アンコウの<胃の中>から出てきた珍しい魚とは? 胃内容物から新種記載された例も
アンコウといえば、やや深い海底に生息する魚です。底曳網漁業などで漁獲される重要な食用魚であり、身はもちろん、皮や内臓なども食用にすることができます。
このようにアンコウは食べて楽しい魚ですが、もうひとつの楽しみとして、アンコウの胃内容物を探すというものもあるのです。
とくに新鮮なアンコウの胃の中には、珍しい魚が未消化で入っていることがあります。底曳網漁業がシーズンインすると、アンコウが入手しやすくなる時期の到来です。
アンコウの胃の中の珍しい魚を探してみませんか?
日本に見られる2種のアンコウ
アンコウ科の魚は日本に10種ほどが分布していますが、一般的に食用として認知されているのはアンコウとキアンコウの2種です。
アンコウは体長70センチほど。キアンコウはより大きくなり、メータークラスのものも見られますが、大きい分お値段もそれなりにします。
一方、アンコウはキアンコウよりもずっと安価で入手することができる魚です。
ちなみに古い図鑑(例えば冨山ほか, 1958 など)では、アンコウやキアンコウのことを「ホンアンコウ」「クツアンコウ」として掲載されていることがあります。
このうち「ホンアンコウ」というのはアンコウではなくキアンコウのこと。対して「クツアンコウ」というのが、今日でいう種標準和名アンコウなので、混同しないように注意が必要です。
なお、冨山ほか(1958)よりも古い、松原(1955)ではアンコウとキアンコウという名称を当時から使用していました。
愛媛県八幡浜漁港でアンコウを購入
筆者はフグなどの毒魚を除き魚ならほぼ何でも食べますが、その中で特に好きな魚のひとつが、アンコウ Lophiomus setigerus(Vahl, 1797)をはじめとするアンコウ科の魚。魚の身だけでなく内臓などを食べるのも大好きで、アンコウ科の魚の肝や胃、卵巣なども大好物なのです。
2014年9月、筆者は愛媛県の八幡浜漁港を訪れました。
八幡浜漁港は沖合底曳網の基地としても有名ですが、このほかにも場外の市場や魚屋さんでは宇和海沿岸で行われる小型底曳網をはじめとした各種沿岸漁業で漁獲された魚が多数並び、一般向けに販売もされています。
筆者はそこでアンコウの数匹入った箱を発見。そのほかイヌノシタとよばれるウシノシタ科の魚や、ウチワエビも購入した後、特急列車と新幹線を使い東京までの長い帰路につきました。
アンコウの胃の中には……
帰宅後に早速、アンコウをさばくことに。
アンコウというのは食べる楽しみもありますが、そのほかにもうひとつ、ユニークな楽しみ方があります。それはアンコウの胃の中から出てくる、珍しい魚を探すことです。
アンコウ科の魚はどの種も動物食性が強く、大きな口で小魚などを捕食。また底曳網漁業で漁獲されたものは、網を揚げる際に、口の中に小魚が入ってくるなんていうこともあるようで、そのようなものはほとんど消化されずに、よい保存状態で残っていることもあるのです。
この時さばいたアンコウの胃の中からは、保存状態の良い深い海にすむ小魚たちが多数出てきたのでした。
ホロヌメリ Repomucenus virgis(Jordan and Fowler, 1903)
アンコウの胃の中から出てきた魚の中で最も印象的に残った魚がホロヌメリです。
ホロヌメリはネズミゴチなどと同じネズッポ科の魚で、雄は非常に大きく白っぽい線の入った背鰭が特徴。一方、雌の背鰭は小さくて全体的に黒っぽく、他のネズッポ科魚類と混同されることもあるようです。
本種は水深40から100メートル以浅で見られる魚で、宇和海の水深70メートルほどの海底では同じネズッポ科魚類のヨメゴチと同様に数多く見られるものの、底曳網漁業でなければなかなか見ることができない魚といえます。
底曳網で漁獲される個体はひれが傷ついてしまうこともあるのですが、今回はアンコウの胃内容物として得られたもので、ホロヌメリご自慢の巨大な第1背鰭も傷つけることなく、うまく撮影することができました。
ヒゲトラギス Acanthaphritis barbata(Okamura and Kishida, 1963)
ヒゲトラギスもやや深い海底に生息する魚です。
標準和名に「トラギス」とついていますが、トラギス科とは若干縁遠いホカケトラギス科・ヒゲトラギス属の魚になります。宇和海のやや深い海底には真正なトラギス科のクラカケトラギスも多く漁獲されており、幼魚や小型個体がアンコウの胃の中から出現するということもたまにあるようです。
筆者のヒゲトラギスとの遭遇はこれが2回目。1回目は近隣海域で操業している底曳網漁業により漁獲された個体であり、魚体がぼろぼろになってしまっていました。
一方、今回の個体は鰭膜をうまく残すことはできなかったものの、鱗がしっかり残るなど全体的に状態がかなりよかったです。
また、ヒゲトラギスの雄は吻の端にひげがありますが、この個体にはそれが無いため雌と思われます。
オニカナガシラ Lepidotrigla smithii Regan, 1905
オニカナガシラはホウボウ科・カナガシラ属の魚です。
カナガシラ属魚類は宇和海ではカナガシラおよびカナド、イゴダカホデリといった種がよく見られ、このオニカナガシラも普通種ということなのですが、残念ながら筆者は2個体しか見たことがありません。
そしてそのいずれもが、アンコウの胃の中から出てきたものなのです。
オニカナガシラの胸鰭は外縁が青灰色で、内側は写真では赤く見えますが生鮮時は緑色。そのなかに暗色部があり、青白い模様が入ることが特徴です。
なお、同じくカナガシラ属の普通種であるカナド Lepidotrigla guentheri Hilgendorf, 1879 も、胸鰭の内側が緑色でそのなかに暗色部があり青白い斑点が散らばるという特徴があります。
そのため、たまにオニカナガシラと誤同定されることがありますが、カナドは背鰭の第2番目の棘が、第3番目の棘よりも著しく長いことによって、オニカナガシラとは容易に識別することが可能です。
ヒラメ科未同定属・未同定種
宇和海に分布しているヒラメ科の魚としてヒラメのほか、やや小ぶりなガンゾウビラメ属やアラメガレイ属の魚が何種かしられています。
主にナンヨウガレイ、ガンゾウビラメ、タマガンゾウビラメといった種が知られ、とくにタマガンゾウビラメ Pseudorhombus ocellifer Regan 1905 は底曳網によって頻繁に漁獲されている魚です。
ガンゾウビラメ属の魚は宇和海周辺で通称「でびら」と呼ばれるグループで、そのなかでも小型種であるタマガンゾウビラメは干物などにして、美味しく食べられています。
当初、アンコウの胃から出てきたのは鱗の剥がれたタマガンゾウビラメと思いました。しかし、背鰭軟条がガンゾウビラメ属と比べてやや少ないように見えることなどから、ガンゾウビラメ属ではなくアラメガレイ属の種の可能性もあると思っています。
一方、アラメガレイと比べると吻がやや長く見えることなどからユメアラメガレイに近いのかもしれませんが、結局のところこの個体は標本を残せておらず正体不明。現状、ヒラメ科の未同定属・未同定種とします。
胃内容物から新種記載された例
深い海にすむ魚の胃内容物を探すというのは、小型のため底曳網では手に入りにくい魚、あるいは底曳網で採集すると傷ついてしまいやすい魚を状態よく入手するよい機会とも言えるでしょう。
実際、過去には大型魚の胃の中から出てきた個体をもとに新種記載された魚も存在します。
それがタウエガジ科・モンツキガジ属のモンツキガジ Neolumpenus unocellatus Miki, Kanamaru and Amaoka,1987です。
モンツキガジは、1984年5月に北海道厚岸沖の水深106~107メートルほどの場所で漁獲されたマダラの胃内容物として得られた個体をもとに1987年に新種記載されました。
新種記載であるのはもちろんですが、種だけではなく、そのひとつ上の分類群である「属」も新たに記載されるということになったのです。
2匹目のモンツキガジが見つかるかも?
タウエガジ科の魚としては北海道の釣り人になじみの深いガジやムロランギンポ、磯採集愛好家におなじみのダイナンギンポなどがよく知られていますが、このモンツキガジも細長い体をしています。
体の腹側面に大きな楕円形の斑紋が一列に並ぶという非常に特徴的な模様をしている魚ですが、残念なことにモンツキガジは現在のところこの1個体しか採集されていません。
北海道の底生性の魚、タラの類だけでなく、カジカの仲間の大型種やトクビレ科のトクビレも肉食性が強く、それらの魚の中から発見される可能性もあるのです。
筆者も北海道産のトクビレの胃の中から属・種までは未同定であるものの、タウエガジ科の一種を発見しています。
2匹目のドジョウならぬ、2匹目のモンツキガジを見つけるのはあなたかもしれません。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
尼岡邦夫・仲谷一宏・矢部 衞.2020. 北海道の魚類 全種図鑑.北海道新聞社,札幌.
小枝圭太・畑 晴陵・山田守彦・本村浩之編.2020.大隅市場魚類図鑑.鹿児島大学総合研究博物館.鹿児島市.
中坊徹次編. 2013.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会.秦野.
松原喜代松. 1955. 魚類の形態と検索.石崎書店.東京.
Matsunuma, M., Kanai, S., Seah, Y.G. et al. Resurrection of the five-ocellated left-eye flounder Pseudorhombus ocellifer Regan 1905 (Paralichthyidae), with redescriptions of Pseudorhombus pentophthalmus Gunther 1862 and Pseudorhombus oculocirris Amaoka 1969. Ichthyol Res (2025). https://doi.org/10.1007/s10228-025-01019-w
Miki T., S. kanamaru and K. Amaoka. 1987. Neolumpenus unocellatus, a New Genus and Species of Stichaeid Fish from Japan. Japanese Journal of Ichthyology, 34(2):128-134.
日本魚類学会編.1981.日本産魚名大辞典.三省堂.東京.
冨山一郎・阿部宗明・時岡 隆.1958.原色動物大圖鑑2巻.脊椎動物魚綱・円口綱,原索動物.北隆館,東京.