ベストセラー作家、吉田修一原作の同名小説の映画化『愛に乱暴』。追い詰められていく主婦・江口のりこの正気と狂気の怪演から目が離せない
主演映画が次々と公開されている俳優・江口のりこが、『愛に乱暴』では、迷い、暴走し、自分の居場所をみつけようとする女性を見事に演じた。『愛に乱暴』は、吉田修一の同名小説を森ガキ侑大監督が映画化、8月30日(金)より公開となる。
『愛に乱暴』とは、ユニークなタイトルだ。
江口演じる主人公の初瀬桃子は、41歳の主婦。結婚して8年になる夫・真守と真守の実家の敷地内に建つ離れに暮らしている。母屋には真守の母・照子が一人暮らし。桃子は結婚前に勤めていた会社の関係で週2回石鹸教室の講師をしながら、高級食器を購入し、手の込んだ献立を作り、義母の照子とも波風を立てないように気を遣い、丁寧な暮らしで毎日を充実させようとしていた。
近所で不審火が相次いで起こっていることを真守に話しても、リフォームをしたいとパンフレットを見せても真守はいつも生返事で会話らしい会話がない。
真守は、浮気をしていたのだ。ホテルのラウンジで桃子と真守、愛人の奈央と会うことになり、自信満々で臨むと奈央から妊娠をしていると告げられる。桃子は醜態をさらけ出し、それまでの平穏だった生活が徐々に崩れていく。
石鹸教室の講師は、桃子にとって一つの自己実現の場であった。もっと充実させようと新しい企画を元会社の上司に持っていくと、はじめは「会社に戻ってくればいいじゃない」と軽口をたたいていた上司だが、再雇用は方便で、週2回の石鹸教室さえも閉鎖になってしまう。さらに傷ついた心で実家に寄れば、弟夫婦が同居するので荷物を片付けるようにと、母親から頼まれる。実家にも桃子の居場所はない。
徐々に奇行が目立っていく桃子に、母屋の義母・照子は怯え、真守も家に帰ってこない。一生懸命に生きているのに、夫婦関係も仕事も何一つうまくいかない桃子に胸が痛くなる。
桃子はこの怒りと孤独をどこにどうぶつけたのだろう──。意外性と小気味よさがあり、最後は痛快だった。きっと桃子は這い上がるだろうと思わせてくれる。
コメディからシリアスな役も広く演じる江口のりこは、本作品でも怪演を見せてくれた。江口にとっても、本作は代表作になるに違いない。線が細く感情を表に表さない、ずるい男・真守を今までにない小泉孝太郎が演じた。義母・照子は、口うるさい姑ではないけれども、息子愛が強く、桃子にとっては煙たい存在である。風吹ジュンがその嫌な感じを柔らかく演じ、嫁姑の冷たい関係が伝わってくる。そして馬場ふみかが演じた愛人・奈央は、か弱い女性から逞しい女性に変わっていく。
監督は、コンビニのない住宅街で、〝初瀬家〟を探し始めた。不審火の発生するごみ捨て場やホームセンターも重要な場所で、神奈川県綾瀬市のロケーションサービスに協力を仰ぎ、奇跡的に見つかったという。撮影は2023年8月の灼熱の暑さの中だった。そして約1年後の暑い夏に公開となる。
愛に乱暴
8月30日(金)より、全国ロードショー
配給:東京テアトル
(C)2013吉田修一/新潮社(C)2024「愛に乱暴」製作委員会