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「このままでは終われない」 屈辱の一言で奮起 大ヒットのヒントは何気ない妻の行動

Shizuoka

富士市にある製紙メーカー「新橋製紙」

■愛されて20年 新橋製紙のペーパータオル「ニューチェリー」

爆発的なヒット商品が倒産の危機を救った。静岡県富士市にある新橋製紙が製造するペーパータオル「ニューチェリー」は業界の常識を変えた。商品開発のきっかけは、当時社長だった山﨑豊会長が何気なく目にした妻の行動だった。

【写真で見る】常識を変える 新橋製紙のギフト用トイレットペーパー

「ニューチェリー」が発売されて約20年が経つ。実は、この頃に新橋製紙は経営危機に直面していた。これまで新聞や段ボールを主戦場としてた大手製紙メーカーが、トイレットペーパーやペーパータオルといった家庭紙に本格的に参入してきたのだ。山﨑会長が当時を振り返る。

「大手企業は家庭紙業界を淘汰して、力のある企業に集約しようとしていました。合併の嵐となり、その波に乗れなかった中小企業が次々に倒産していきました。富士、富士宮地域にある仲間の企業も潰れていって辛かったですね」

資本に勝る大手企業は機械をそろえて大量生産し、商品の単価を下げて販売できる。中小企業が太刀打ちするのは難しかった。「このままでは食われてしまう」。山﨑会長も、社長として危機感を抱いていた。

特に焦りを感じたのは、大手企業の1社がペーパータオルの製造を新たに始めたことだった。当時の新橋製紙は、トイレットペーパーほどペーパータオルの製造に力を入れていたわけではなかった。売上は全体の1割ほど。大手企業が参入していない、言わばブルーオーシャンだったことから売上を保っていた。

新橋製紙のロングセラー「ニューチェリー」

■「このままではまずい」 倒産もよぎった大ピンチ

大手が本腰を入れれば、中小企業の売上はあっという間に消えてしまう。山﨑会長は追い込まれていた。

「このままでは、まずいと思っていました。ペーパータオルを何とかしないといけないが、講じる策が思い浮かばず、製造をやめようと考えました。トイレットペーパーの市場も遅かれ早かれ大手に占められてしまう状況だったので、倒産という言葉も頭をよぎりました」

山﨑会長には忘れられない当時の記憶がある。融資を受けていた金融機関の担当者から厳しい経営状況を、こう指摘された。

「能力のない社長には辞めてもらうしかありません」

大手製紙メーカーによる家庭紙の本格参入で窮地に陥る中小企業に対し、手の平を返す言葉。山﨑会長は「担当者の言う通りですが、今まで散々お金を借りてほしいと言ってきたのに態度が一変したことに怒りを感じました。あの一言は今でも忘れません」と回想する。

■紙を薄くする ペーパータオルの常識を覆す発想

このままでは終われない――。山﨑会長は屈辱をエネルギーに変えた。売れるペーパータオルを開発するために知恵を絞る。中小企業が生き抜く道を模索した。

活路を見出したのは、自宅で妻の姿を見た時だった。ティッシュを使う時、必ずボックスから3枚くらい取り出していた。外出先で他の人にも目を向けると、鼻をかむ時は数枚のティッシュを使い、トイレで手を洗った後はペーパータオルを2枚、3枚と使っている。性別や年齢を問わず、共通していた。

家庭紙を製造する人たちは、1枚で用を済ませるコンセプトで紙をつくっている。山﨑会長は「1回で複数の紙を使う人が圧倒的多数だと知りました。それなら、ペーパータオルを薄くして販売すれば良いのではないかと考えました」と改良のヒントを得た。

新橋製紙では1枚の紙で手を洗った後の水分を吸収できるように、あえてペーパータオルを厚くしていた。具体的には「1平米あたり40グラム以上の坪量」。他のメーカーも紙に厚さをもたせる考え方は同じだった。

紙は厚くなるほど硬くなる。新橋製紙のペーパータオルも当時は硬かった。山﨑会長は1回に複数枚の紙を使うのであれば、そこまでの厚さは必要ないと判断。紙を薄くして柔らかさを追求した。工場長と話し合って試作を重ね、商品としてベストの厚さは「1平米あたり32グラムの坪量」と答えを出した。

「販売のプロからは『こんな薄いペーパータオルをお客さんは使わない』と言われました。ところが、発売直後から大ヒットしました。紙の厚さにかかわらず、消費者が1回に2~3枚を使う習慣は変わらないんです」

安心・安全に配慮したトイレットペーパーを製造

■安さと使い心地の良さ両立 消費者から大好評

柔らかい紙は消費者の心を掴んだ。しかも、紙が薄いので原料が少なく済み、価格も抑えられた。安くて使い心地の良いペーパータオルは口コミで評判が広がり、新橋製紙の工場では製造が間に合わなくなった。トイレットペーパーを製造する機械をペーパータオル用に改造し、さらに、愛媛県で閉鎖している工場を借りて増産した。

「1平米あたり32グラムの坪量」は、現在のペーパータオルの基準となっている。それだけ、「ニューチェリー」は革命的な商品となった。薄い紙は大量生産には向かないため、中小企業に優位な面もあった。

ペーパータオルの需要は特に西日本で高い。1996年に大阪府でカイワレ大根を原因とする腸管出血性大腸菌O-157の大規模な集団感染が起きたことで、使い捨てのペーパータオルが好まれているとみられる。

ペーパータオルの売上を伸ばした新橋製紙は今、売上全体の6割をペーパータオルが占めている。山﨑会長は「ニューチェリーがなかったら大手に淘汰されていたと思います」と話す。

新橋製紙はトイレットペーパーでも大手が主戦とする量販店向けではなく、業務用に特化する方針を貫き、独自のブランド力や地位を築いている。資金力やマンパワーの違いを嘆いても、問題は解決しない。ニューチェリーには新橋製紙の矜持が詰まっている。

(間 淳/Jun Aida)

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