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【ASDと学生生活】架空論文の作成、教科書丸写し…「言葉通り」に受け取る真面目な息子が、暗黙知に立ち向かう今

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【ASDと学生生活】架空論文の作成、教科書丸写し…「言葉通り」に受け取る真面目な息子が、暗黙知に立ち向かう今

監修:初川久美子

臨床心理士・公認心理師/東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち

大学受験対策の小論文の課題で

うちの息子、タケルはASD(自閉スペクトラム症)の診断があり、現在は障害学生として大学院で学んでいます。

タケルがまだ高校生の頃、大学受験対策で小論文の授業を受けていた時のことです。

ある日、提出した小論文について聞きたいことがあると先生に呼び出されました。
 
「この引用している論文、調べてみたけど見つからなかった。どこから引っ張ってきたの?」
その小論文は理科分野の設問で、ある典型的な現象が紹介され、「この現象について考えて書きなさい」というものでした。
 
タケルは、ある論文を引用して自分の意見を展開する書き方をしていたのですが、先生は「そんな研究結果が出ているのか!?」と、驚いたそうです。それで、自分でも知りたいと思って調べたのですが、見つからなかったのだと。

それに対して息子は、こう答えました。
 
「問題文に『考えて書きましょう』とあったので、論文もイチから考えました」
 
週末を論文検索に費やした先生は膝から崩れてしまったそう。

手間を厭わないASD(自閉スペクトラム症)

もちろん息子は、先生をからかってやろうとしたわけではありませんし、調べものの手間を省きたかったわけでもありません。

むしろ論文を丸ごと創作するという手間をかけています。小説で言うところの「架空の本編」を一旦設定してから、自説を組み立てているのです(だからこそ先生も騙されてしまったわけですが……)。

単に「考えて書け」と言われたので、「考えたことだけで構築しなければならないんだな」と考えて、設定も論文もすべて自分でつくってしまったのです。「その手間が通常の宿題の範囲か?」とか、「理科の小論文として適切な課題か」ということは考えもしない、それがタケルなのです。

好きなところってどこ?

小さい頃から、似たようなことはありました。

たとえば、小学校低学年の時のことです。夏休みに「教科書の好きなところをノートに写してきてください」という宿題が出ました。
 
タケルは「好きなところ」を真面目に考えて……
国語の教科書の最初から最後まで、ほぼ丸ごとノートに書き写してしまいました!

好きなところを「一部分」写すとは夢にも思わなかったようです。小さな字がびっしり埋まったノートは5冊分にもなりました。

何か間違っているのでは?と思いながら暮らすこと

一つひとつはそれほど大きな事件ではありません。
ただ、こうしたことは一度きりではなく、日常の中で繰り返し何度も起こります。

私たち親は、そのたびに「どういう意味だったのか」「次はどう理解すればよいのか」を一緒に考えたり、説明したりしてきました。タケル自身も、経験を重ねることで、少しずつ分かってくることも増えてきました。

それでも、解釈の違いは完全にはなくならないことですし、「何か間違っているのではないか」と思いながら日々を過ごすのは、なかなか消耗することでもあります。タケルだって、周囲に迷惑をかけたいと思っているわけではないのです。

「なんとか自分にも見えるようにしよう」と頑張ってきた

それででしょうか、今のタケルは、家庭内でも誰かが何か言うたび「それはどの範囲ですか?」「どういう文脈で使われた言葉ですか?」「ほかの意味に受け取られる可能性があるのではないですか?」と、大変厳しいです。

「ASD(自閉スペクトラム症)だから言葉の正確さにこだわりがある」と言ってしまえばそれまでですが、これはタケルが周囲の暗黙知を「なんとか自分にも見えるようにしよう」と頑張ってきたことの表れではないかと思うのです。

努力していないわけではないから......

発達障害のある子どもたちには、得意なことや強みを持っている子も多いと思います。ただ、物事の理解のしかたや、前提の共有のしかたが、周囲の多くの人とは少し違うことがあります。

そういう子どもに「分かるように教えるコスト」を誰が負担するのか、という問題もあります。親なのか、たまたま居合わせた人なのか、行政がやるべきなのか、それとも、いずれはAIがやってくれるようになるのか……。いろいろな議論がありますが、少なくとも、ASD(自閉スペクトラム症)の子ども本人だけが負担しなければならないものではないでしょう。

障害のある子どもの自立のためには、子ども本人や、家庭の努力だけでなんとかするのではなく、まず「そういう人がいる」という理解が学校や社会の側でも広がっていくことが大切なのだろうと思います。

タケルのような子どもたちは、決してふざけているわけでも、周りに迷惑をかけようと思っているわけでもありません。むしろ、言われた通りに真面目にやっていることが多いのです。
 
その努力が、もう少しだけ周囲に伝わりやすい社会になればいいなと思います。

執筆/寺島ヒロ

ASD(自閉スペクトラム症)のタケルくんが特性ゆえに字義通り(辞書的な意味合い通り)に受け取ってしまうエピソードをありがとうございます。結果的に“期待されていたものと違う”ものを提出してきた(返してきた)こと、家族からの度重なる指摘の末に、タケルくんは都度意味やニュアンス、受け取り方の確認をする習慣がついたのですね。現状としてはその習慣は実生活をスムーズに送るうえで良い習慣です。ただ、ヒロさんが指摘するように、それをお子さん自身が身につけていくもの、負担していくものなのかという点もその通りだと思います。

いわゆる定型とされる人たちのコミュニケーションも、実は曖昧で、なんとなくお察ししながら紡がれているものです。字義通りに受け取る傾向のある方々もいると念頭に置いたうえで、具体的にどの意味で言っているのか、どの程度の範囲を対象にしているのかなど、言及・確認するコミュニケーションのほうが汎用性は高いでしょう。確認のための質問をすることで、やり取りがやや中断されることが気になる方もいるかもしれませんね。そこも含みおいて考えると、聞いた側が「~~と受け取った(理解した)んだけど、それで合ってます?」の確認を話の終盤で入れるというあたりが現実的な工夫の一つかなと思いました。特性の有無に依らず、理解の受け取りについては確認しておいたほうがズレは生じないだろうと思います。(監修:臨床心理士・公認心理師 初川久美子先生)

(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。

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