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晴れた日に訪れたいアートの島 ベネッセアートサイト直島 前編

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晴れた日に訪れたいアートの島 ベネッセアートサイト直島 前編

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。今回は、今やアートの島として知られる瀬戸内海の直島訪問記の前編として、地中美術館と李禹煥美術館を中心に紹介する。

フェリーに乗る前に絶品の朝食を

ベネッセホールディングスと福武財団は1990年代から徐々に瀬戸内海に浮かぶ3つの島でアートプロジェクトを始め、美術館を建てた。3つの島、直島、豊島、犬島は精錬(製錬)業で栄えたり、産業廃棄物の不法投棄で知られたり、過疎になりつつあった。それが今ではアートの島として知られるようになり、世界中から観光客、アートファンが訪れている。ただ、コロナ禍の今はインバウンドの観光客がいない。国内の美術ファンにとっては、静かな島でアートを眺めることのできる機会と言える。

3つの島のすべてを紹介すると、分厚い一冊の本になってしまうので、2回に分けて、直島にあるアートプロジェクトを紹介する。

直島行きの旅で大切なことはふたつだ。

まず、できる限り晴れた日に行くことだ。後で詳しく説明するけれど、直島の李禹煥(リ・ウファン)美術館、地中美術館を見るときには晴れていて、光がある状況の方が作品をより理解できる。雨の日でもそれなりの情緒はあるが、季節は問わず、太陽が出ている日がいい。

もうひとつは車に乗って、高松の港からフェリーで行くことだ。島の中を移動する場合、タクシーの数は限られている。レンタルのバイクや電動自転車もあるが、坂道の傾斜がきついので、車の方が安心だ。

そして、さらにひとつ。車で行くのなら、フェリーに乗る前に朝食を「おけいちゃん」で食べるといい。

おけいちゃんは高松の魚市場にある魚料理店で、早朝から昼まで営業している。客は地元の漁師さんが大半だ。季節の魚の刺身、焼き魚、てんぷらがおかず。そして、ご飯と味噌汁をつける。わたしが食べた時の味噌汁の具はちくわの材料になる魚の練り物だった。手ごろな値段で高級料亭と同じ質の魚料理を味わうことができる。

おけいちゃんからフェリー乗り場までは5分も走れば着く。そこから、フェリーで直島へ。船の客室の壁には直島のアートプロジェクトとは直接、関係ないけれど、作家が描いた絵画作品が飾られている。

晴れた日の瀬戸内は海面が光の反射で輝いている。芸術の島へ行く絶好のアプローチだ。

建築と作品が響きあう李禹煥美術館

直島は広さが8.13km²で島の周囲が16㎞。

人口は3069人(2020年4月1日現在)とある。東京ディズニーリゾートの約8倍の大きさだ。

直島には小学校、中学校がひとつずつ。コンビニが一軒。美容室が1、理髪店が2、居酒屋が2軒でカフェが数軒。一方、美術館、アートスポットは数え方にもよるが、14か所ある。それこそアートの島なのである。

島を一周すると、上ったり下りたりという道の繰り返しであり、時々、緑の間から海面を望むことができる。都市の喧騒と離れた場所で、美術作品をいくつも楽しめるというのはぜいたくな環境ではないか。

李禹煥美術館は直島の南部、後背の山が迫った海のすぐそばに建ててある。

建物の全容は外からは見えない。コンクリートの壁だけが見える。そして、前庭にある柱と石、石と鉄板の作品、そして、海に向かって立つアーチ「無限門」が目に入る。

まずは、ひとつひとつの作品を眺め、その後、歩いて行って無限門の海側から全体風景を眺める。

すると、前庭にある作品と後ろの美術館、その背後の山肌まですべて一体化していることがわかる。環境と建物、作品がひとつになっていて、それがまた「作品」となっている。

直島に住居を持ち、暮らしている福武財団の広報はこう説明する。

「この美術館はサイトスペシフィックなものです。李さんと安藤忠雄さんが話し合って、コラボレートして作った建物であり、空間なんです。建物の内部には李さんの1970年代から現在に到るまでの絵画・彫刻が展示されています。また、内部の展示空間も李さんと安藤さんが一緒になって作りだしました。作品と建築が響きあい、空間に静謐さとダイナミズムを与えていると思います」

サイトスペシフィックとは、美術用語で、場所に帰属する作品や置かれる場所の特性を活かした作品、あるいは場所の性質や方法を指す。前庭にある李禹煥の無限門は都市の広場に置いても精神性を感じさせるのは難しいだろう。海という背景があり、海からの風や瀬戸内の海にあふれる光が一緒だから精神が高揚する。

ふっと気をゆるめたくなる、李禹煥の平面作品

李禹煥は1960年代から活躍している現代美術の作家だ。海外からの評価は高く、2000年以降はヴェルサイユ宮殿やブリュッセル王立美術館で個展を開催している。

インスタレーション作品の特徴はこの美術館の広場にあるように、自然石と鉄板を組み合わせ、しかも、作為的に作ることを抑制している。

館内にある平面作品は岩絵の具を使って描かれたものだ。絵の具部分をよく見ると、細かい粒子が見える。絵の具の盛り上がり、形まで計算に入れて描かれたもので、単に色を塗ったわけではない。

館の外のインスタレーション作品には緊張感が感じられるが、館内にある平面の作品は温かい。ふっと気をゆるめたくなる作品だ。

自然と人間を考える場所たる地中美術館

李禹煥美術館から歩いて5分の場所にあるのが地中美術館。その名の通り、地下に埋設してある美術館だ。

広報の解説は次の通りである。

「地中美術館ができたのは2004年。『自然と人間を考える場所』として作られたものです。建物の大半を地下に埋設したのは瀬戸内の美しい景観を損なわないためで、館内には3人の作家の作品が恒久的に展示してあります。この建物もまた安藤忠雄さんの設計です」

地中美術館に常設展示されているのはクロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルそれぞれの代表作だ。彼らの数ある作品のなかでも人気があるもので、ここにある作品を見るために世界中からそれぞれの美術ファンがやってくる。

見る順番はウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレル、クロード・モネというのが通例だ。

細部に込められた繊細さに目を奪われる「タイム/タイムレス/ノー・タイム」 2004年

タイトルにあるウォルター・デ・マリアの作品は階段のある神殿のような空間である。空間の中央に直径2m以上の花崗岩の球体が鎮座している。天井には開口部があり、太陽の光が差し込む。時間によって光の加減が変わり、球体や階段の表情が変化する。

壁際には27体の金箔を施したマホガニー材の柱が3本ずつ組になって並べてある。マホガニーの柱は三角柱、四角柱、五角柱と3種類あり、さまざまな組み合わせになっている。近づいて行くと、マホガニーの金箔は非常に繊細な細工だ。大きな空間自体が作品なのだけれど、細部に込められた繊細さが作品の緊張感を高めている。

わたしは階段を上ったり、下りたりして眺めたのだけれど、階段を上まで上がっていって、入り口を振り向いた瞬間に息をのんだ。白い壁とそこに配されたマホガニーの金色の柱が一枚の荘厳な絵になっていたからだ。美術館を離れた後でも、忘れられないくらいのイメージだった。

光とは何かを教えてくれる、ジェームズ・タレルの3作品

1「アフラム、ペール・ブルー」1968年、2「オープン・フィールド」2000年、3「オープン・スカイ」2004年は、いずれも光の芸術家、ジェームズ・タレルの作品だ。タレルは光とは何か。光をわたしたちはどのように感じているかを空間のなかで表現している。

1はプロジェクターから投影された青い光が壁に浮かんでいる作品。

3は天井のない部屋から空を眺めるもの。時間によって、空の色、雲の形などが変化する様子をじっと眺める。

美術体験として、これまでになかったと感じさせるのが2の「オープン・フィールド」だ。

暗い展示室に入ると、目の前に階段がある。係員に促され、階段の前で立ち止まり、壁にある青い光の満たされた直方体の空洞を見つめる。まるで光が生まれた瞬間がそこにあり、光を発見した気持ちになる。

次に、また係員の合図で階段をのぼり、青い光が満たされた空間に体を入れていく。闇から光のなかに入っていく体験だ。

空洞の内部には影がない。立体感、遠近感のない青い空間が無限に広がっている。
 
日本には金沢21世紀美術館、新潟県十日町市の「光の館」などタレル作品がいくつかあるが、「オープン・フィールド」は国内にあるなかでも最高の体験を与えてくれる作品だ。

38億年前に光が誕生した時、目を持った生物が生まれた。「オープン・フィールド」は観客を38億年前の生物に戻す作品だ。わたしたちは光の存在を感じるとともに、自らが持つ目の役割をあらためて認識する。

印象派という名称の由来になったモネの作品

地中美術館には印象派という名称の由来になった作品(「印象、日の出」)を描いた、モネの作品が5点ある。いずれも晩年に描かれた睡蓮がテーマのそれだ。

モネはゴッホとほぼ同時代の人で、生まれは1840年。実家はパリの食品、雑貨商だった。5歳の時にノルマンディー地方のル・アーヴルへ転居した。絵を描くことが得意だったようで、10代後半には近所の人たちのポートレートを描いて、お金を儲けたという記録がある。1枚につき、最初は10フラン、のちに20フランで売ったという。ただし、有名画家の履歴を見ると、誰でも、「子どものころから絵が得意だった」といった記述はある。

1874年、パリのナダール写真館で後に「第一回印象派展」と呼ばれるようになった展覧会が開かれた。モネが出品した「印象、日の出」を見た評論家のルイ・ルロワはル・シャリバリ紙上で「実体も存在感も何も描いていない。あんなものはただの印象だ」と嘲笑と皮肉を込めた評価をした。

印象派という名称ができたのはその時だ。

ちなみにルイ・ルロワと「ギター演奏をするバンドは落ち目だ」としてビートルズを門前払いにしたイギリス、デッカ社のディレクターは目利きの力がない人間として後世に伝わっている。

さて、モネは確かに印象を描いた。ただし、それは実際には目で見ることのできない、温度や時間までとらえていた。

地中美術館にある睡蓮を見ると、睡蓮そのものより、周りの池の水、水に反射した光を執拗に表現しようとしている。睡蓮の花だけを丹念に描いたものではない。全体の光と空気を絵にしている。そして、それはモネが対象を見た時の印象だ。

ここにある5枚のモネ作品は世界的に見ても屈指のものだ。

瀬戸内の海と島を堪能できる地中カフェ

地中美術館では作品数は多くはない。しかし、いずれも力を感じる作品なので、見るのに集中するとぐったりしてしまう。そこで、館内にある地中カフェで休むことになる。飲み物は何でもいいのだけれど、カフェからテラスに出て、瀬戸内の海と島を堪能する。晴れた日には太陽の光が海面に反射する。光の波が次々と押し寄せてくるのが見える。

直島へは晴れた日に行った方がいいと言ったのはそんな理由があるからだ。

高松泊の際には立ち寄りたい、カウンターだけのおでん屋さん

直島の美術館巡りは1日では不可能だ。一泊二日は必要なので、できれば直島に泊まればいいけれど、取れないこともある。その場合は高松に泊まって、またフェリーで往復することになる。

美術作品を見た後の疲れを取るには四季を問わず、温かいものがいい。うどんもいいけれど、わたしはおでんにした。四国のうどん店、製麺所などへ行くと、たいてい、おでんと天ぷらが置いてある。「うどんを食べる」とは一緒におでん、てんぷらを食べることでもある。

高松市内にある「ゆう」はカウンターだけの店だ。おしゅうとさんとお嫁さんという組み合わせでやっている。世間では仲が悪いとされる組み合わせだけれど、「ゆう」のふたりは仲睦まじく、おでんを売っている。値段はリーズナブルで、女子だけで行っても楽しむことができる。大根、玉子、牛すじなど、好きなものを食べて、最後はなぜかうどんではなく、おすすめのそうめんでフィニッシュする。

・李禹煥美術館
https://benesse-artsite.jp/art/lee-ufan.html

・地中美術館
https://benesse-artsite.jp/art/chichu.html

■おけいちゃん
香川県高松市瀬戸内町30
Tel.087-835-2955
営業時間:6:00〜13:00
定休日:水曜日、日曜日、祝日
※営業時間、定休日は変更になる場合があります。

■おでん ゆう
香川県高松市瓦町2-10-8久保ビル1F
Tel.087-837-8123
営業時間:17:00〜22:00
定休日:日曜日
※営業時間、定休日は変更になる場合があります。
https://www.facebook.com/odenyu/

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