、カトリックの人たちが「ES細胞は倫理的問題がある」とおっしゃるのは、わかります。ただ、日本では堕胎が行われているのにES細胞だけがダメだというのはダブルスタンダード(二重規範)ではないかと思います。

私たちにとっては倫理的な側面ではなく、科学的に拒絶反応があることが問題でした。そこはしっかり区別して考えてほしいところです。

みんなの介護 その後の研究の歩みはどのように進められたのでしょうか?

高橋  ES細胞の拒絶反応の問題を感じていた頃、山中伸弥氏がiPS細胞の開発に成功しました。そして私もiPSの研究や実験を進めることになったのです。2014年には、iPS細胞からつくった網膜の細胞を、「加齢黄斑変性」の患者に移植する臨床研究の手術に成功しました。これがiPS細胞を使った世界初の眼の手術となりました。

みんなの介護  あらためて山中氏の研究は何が評価されたのでしょうか?

高橋 これまでの歴史から考えると、非常に短時間でノーベル賞をもらえる基礎研究は珍しいです。それぐらい医療や基礎研究に与えた影響が大きかったのです。

iPS細胞のような細胞ができるだろうと考えている人はいました。しかし、非常に難しい研究だと考えられていた。山中先生は、それを実際やってみせたのです。

しかも4つの遺伝子だけで実現できるということを見つけたのがすごい。これはまさしくパラダイムシフトでした。

自分の細胞からiPS細胞がつくれることも画期的です。それまでの再生医療にとって「移植は他人の犠牲の上に成り立つもの」でしたから。

iPS細胞実用化、期待と現実のギャップ

みんなの介護  よく聞かれる質問だと思うのですが、iPS細胞は実用化に向かって今どこまで進んでいるかをお聞きしたいです。

高橋 今までは主に安全性が検証されてきました。その安全性は完全にクリアして有効性を見る段階に入っています。ただ、治療を受けた患者さんが期待するほど実際によく見えるようになるまでには、まだ20年ぐらいの道のりがある。

みんなの介護  実用化への時間がかかるのに、報道によって患者さんが強い希望を抱かれ過ぎている状況なのですね。

高橋 「研究が進んでいるだけで、希望が湧きます」という言葉は、たくさんいただきます。それは嬉しく思っています。しかし“残酷な希望”を与えてしまうのは本意ではありません。良い治療となるにはまだ年月がかかります。正しい現実をお伝えしたうえで、でもこういう方法がある、患者さんが今できることなど、情報の発信には常々こだわっているところです。

みんなの介護  ちなみに、4月初旬に「大阪大学の西田幸二教授のグループが行ったiPS角膜移植が成功。実用化まで3年~4年」というニュースが報道されました。手術を受けたのは、角膜上皮幹細胞疲弊症で視力をほぼ失った方とのことですが、西田氏の臨床研究と高橋さんの目指している研究の違いは何ですか?

高橋 角膜はiPS細胞ができる10年以上前から再生医療が進んでいました。角膜は眼球の前面で網膜は眼球の奥にあることと、角膜は混濁を取ることで視力が上がるのに対し、網膜は脳と同じ中枢神経の一部ですので異なります。

実用化までの時間は、病気によっても病期によっても全く異なります。また、実用化の意味がまちまちですので、それによっても異なるんです。

みんなの介護  眼科医療全体として見るとiPS細胞の実用化までの期間はどれぐらいでしょうか。

高橋 実用化が臨床応用ならすでに始まっていますし、治療として承認されるまでだと5年ぐらい、普通の病院でできるまでは10年ぐらい、効果に関して患者さんが期待する視力向上だと角膜はすでに可能、網膜は10年以上かかると思いますね。

みんなの介護  関係者のみなさんが、日々懸命に実用化を進められているのを感じます。現在、デジタル技術が日進月歩で進化しています。それによって視覚障がい者の生活をサポートできる部分もあるのでしょうか?

iPS細胞の実用化よりもDXの進化の方が早い

高橋 そうなんです。再生医療の実用化のスピード感に比べると、デジタル機器の開発のスピードはとても早いです。

必ずしも医療で治さないといけないと考えるのではなく、機器の力に頼るのも、生活を変える手段になりうると感じています。

みんなの介護  視覚障がいの方を支える機器もいろいろなものが出ていますね。

高橋 例えば、眼鏡に取り付けることで、本やスマートフォンの画面を読み上げてくれたり、人の顔を認識できる機器が出てきています。

ほかにも、超音波で障がい物を知らせるデバイスや夜盲の方が夜も見えるようになる眼鏡「暗所視支援眼鏡」もあります。こうした機器は、再生医療では実現できないレベルまで進化しています。

みんなの介護  福祉で使われる機器は、野暮ったいイメージがありますが、デザイン面なども進化しているのでしょうか?

高橋 進化しています。デジタルロービジョンケアを開発された三宅琢先生の活動が大きく、一挙におしゃれなものになったと思います。福祉機器がおしゃれであることはとても大切です。デザインは使う人の心に大きな影響を与えます。

野暮ったいデザインだと、道具を使う気にならない。障がい者の方にも「かっこいいな」と思ってもらえる方向を目指したいです。福祉に頼るようになったらもう終わり…医療から見放されたかのように思う人もいるので、そういう気持ちを患者さんに抱かせない心配りが大切です。

みんなの介護  ほかに、「みんなの介護」読者に伝えたいことを教えてください。

高橋 みんな何かに対して困っているから、 “正常”というものはないということですね。視覚の障がいだけではなく、スマートフォンが使えないという障がい、英語が喋れないという障がい、ひどい方向音痴という障がい…などさまざまあるでしょう。

必要なのは“ニューノーマル”を求めるのではなく、“ノーノーマル”だと気づくことです。肉体や精神だけで障がいを考えるのではなく、みんなが何かの障がいを持っている。そして、障がいはあったとしても、日々楽しく暮らしている人はたくさんいる。楽しく過ごそうと思えばできるはずです。

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