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【わざわざ行きたい北九州の名店】食材の力強さが五感を呼び覚ます"自然派イタリアン"

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Bekk_メイン

「Bekk」を初めて訪れたのは10年ほど前、当時は小倉井筒屋の裏手にある小さな店だった。店主の菅沼康二さんは京都の名店で修業した新進気鋭のイタリアンシェフとして脚光を浴び、かなりトンがった料理を出していたように記憶している。その後旦過市場の隣に移転して店を拡張、さらに全面改装を経て現在に至るまでの間に、店舗のイメージも料理も随分と変化した。それは、料理人としての経験を重ねた"円熟"とも違い、食を通じて人々の命に関わる仕事をする料理人としての矜持とでもいうべきだろうか。久しぶりに食べた菅沼さんの料理からは、そんな思いが伝わってくるようだった。

2016年に現在地に移転し、2022年に半年もの期間をかけて全面改装した店内は、真っさらな無垢のイメージ。リニューアルに至るまでは、「それまでずっと体調が優れなかったので、思い切って食生活を根本的に変えたんです。すると驚くほど調子が良くなって、食の大切さに改めて気づきました」と、菅沼さん。それから仕入れ先をすべて見直し、自然農の野菜、近海で獲れた天然魚、ストレスのない環境で育てられた牛や豚などの食材を使った、"自然派イタリアン"として提供しているのが、現在のコース(ランチ10,890円・ディナー18,150円)だ。今回は昼間に訪問し、ランチコースにワインのペアリングセット(4,600円)をオーダーした。

アミューズの後に出てきたのは、プロシュートで包んだ春巻きと桃のカプレーゼ。目の前で極薄にスライスされた鹿児島県「ふくどめ小牧場」産のプロシュートは、揚げたての春巻きの余熱で脂の旨味が舌の上で蕩ける。カプレーゼと交互に食べれば、甘味、塩味、酸味が渾然一体となり、スパークリングワインで流し込めばのっけから口福に包まれる。挨拶代わりの前菜にしては、いきなり強烈な先制パンチだ。

2品目の前菜は、夏クエ(アラ)にキュウリとメロンを合わせたガスパチョ。サッパリした身質にコリコリと歯応えがある夏クエの刺身に、やもすれば青臭さが感じられるキュウリとメロンの組み合わせの妙が素晴らしく、これほど鮮烈で清涼感に溢れた料理をかつて食べたことがない。菅沼さんの料理人としての天賦の才を改めて感じる一皿だ。

オープンチッキンであるが故、次の料理を準備しているのがライブ感覚で見られるのだが、菅沼さんが炭火で焼きはじめたのは、なんと金串に刺したウナギ。しかも、蒲焼きのようなタレに漬けながらじっくり火を通し、脂を落としていく様子は、まるで鰻食人のようだ。そうして出てきた料理は、エミリア・ロマーニャ州の郷土料理という、ウナギのピアディーナだった。
小麦粉を薄く焼いた生地でウナギを包み、手づかみで食べると、"サクッ"と小気味良い音がする。驚くべきは蒲焼きのタレを思わせるソースで、砂糖などは一切使わず、大量の玉ねぎを長時間煮込むことで自然な甘味を出しているという。調味料に頼らずに素材の力を引き出す、菅沼さんの料理哲学を垣間見たような気がした。

この後、鮎とレタスのアーリオ・オーリオ、幸福豚の炭火焼きと料理は続くのだが、食材の選び方といい、調理法といい、すべてが理に適っているように思える。料理を食べ進めるうちに、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感が呼び覚まされるのも、自分自身が自然の一部であることを思い出させてくれるようだ。
そんなことを考えながら料理を食べ終え、菅沼さんを見やると、あくまでも自然体。雪駄ばきで厨房に立ち、微かな笑みをたたえて泰然自若と構える先には、いったいどんな景色が見えているのだろうか。

Bekk(ベック)
福岡県北九州市小倉北区魚町4丁目3−8
070-4485-7871

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