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40年以上の最強コンビが語る、劇団愛!~スーパー・エキセントリック・シアター、三宅裕司&小倉久寛対談~

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(左から)三宅裕司、小倉久寛

結成から42年。「国民的劇団」として長らく愛され続けるスーパー・エキセントリック・シアター(SET)。10月に新作『太秦ラプソディ~看板女優と七人の名無し~』を上演。2018年に設立した「劇団こどもSET」による『世界中がフォーリンラブ』の上演も控えている。座長・三宅裕司は古希を迎え、人気劇団はさらなる飛躍を続けている。看板俳優で盟友の小倉久寛とともに、新作について語り合う。

懐かしの時代劇は参考にならない?

ーー本公演の企画書には“三宅裕司生誕70周年記念”と銘打たれています。

三宅:古希を迎えたことは、あまり自分では気にしていないんです。毎回、次の公演をより面白いものにするということだけなので、今回だけが特別な公演ではないです。

舞台が太秦なので、今回は時代劇のチャンバラをどういうふうにやるかが課題です。具体的に言うと、殺陣をどう見せるかが今回のポイント。これまでのSETの作品は、二つに対立するグループがあって、互いが戦うシーンをアクションとして描いてきた。だけど、映画の撮影という設定なので、そこが少し違いますね。

小倉:そうなんですね。僕も今、初めて詳細を知りました(笑)。

三宅:こういう取材の場での話で、小倉は初めて聞かされるんだよな。

小倉:タイトルから想像はついていましたけどね。映画屋の人たちのお話しなので、おそらくチャンバラなんだろうと。

三宅:これまでのSETだと、対立する者同士の戦いとしてドキドキするという設定があったんだけど、映画のチャンバラは少し見せ方が変わるだろうね。

三宅裕司

ーー太秦撮影所の大部屋俳優の話にしようと思ったきっかけはなんですか?

三宅:斬られ役で名を馳せた福本清三さんという方がいらっしゃったでしょう。福本さんの映像を作家の吉高(寿男)くんに見せたのが発端ですね。毎回「次は何をやろうか」と作家とアイデアを出し合っているので、なぜ福本清三さんだったのかは覚えていませんね。

ーーお二人は、どんなチャンバラ映画をご覧になっていましたか?

三宅:僕の世代にとって、東映映画は時代劇ばかりでした。里見浩太朗さんが主演した『里見八犬伝』とか。「殿さま弥次喜多」シリーズも東映でしたね。あの頃は食い入るように見ていました。

小倉:僕は主にテレビでした。田舎育ちだったので、あまり映画館にも行けませんでしたし。子ども向けの時代劇で『新諸国物語』が好きでしたね。映画だと、山城新伍さんの『風小僧』や『白馬童子』も観ていました。

ーーお二人がご覧になった時代劇の要素は、本作に反映されますか?

三宅:いや、それはないですね。古すぎて参考にならない(笑)。

小倉:田舎の山奥に住んでいた頃の遊びといえば、チャンバラごっこでした。だから今度のはワクワクしますね。子どもの頃を思い出します。

三宅:時代劇には、斬る側と斬られる側がいるでしょう。今回は斬られる側を見てもらいたいですね。大部屋俳優たちの物語ですから。

芝居がウケるという快感

ーー俳優の役を演じるのは、俳優にとってやりやすいこともありますか?

三宅:スターを夢見て、なかなかスターになれない斬られ役の人たちは、劇団員にとって心情的に分かりやすいだろうね。

小倉:自分の職業に近いという意味では、取り組みやすいと思いますね。

ーーSETは結成から42年。ここまで続けてこられたのは……。

三宅:ただ続けたいとは思ってはいませんでした。旗揚げしたばかりの頃は、自分のやりたいことをやれる場所ができたのがうれしかったです。そこから、ただひたすらやってきただけなんですけどね。

長く続いたのは、座長の人柄と金払いのよさですね(笑)。毎回、もっとお客さんを喜ばせたいという気持ちが強くなっていくんです。僕自身もワクワクしながら考えて、お客さんの反応がうれしくて、それで40年以上になった。いまだに、完璧だと満足したことはないですね。それこそ最初の頃は、制作も俳優が持ち回り。小倉は機材を紛失したもんな。

(左から)三宅裕司、小倉久寛

小倉:謄写版のことですね(笑)。あの頃はいわゆるガリ版で台本を印刷していました。けっこう大きなもので、いちいち稽古場に持ち運ばなくてはならない。僕が謄写版を預かっていたんですが、稽古終わりの飲み屋に置いて帰っちゃったんです(笑)。

でもやっぱり、三宅さんが言うように、座長の人柄と金払いのよさは続けられた一因ですよ(笑)。それから、毎回、結果を出してきた。少しずつだけどお客さんが増えていって、三宅さんがラジオを始めてからさらにお客さんが増えて。それによって支えられてきました。

三宅:芝居がウケるというのは、ものすごい快感なんですね。もっとほしくなる。その積み重ねで続けていたら、40年以上になっていた。旗揚げからけっこう具体的な目標を立てたんだよね。最初の頃は整理券を出せるような劇団にすることや、ロビーがある劇場で上演することを目標にしていました。

小倉:前から準備していた整理券を使えるようになったときはうれしかったですね。

三宅:ひじ掛け椅子のある劇場にステップアップできたり、毎年、目標を叶えていくのが楽しかった。稽古のあと皆で金を出し合って酒を飲むのも楽しかった。四畳半に8人で飲んで、酸欠で目覚めた朝もあったなあ(笑)。

小倉:そういう生活が楽しかったですね。中村雅俊さん主演の『俺たちの祭』というドラマがあって、それが劇団を描いたドラマでした。稽古して騒いで飲んでいる風景がうらやましかった。劇団に入ってすぐに実現したから、毎日が楽しかった。

三宅:早くみんなで飲みたいから一生懸命やって早く稽古を終わらせてた。お酒がメインになっちゃうね。今はそういうことができないけど。

小倉:今は稽古場に人が少ないというのがさみしいですね。コロナ渦の対策で、出演シーンがない役者は稽古場にいてはいけないという決まりがあるから。

三宅:喜劇は、笑い声で支えられる部分があるじゃないですか。稽古場に人がいないと、どこがウケてるのか判断するのがむずかしくなっていますね。

40年以上かけて培ったものを

ーー三宅さんがおっしゃる「東京の喜劇」とはなんでしょうか?

三宅:ダンスや歌、アクションの技にしても高いレベルのものを追求しながら、ズッコケるところではとことんバカになれる喜劇を、僕は「東京の喜劇」だと思っています。技術とふざけの落差です。喜劇だからこそ、うまく踊り、うまく歌えなくては。芝居で食っていくのが大変で、みんなバイトしているからレッスンに時間をとれない。バイトの腕が上がってそこの店の店長になったりするやつがいるわけですよ。バイトでなく、レッスンをしてほしくて劇団を給料制にしたとき、やはり劇団全体はレベルアップしましたよ。

ーー喜劇を上演するのにマッチすると思う劇場はありますか?

三宅:新橋演舞場ですね。客席が横に広いから、笑いがひとつになりやすい。縦に長い劇場だと、笑いが伝わっていくまでにロスがあるから。新橋はすごく一体感を生みやすい。本多劇場の空間もいいですね。400席ぐらいの劇場はどこも一体感があって喜劇はやりやすいです。

小倉:僕も新橋演舞場は好きですが、東京芸術劇場の空気も好きですね。僕がずっと憧れていたのは渋谷のジャン・ジャンです。

小倉久寛

三宅:シアターグリーンでやっていた頃は、サンシャイン劇場なんて夢のまた夢だったからね。

ーー「劇団こどもSET」による『世界中がフォーリンラブ』も近々上演されます。

三宅:少しだけ台詞は変えましたが、大人がやる芝居をそのままやることをコンセプトにしているので、基本的な構造はそのままですね。SETが40年以上かけて創ってきたミュージカル・アクション・コメディーのノウハウを僕が引退する前に子供達に伝えておこうと思って作ったのが劇団こどもSETなんです。

ーー三宅さんが思う俳優の理想とはなんですか?

三宅:お客さんを喜ばせる存在であることがすべてです。小倉はそれができる人。作家も小倉の役はあて書きですが、三宅・小倉のシーンはだいたい僕が書いているんです。僕は小倉のすね毛の本数まで知ってますから。台本と演出のとおりに表現できることが俳優のすべてでしょうね。でも、それができても売れるわけじゃない。

小倉:運も必要ですよね。

三宅:僕は運だけで生きてきた。脊柱管狭窄症で車いす生活になってもおかしくなかったのに奇跡的に復活できた。「もっと喜劇を創ってくれ!」というお客さんの想いがその運を引き寄せたのかもしれませんね。

小倉:でも、そうかもしれませんね。僕が掴んだ最大の運は三宅裕司と出会ったことですね。

三宅:それ以上の運はないな(笑)。

三宅裕司、小倉久寛

取材・文=田中大介  撮影=池上夢貢

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